祭り紹介

祭り紹介者

松原神社明神會(みょうじんかい) 會長 里見 謙(さとみ けん)さん

「準備は一年がかりで大変ですが、祭りを通して地域がまとまり、氏子26町内の住民の絆が深まっています。すべては例大祭のおかげだと松原神社には感謝の気持ちでいっぱいです。」

(インタビュー日:2017年11月6日)

歴史昭和30年代以降、町内神輿が続々登場。
30基以上の神輿が運行

シシゾウ:松原神社例大祭は、いつごろ始まりましたか?

里見さん:松原神社例大祭に関する一番古い資料は、明治時代に神輿渡御が行われていたことが書かれた本ですが、それよりもはるか昔から行われていたことは確かだと思います。祭礼日が現在の5月3~5日に固定されたのは昭和52年(1977)以降で、それ以前は4月、さらにその前は1月に行われるなど祭礼日が目まぐるしく変わっていました。

シシゾウ:神輿が30基以上出るそうですね。

里見さん:松原神社の本社神輿と町内神輿があります。また、氏子町内にある千度小路(せんどこうじ)・古新宿(こしんしゅく)の龍宮神社の神輿2基も参加します。
本社神輿は、駅伝のバトンリレーのように氏子町内28町会で受け渡して担ぎます。町内神輿は氏子26町内からそれぞれ出されます。町内によっては女神輿や子ども神輿も出します。

シシゾウ:本社神輿と町内神輿の位置づけを教えてください。

里見さん:重量があり約60人で担ぐ本社神輿に対して、町内神輿は3分の1ほどの大きさです。本社神輿は氏子各町を回りますが、大きいので狭い通りには入っていけません。そこで小ぶりな町内神輿が本社神輿の代わりに細い路地などに入っていき、町内をくまなく清めて回ります。
町内神輿が登場したのは昭和に入ってからです。元々は本社神輿だけで、氏子町内は神輿を先導する山車を出していました。その当時、本社神輿を担いだのは、小田原の漁業の中心地だった千度小路と古新宿の漁業者の方々でした。それが諸事情により昭和35年(1960)から本社神輿は牛が曳く御所車に乗せて渡御することになりました。そのころから、自分たちも神輿を担ぎたいということで各氏子町内が自前の神輿を用意し、担ぐようになりました。26町すべてが神輿を持つようになったのは今から7年ほど前のことです。神輿を担ぐようになっても山車を出す伝統は健在で、例年8台前後の山車が祭りに登場します。

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みどころストップ&ゴー。
静と動の対比が鮮やかな小田原担ぎ

シシゾウ:神輿は小田原担ぎといわれる独特な担ぎ方をされるそうですね。

里見さん:小田原担ぎと地元で呼んでいる担ぎ方が確立したのは明治時代と聞いています。当時、本社神輿を担いでいた漁業者の方々が、神輿を漁船に見立てて、漁を行う様子を再現したものといわれています。だから、一般的な神輿に見られる上下に激しく動かしたり左右に揺り動かしたりするような動きは行わず、すうっと滑るように担ぎ手が音頭をとって動かすのが基本です。
小田原担ぎの最大の特徴は、「跳ぶ」ことです。跳ぶというのは地元の表現で走ることを指します。跳ぶには、決まった手順があります。小田原の神輿は高張り提灯を手にした若衆2人に先導されます。ここぞという場所で高張り提灯の2人は立ち止まり、神輿側に振り返ります。これが、跳ぶ合図です。神輿も静止し、木遣り師が木遣りを唄い出します。その木遣りが終わると同時に、「おりゃ!」の掛け声とともに担ぎ手たちは勢いよく駆け出し、十数メートル先にいる高張り提灯の手前でぴたりと停まります。これは、漁船が漁場に急いで向かっていく様子を表しているといわれています。跳ぶときの目標になる高張り提灯が2本なのは、神社の鳥居に見立てられているからです。
小田原の神輿に欠かせない木遣りの正式名称は浜木遣りといいます。漁業者の方々が漁で網を引いたり、船を陸地に上げたり、皆で力を合わせるときに歌う儀式歌または労働歌で、言い伝えでは、富山県の氷見(ひみ)の漁業者に教わったものだということです。木遣りは口伝で伝えられるため、各町内で節回しが多少違います。

シシゾウ:跳ぶのはどのようなときですか?

里見さん:本社神輿が祈祷をあげる各町内の神酒所(みきしょ)に着ける前や、厄をはらってもらいたい個人宅など各町内で決まっている場所に来たときに行います。また、町内から次の町内へ本社神輿を受け渡す前にも跳びます。
跳び方は各町内に流儀があり、跳んで停まって、跳んで停まって、の繰り返しで進む町内もあれば、要所要所のみ跳ぶ町内もあります。

