祭り紹介

祭り紹介者

大祭 実行委員長 三田村 士郎(みたむら しろう)さん

「大祭で行われる法華八講(ほっけはっこう)は神仏習合の歴史を伝える法会で、全国でも行われることが滅多にない希少なものです。和紙の里の祭りということで、毎年人気の越前和紙の販売など様々な催しもありますので、ぜひこの機会に足をお運びください。」

(インタビュー日:2017年12月6日)

歴史平成30年の大祭は数えて26回目

シシゾウ:紙祖神 岡太神社・大瀧神社 壱千参百年大祭・御神忌はどのような祭礼でしょうか?

三田村さん:紙祖神 岡太神社・大瀧神社は越前和紙の里として知られる五箇(ごか)地区(大滝町、不老(おいず)町、岩本町、新在家(しんざいけ)町、定友(さだとも)町)に紙漉きの製法を伝え、紙祖神と崇められる川上御前(かわかみごぜん)をはじめとする三柱の神様を祀る古社で、毎年5月3日から5日に春祭りが行われます。神社では50年ごとの例祭を大祭・御神忌として祝います。平成30年は岡太神社・大瀧神社にとって26回目の大祭にあたることから壱千参百年大祭・御神忌として盛大にお祝いをします。
現在は一緒の社殿に祀られている岡太神社と大瀧神社ですが、元々は別の神社でした。岡太神社の創建は雄略天皇の時代(457~479頃)、大瀧神社の創建は推古天皇の時代(592~628頃)と伝えられます。時代は下って養老3年(719)、石川県と岐阜県にまたがる霊峰・白山(はくさん)を開いた泰澄(たいちょう)大師は当地に訪れ、大瀧神社の別当寺(=神仏習合時代に神社に付属して置かれた寺)として大瀧寺(おおたきじ)を開山しました。大瀧寺は白山信仰の拠点のひとつとして中世には48坊を擁する大寺院になりますが、戦国時代に織田信長によって焼き討ちされます。その後、復興され、明治維新の神仏分離令で大瀧神社と改称しました。そんな歴史を持つ岡太神社・大滝神社の祭りは、神仏習合時代の名残を随所に留めています。50年ごとの大祭のほかに仏式で節目の年にあたる33年ごとの御開帳(おかいちょう)を祝うのもそのひとつです。また、大祭や御開帳では法華八講という仏教の法会が行われます。

ページ先頭へ

みどころ僧侶約30名が神社の特設舞台で厳かに
法華経を唱和

シシゾウ:法華八講についてお教えください。

三田村さん:法華八講は、総勢約30名の県内の天台真盛宗の僧侶の方々が一堂に会して、法華経八巻を問答形式で節回し豊かに講読する法会です。前回行われたのは平成21年の御開帳のときです。
当日は、神社の拝殿前に特設の舞台が設けられます。きらびやかな袈裟をまとった僧侶の方々が一列になって神社の鳥居をくぐり、境内を抜けて舞台に上がっていくところは、普段は見られない光景で、神社の長い歴史を感じていただけると思います。

シシゾウ:法華八講以外に、大祭の特別な行事はありますか?

三田村さん:例年の春祭りは3日間ですが、大祭は4日間となり初日の5月2日に、同じ市内の文室(ふむろ)・五皇(ごおう)神社にまつられている権現様という神様を厨子でお迎えにあがります。この権現様は、元々は大瀧神社にまつられていた神様ということで、節目の年である大祭にはお里帰りをしていただくものです。
春祭りの恒例行事で、普段は神社に足を運ばないような若者にも人気の奉納ライブも規模を拡大して行う予定です。また今年は特に、4日の夕方に奉納芸能として、長唄と舞楽が行われます。神社をバックに行われる荘厳な唄と舞をご覧ください。

ページ先頭へ

注目ポイント神様が5つの町内を巡る神輿巡幸。
神輿を巡る争奪戦も

シシゾウ:春祭りの恒例行事のスケジュールを教えてください。

三田村さん:岡太神社・大瀧神社は、神体山として崇められる権現山(ごんげんさん)の山頂にある奥の院と麓の大滝町に鎮座する里宮と呼ばれる2つの社殿を持っています。普段、神様は奥の院にいらっしゃいます。2日は、里宮から神輿を出して奥の院に神様を迎えに行く「お下(お)り」が行われます。里宮から山頂まで約30分の道のりです。神輿を担ぐのは駕輿丁番(かよちょうばん)と呼ばれる里宮のお膝元の大滝町の男性です。御神体を移した神輿が里宮に戻ってくると、年に一度の神様のお帰りをお迎えしようと地元のお年寄りの方たちが待っていて神様が本殿に入られるまで手を合わせて拝まれます。
3日には法華八講の他に、大釜に煮たてた湯で清めの儀式を行う湯立神事も執り行われます。
4日は午前9時から里宮で例大祭の神事が行われ、祝詞の奏上や玉串奉てんなどが行われます。全国で唯一の紙の神様ということで地元の関係者以外に紙幣等を印刷する国立印刷局王子工場の関係者など製紙業関連の方々も参列します。余談になりますが、紙幣と越前和紙の縁は深く、日本で最初の藩札(=藩で流通する紙幣)が漉かれたのも、明治維新後、明治政府によって紙幣用紙を漉くための工場が最初に置かれたのもここ五箇地区でした。東京に専用の紙幣用紙の製造工場が作られたときには、五箇地区の紙漉き職人たちが呼ばれていき、その人たちが東京で自分たちの氏神様である川上御前をおまつりしたということです。
例大祭の式典には「浦安の舞」、「紙能舞」、「紙神楽」などの舞が地元の子どもたちによって奉納されます。紙能舞は創作能舞で、紙祖神の川上御前が里の人に紙漉きの技を伝える様子を所作で表現します。紙神楽は越前紙漉き唄に合わせて紙漉きの所作を演じます。
5日には里宮に下りてこられた神様が五箇地区を回る神輿巡幸が行われます。

