祭り紹介

祭り紹介者

羽島崎神社 氏子総代 寺師 和男(てらし かずお)さん

「太郎太郎祭で行われる田打ちと船持ちは、羽島崎神社以外では行ってはならないと昔から言われており、よほど特別な場合を除いて、その言い伝えはずっと守られています。それほど私たち氏子にとって太郎太郎祭は重要な行事です。」

(インタビュー日:2019年10月4日)

歴史始まりは安永年間。地区をあげて行う七五三行事の「五つ祝い」

シシゾウ:太郎太郎祭は、いつごろ始まりましたか?

寺師さん:太郎太郎祭は羽島地区に鎮座する羽島崎神社の祭礼で、神社に伝わる由緒から始まりは安永10年(1781)2月4日といわれています。この祭りは男の子の5歳の祝いとして行われるもので、五穀豊穣を祈願する田打ち行事と航海安全を祈願する船持ち行事とから成り立っています。羽島地区は半農半漁の集落で、農家の子どもは田打ち、漁家の子どもは船持ちに参加します。県内には田打ち、船持ちそれぞれに内容の似た祭りはありますが、里と海の両方の繁栄を祈願する祭りはなく、全国的にも珍しいといわれています。
なお、七五三行事としての意味合いから、家族や親戚に不幸事があって祭りに参加できなかった場合は7歳になったときにお祝いをします。

シシゾウ:祭り当日、5歳のお子さんがいる家では祝宴が催されるそうですね。

寺師さん:神社で船持ち、或いは田打ちに参加した後、男児の家では祝いの席が設けられ、親戚や友人知人を招いて5歳になったことを皆に祝ってもらいます。私も2人の息子が5歳になったときには盛大にお祝いしました。今はそこまでしませんが、昔は男の子が生まれるとすぐ太郎太郎祭の準備にとりかかりました。ご馳走は1週間前から作り始め、宴を歌舞音曲で盛り上げるために宮之城町(現在のさつま町)から芸者衆を招きました。人気のある芸者衆を呼ぶために男の子が生まれると5年先のために予約を入れる家もあり、祭りの後しばらくはどの家の宴が盛大だったかという話で持ちきりになりました。

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みどころ模型船を抱え、大海原に見立てた境内を1周

シシゾウ:船持ちの内容を教えてください。

寺師さん:羽織袴に豆絞りの手ぬぐいで頬被りした子どもたちが、父兄に手助けされながら神社が所蔵する全長約80センチの模型の木造船を拝殿から抱えて持ち出し、海に見立てられた境内を航海する体で一周します。神社には約20艘の模型船が所蔵されています。昔は子どもが多かったので、それでも船が足りず2人で1艘を持っていたときもありました。
子どもたちが持つ模型の船は漁船ではなく、方言でダンベ船と呼ばれる荷船で、先頭を務める子どもが持つ船には米が積まれます。
現在は進行上の都合で船持ち、田打ちの順番で行われますが、本来の順序は逆です。田打ちでは田植えの様子が模擬的に演じられます。その田植えで収穫された米を船で運ぶというストーリーになっていたのだと思います。

シシゾウ:船持ちで奉納される船歌について教えてください。

寺師さん:祝い歌で、子どもたちが船を抱えて境内を1周した後、漁家に関係する男性約20名によって披露されます。船歌の歌い手たちは、竹を両手に持って縦2列に並びます。これは船に乗っている姿を表しているといわれています。
船歌の節回しは独特で歌詞が分かりにくいのですが、米の運搬船が各地の港に立ち寄りながら航海するという内容で20~30分の大曲です。この船歌をお聞きになったある大学の先生は、素晴らしい歌だと絶賛してくださっています。なお、この船歌は、太郎太郎祭でしか歌ってはいけないことになっていて、歌稽古を始める日も本来の祭り開催日である旧暦2月4日の1ヵ月前からと定められています。

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注目ポイント親父、息子、牛の当意即妙の掛け合いに捧腹絶倒