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注目ポイント全氏子町内の神輿が参道を勇ましく駆け抜ける

シシゾウ:例大祭のスケジュールと一番のみどころといわれる5日の宮入りについて教えてください。

里見さん:初日の3日は、朝から神社で例大祭の式典が行われます。夕方には、神社にやって来た町内神輿に神様を移す御魂(みたま)入れも行われます。4日は、本社神輿の町内渡御です。御魂を入れられた本社神輿は午前9時に神社を発ち、氏子各町を回った後、氏子地区内に設けられた御旅所に一泊します。最終日の5日は御旅所から出発し、夜、松原神社に宮入りします。本社神輿の前に町内神輿も宮入りします。
宮入りは、28氏子町内、龍宮神社、本社神輿です。本社神輿が神社に納まると、例大祭終了の式典が行われます。宮入りで本社神輿を担ぐのは、年番を務める7町内の氏子で、年番は4年で全町を一巡します。氏子町内の宮入りの順番は、4月中旬に神社で行われる抽選会で決めます。年番に当たる町内は、本社神輿を最後に担ぐ関係で、1番から7番までが前もって割り当てられ、その中の順番を抽選で決めます。

シシゾウ:宮入りのときも跳ぶのですか?

里見さん:もちろんです。宮入りする神輿は松原神社の参道の入り口から鳥居手前まで、約50メートルの参道を一気に駆け抜けます。このときに唄われる木遣りは、数え唄といわれる宮入りのときだけに唄われるものです。一番から十番まで歌詞があり、十番を唄い終えると同時に神輿は勢いよく飛び出します。
宮入りは、30基以上の神輿がほぼ5分間隔で次から次へ宮入りしていくのでご覧になっていて飽きないと思います。参道入口には、提灯を灯した各町内の山車が集結し、笛太鼓で小田原囃子を一斉に演奏しお迎えをします。周辺にいると隣の人の声も聞こえないくらいにぎやかです。

シシゾウ:そのほかにみどころはありますか?

里見さん:宮入りするために、すべての神輿が神社参道手前の青物町(あおものちょう)に集結するところはみものです。交通規制がかけられ歩行者天国になっている青物町の道路に、全町内の神輿がひしめきあっている様は壮観です。そこでは、各神輿が宮入りの練習を兼ねて、木遣りをかけて跳ぶところや、神輿が2基、3基、多いときには4基が互いの担ぎ棒の横棒を重ねあわせて一緒に跳ぶという迫力満点な担ぎを見ることができます。神輿を連結させて跳ぶ神輿の合体は、小田原担ぎのみどころのひとつです。4日の町内渡御が終わってから仲のいい町内同士が申し合わせて、駅前などで町内神輿の合体を行うこともあります。なお、夏に行われる小田原ちょうちん夏祭りでは、最大6基の合体が披露され、目玉行事になっています。

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ふるさと自慢漁師町の伝統を伝える小田原かまぼこ

シシゾウ:小田原市の食の名産品を教えてください。

里見さん:松原神社の氏子地区が属する旧小田原町の特産品は、小田原かまぼこです。漁業の全盛期には氏子地区内に魚市場があり、周辺にはかまぼこをはじめとする水産加工品の工場が集積していました。現在も地区内にかまぼこ店は多く、海産物を扱う店が軒を連ねる通りは「小田原かまぼこ通り」の愛称で親しまれています。

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メッセージ全国でもここだけの小田原の神輿担ぎをぜひご覧ください

里見さん:小田原の神輿文化は全国屈指だと思います。私もそうでしたが、小田原の子どもたちは小さいころから子ども神輿を通じて小田原伝統の担ぎ方と木遣りを体で覚えていきます。そうやって大きくなった松原神社の氏子たちは小田原担ぎの伝統を守っていくことにプライドを持って祭りに参加しています。日本全国に類を見ない小田原の跳ぶ神輿をぜひ見に来てください。

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※祭り紹介者 松原神社明神會(みょうじんかい) 會長 里見 謙(さとみ けん)さんにお応えいただいたインタビューをもとに、記事をまとめています。

祭り写真館

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TV番組情報

ダイドードリンコスペシャル

城下町を跳ぶ豊漁神輿
~小田原総鎮守・松原神社例大祭~

6/10(日)12:00~12:55
tvk テレビ神奈川にて放送!

小田原の総鎮守・松原神社の例大祭は、神社神輿や町内神輿が漁師の祭りを起源とする「小田原担ぎ」という独特の担ぎ方で市内を練るのが特徴。神輿を船に見立て、まず静止した状態で、木遣りを唄います。木遣りが終わるやいなや、神輿は勢いよく数十メートル突っ駆け、高張りという提灯を持った若い衆の前でピタリと静止。これは全国でも他に例がないと言われています。かつては漁師たちによって担がれていましたが、現在は氏子によって継承され、3日間の祭りを担ぎ続けます。番組では、小田原市内で繰り広げられる、脈々と受け継がれて来た木遣りや迫力ある小田原担ぎの様子を紹介します。

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制作担当者からの
メッセージ

ディレクター 安田 稔

ゴールでウイークに開催される松原神社例大祭は、神社神輿や町内神輿30基以上が小田原市内を練り歩きます。その担ぎ方は独特で漁師の祭りを起源とする「小田原担ぎ」またの名を「走る神輿」ともいわれている。その姿は迫力があり、見応えも十分。最終日には、神社までの直線50メートルを皆全力で突っ走り宮入をします。伝統としきたりを守り受け継がれたこの祭りを紹介するだけでなく、かつて漁師たちによって行われていた祭りという部分を表現出来ればと思います。

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