シシゾウ:5日の神輿巡幸のみどころを教えてください。

三田村さん:神輿を担ぐのは五箇地区の各町内の壮年会で、バトン形式で町から町へ神輿を引き継いでいき、最後に里宮に戻ります。神輿の受け渡し地点は各町にある神社です。スタートの大滝町の里宮から神輿を担ぐのは、次に向かう町の壮年会で、自分たちの町のお宮を目指します。お宮ではその次に行く町内の壮年会の面々が待っています。そこで神輿の受け渡しが行われますが、担いできたメンバーはできるだけ長く神様に自分たちの町内に留まっていてほしいので、すぐには神輿を渡さず、神社の境内をグルグル回ります。次の町内の担ぎ手たちは自分たちの町のお宮に早く向かいたいので神輿を渡せと迫ります。そこで「渡せ」「渡さない」の攻防が激しく繰り広げられます。担ぎ手たちは御神酒をいただいていることもあって、昔はとっくみあいにまで発展することもあったようです。一番攻防が激しいのは、最後の受け渡しとなる岩本町と大滝町との争いです。この2町の神輿争奪戦は、神輿巡幸の見せ場のひとつになっていて、地元の人たちは神輿を巡る争いが盛り上がると「今年のメンバーは元気があるな」など評して楽しんでいます。
神輿が里宮に帰ると式典が行われ、それが終わると「お上(あが)り」といって神様は奥の院にお帰りになります。夕闇の中、駕輿丁番に担がれた神輿は提灯に先導され、山を上がっていきます。

ページ先頭へ

ふるさと自慢越前おろしそば、ボルガライス、中華そばが
越前三大グルメ

シシゾウ:越前市の食の名産品を教えてください。

三田村さん:越前市の三大グルメといわれるのが、越前おろしそば、ボルガライス、中華そばです。越前おろしそばは、かつおぶしとネギがトッピングされたそばに大根おろしが入っただしをかけて食べるもので約400年の伝統があります。ボルガライスはいわゆるB級グルメで、オムライスの上にトンカツを載せた洋食メニューです。昔、地元のレストランのまかない食として作られたのが好評で、メニュー化されたものといわれています。中華そばは昔ながらの透き通ったスープが特徴です。

ページ先頭へ

メッセージ50年に一度の大祭に巡り合える幸せを
感じています

三田村さん:50年に一度の大祭に巡り合えることは氏子としてはこの上ない喜びです。1300年という長きにわたって氏子の人たちが守り伝えてきた大切な伝統行事なので、後世にぜひ守り伝えていきたいと思います。

ページ先頭へ

※祭り紹介者 大祭 実行委員長 三田村 士郎(みたむら しろう)さんにお応えいただいたインタビューをもとに、記事をまとめています。

祭り写真館

  • thumb01
  • thumb02
  • thumb03
  • thumb04
  • thumb05
  • thumb06

詳細はこちらから

TV番組情報

ダイドードリンコスペシャル

紙の郷に神が降りる
~紙祖神 岡太神社・大瀧神社
壱千参百年大祭・御神忌~

5/20(日)15:00~15:55
FBC 福井放送放送にて放送!

越前和紙の産地、福井県越前市五箇地区で毎年5月に行われるこの祭りは今年、ゆかりの大瀧寺建立から1300年の節目を迎える。
1300年を記念した大祭の準備に関わる石川浩さん。この地区で製紙業を営み 福井県和紙工業協同組合の理事長も務めている。紙祖神 川上御前を崇め、熱い想いをもって祭りに取り組んでいる。また「この地区で紙を作るものにとって祭りは無くてはならないもの」と話す柳瀬晴夫さん。越前和紙の伝統工芸士で、手漉きにこだわり作っている。柳瀬さんの息子・翔さんも5年前に家業である和紙作りを始め 神輿の担ぎ手となって祭りにかかわっている。番組では祭りにかかわる人々の想いや祭りで奉納される古くからのしきたりを忠実に守り続ける神事の様子、紙の神様を崇め1300年間続けてきた誇りを描く。

番組の放送局サイトへ

制作担当者からの
メッセージ

ディレクター 中山 邦彦

神社の後ろの山の山頂に「奥の院」があり、そこから神輿にのせて神様を神社に下し祭りは始まります。祭りの期間中、神様を喜ばせようと古くから変わらぬしきたりをそのままに様々な神事が奉納されます。古き時代を今に残すこの祭りは地区の人たちにとっての「誇り」です。祭りにかかわる人々は1300年の節目の年に祭りを成功させようと何カ月も前から準備を始めます。祭りの最終日には神様を乗せた神輿が五箇の町にそれぞれある神社を練り歩きます。その地区の神社に入ると、地区の氏子たちが神輿を担ぎます。次の地区に移るため神社を出ようとすると、その地区の氏子たちは「まだまだ神様にいてほしい」と神輿を奪い合うさまは迫力満点です。日本で唯一紙の神様がいる神社の1300年大祭を是非ご覧いただきたいと思います。

関連する祭り

関連ワード神仏習合

ダイドードリンコ日本の祭りが応援してきたアーカイブから関連する祭りをご紹介します。