シシゾウ:田打ちの内容を教えてください。

寺師さん:テチョ、太郎、牛に扮した3人が神社境内を田んぼに見立てて、田打ち、代かき、田植えまでを即興劇で演じます。テチョは方言で親父、太郎は息子のことです。ちなみに、牛のことも地元では太郎と呼びます。劇中、テチョが息子(太郎)に牛(太郎)を連れてこいという台詞があります。そこから太郎太郎祭という名称がついたのではないかといわれています。
みどころは、テチョと太郎、牛の滑稽なやりとりです。テチョと太郎はカシ木の枝を鍬に見立てて田起こしをした後、代かきのために牛を連れてきますが、この牛はとても反抗的で、逃げ出して観客の中に飛び込んだり、捕まえても地面に寝転んだりして働こうとはしません。それをどうにかこうにかなだめすかして代かきをすませ、田植えの準備が整ったところで、蓑と笠をつけた5歳の子どもたちの出番です。子どもたちは苗に見立てた松葉を地面に植えます。近年は子どもの数が少ないので、観客の皆さんにも田植えに参加していただいています。良い思い出になりますので、どうぞご参加ください。

シシゾウ:寺師さんはかつて牛の役をお務めになっていたそうですね。

寺師さん:約20年間、牛を演じていました。テチョ、太郎は面をつけませんが、牛は鼻綱のついた木製面をつけ全身を黒布で覆っているので誰が演じているか分かりません(笑)。私の前に牛を務めていたのは弟で、弟が小柄なのに対して私は体が大きいので、引き継いだばかりのころは観客の皆さんから「今度の牛は大きいねえ」と言われました(笑)。数年前から私の息子が引き継いで演じていますが、息子も大柄なので、「今度の牛は大きくて元気だね」と言われています(笑)。
これは偶然ですが、テチョ、太郎、牛は数十年間、それぞれ同じ集落の人から人へ役が引き継がれていて、各集落の持ち芸のようになっています。演者の誰かが諸事情で役を務められなくなると「自分が引き継ごう」と誰かがすぐ名乗り出てくれるのがありがたくも頼もしく、それだけ地区の皆さんが田打ちを大切に思ってくれているのだなと感じます。

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ふるさと自慢郷土料理「がね」は風味豊かなサツマイモの揚げ物

シシゾウ:いちき串木野市の食の名産品を教えてください。

寺師さん:羽島自慢の郷土料理は「がね」(「こがやき」)と呼ばれる揚げ物です。鹿児島名物で知られるさつま揚げは魚のすり身を揚げたものですが、がねは千切りしたサツマイモとショウガを小麦粉の衣だねをつけて揚げたものです。県内の他所の地区でも食べられますが、サツマイモ以外の具材や衣の配合、味つけは地区によって異なります。羽島のがねの味つけは最高です。

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メッセージお子さんの「五つ祝い」としてどうぞご参加ください

寺師さん:太郎太郎祭は羽島地区にとってとても大切な行事です。しかし、少子化で参加する子どもが少なくなっているのは寂しいことです。最近では祭りを存続していくために羽島崎神社の氏子であるとないとを問わず、広く参加を呼び掛けています。私たちと一緒に祭りを盛り立てていただければありがたく存じます。

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※祭り紹介者 羽島崎神社 氏子総代 寺師 和男(てらし かずお)さんにお応えいただいたインタビューをもとに、記事をまとめています。

TV番組情報

ダイドーグループ日本の祭り

海に祈りを里に感謝を
~太郎太郎祭~(仮)

4/5(日)13:00〜13:54
MBC 南日本放送にて放送!

鹿児島県いちき串木野市。海と山に囲まれた羽島集落で行なわれている「太郎太郎祭」は、江戸時代より約240年続く伝統の予祝行事です。祭りは航海安全を願う舟持ち習俗と五穀豊穣を祈願する田打ち習俗の二部構成。舟持ちでは数え年5歳の男子たちが舟を持って練り歩き、続いて紋付羽織を纏った舟唄の行列が奉納へ上がります。一方、田打ちは牛・テチョ(父親)・太郎(息子)の三役が主役。テチョと太郎の即興の掛け合いが始まると、やがて拝殿の後ろから牛が登場。太郎たちは境内を逃げ回る牛を捕まえようと大騒ぎ。やっとのことで捕らえた牛とともに代掻きをおこない、一年の豊作を願います。番組では太郎太郎祭が行なわれるまでの稽古や準備過程に密着するほか、集落の人びとの暮らしの取材を通して、羽島集落の魅力をあらためて見つめ直します。

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制作担当者からの
メッセージ

南日本放送報道局
報道部ディレクター
藏屋 麟之介

境内をくぐると、左手に雄大な東シナ海を、右手にのどかな山里を望む羽島崎神社。初めて訪れた際、その景色のすばらしさに心を奪われました。
小さな集落で脈々と続く、海と里に祈りを捧げる太郎太郎祭。地域の伝統を大切に継承し続ける人々の、祭りにかける思いや暮らしのすがたを取材を通して見つめていきたいと思います。

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