祭り紹介

祭り紹介者

金吾様踊り活性化実行委員会 会長 今東 清光(いまひがし きよみつ)さん

「中津川地区は米どころで、金吾様踊りが終わると米の収穫が始まります。地区の人たちは踊りを楽しみ、これから始まる収穫作業に向けて英気を養うとともに、豊作を祈願します。」

(インタビュー日:2019年4月11日)

歴史非業の死を遂げた2人の領主を慰霊する奉納踊り

シシゾウ:金吾様踊りは、いつごろ始まりましたか?

今東さん:起源については諸説ありますが、文献の記述より、中世、さつま町一帯を治めていた祁答院(けどういん)渋谷氏の十三代良重(よししげ)の時代に奉納された大念仏踊りを起源とする説が有力です。祁答院渋谷氏の後に領主になったのは祁答院島津氏の祖といわれる島津歳久(としひさ)公でした。奇しくも良重公と歳久公は共に非業の死を遂げています。良重公は島津家から嫁いできた妻に刺殺され、歳久公は豊臣秀吉に背いたことで自害に追い込まれ、京都の一条橋のたもとに首級をさらされました。そんな2人を合祀しているのが大石神社です。金吾様踊りには、2人が怨霊となって人々に災いをもたらさないように供養する意味合いもあるといわれています。

シシゾウ:金吾様踊りが途絶えかけたこともあったそうですね。

今東さん:戦後からしばらくは祭りの最盛期で踊り手も多く、近郊近在から踊りを見に大勢の人がやってきました。娯楽の少ない時代に金吾様踊りは地域の人々にとって大いなる楽しみで、若者にとっては異性と出会う場にもなっていました。しかし、その後の高度経済成長期になると集団就職や出稼ぎで若い働き手が都会に出て行き、踊り手がいなくなる事態が生じました。奉納される踊りは激減し、観客も数えるほどになり、祭りは消滅の危機に瀕しました。私が地元企業に就職し、青年団活動に関わるようになった昭和50年代頃から、地域おこしの一環として金吾様踊りを復興しようという動きが出てきました。平成15年、金吾様踊り活性化実行委員会が発足し、奉納踊りの復活に向けての活動が本格的に始まりました。踊り手経験者から昔の話を聞き取りしたり、古い資料を集めたりして廃れた踊りを復活させるとともに、地区の人たちには、できることから始めようと参加を呼びかけました。おかげさまで祭りは往時の賑わいを取り戻しつつあり、観客も年々、増えています。金吾様踊りを通じての地域おこしが認められ、平成30年には南日本文化賞と農林水産祭のむらづくり部門で全国三席に相当する日本農林漁業振興会会長賞をいただきました。

シシゾウ:金吾様踊りという名称は何に由来していますか?

今東さん:島津歳久公の通称は金吾左衛門尉で、地元では畏敬の念を込めて金吾様と呼んでいます。祭りの正式名称は大石神社秋季大祭ですが、皆さんが親しみやすいように実行委員会で金吾様踊りと命名しました。

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みどころ厳かな神舞から棒術由来の踊りまで奉納踊りはバラエティ豊か

シシゾウ:金吾様踊りに奉納される踊りについて教えてください。

今東さん:地割り舞、兵児(へこ)踊り、鷹刺し踊り、六尺棒踊り、三尺棒踊り、虚無僧(こむそう)踊り、俵踊りの7種で、いずれも中津川地区の5つの集落に古くから伝わる踊りです。
地割り舞は、金吾様踊りの起源とされる大念仏踊りの中の神舞(かんまい)のひとつで、約60年間廃れていたのを復活させました。踊り手は4人で、弓を手に、笛と太鼓の楽の音に合わせて厳かに舞い踊ります。一説には御祭神を招いて領地を清める舞といわれています。
兵児踊りは、島津の殿様が参勤交代で江戸まで往復する長い道中、お供をする男たちが互いの士気を高めるために夜の酒宴で踊ったものといわれています。滑稽な扮装をした男たちが掛け声をかけながら跳びはねる躍動感に満ちた踊りで、元気な若者が高く跳躍し、所作を決めると拍手喝采が沸き起こります。地元ではとても人気のある踊りで、他所のイベントにもよく招待されます。
鷹刺し踊りは、殿様が武術の修練と領民の動向視察を兼ねて行った鷹狩りを踊りに仕立てたもので、武運長久、領内安堵、領民の安全祈願を願って踊られるようになったといわれています。
六尺棒踊りは棒術由来の踊りで、有事に備えて農民を鍛錬するために踊らせたものといわれています。約180センチの太い棒を地面にバンと叩きつけるところはものすごい迫力です。三尺棒踊りも棒術を踊りに仕立てたもので、剣劇風に前後左右の相手と棒を交えます。
虚無僧踊りは、虚無僧に扮して仇討の本懐を遂げた男が妻と一緒に喜びの踊りを踊ったという言い伝えに由来しています。昔、この地域でも盛んだった農村芝居の終演後に踊られたもので、7つの踊りの中で唯一、女性も踊り手として加わります。
俵踊りは、社寺の行事や祭りの催しとして開催された勧進相撲で相撲取りが寄進された米俵や金品を土俵に積み上げ、観衆に披露する様子を表した踊りといわれています。

シシゾウ:新たに復活した踊りがあるそうですね。

今東さん:大念仏踊りの中の棒打ち舞を復活させ、令和元年の祭りに披露する予定です。専門家の話によると、棒打ち舞は棒踊りの原形にあたる踊りとのことです。将来的には大念仏踊りのすべてを復活させたいです。

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注目ポイント小学生と保育園児も奉納踊りに参加。愛らしい姿で観客を魅了

シシゾウ:演目には子どもの踊りもありますね。

今東さん:地元の保育園児がこどもハンヤ節、小学生が俵踊りを踊ります。こどもハンヤ節は、大念仏踊りの中の稚児踊りを参考にして新たに創作した踊りです。保育園では、子どもの自主性を尊重しながら踊りを指導していて、子どもたちも「年長さんになったら踊るんだ」と年少のころから祭りをとても楽しみにしています。台風で祭りが中止になったときには、ショックで体調を崩したお子さんがいたそうです。踊りをきっかけに、「おじいちゃんはこうして踊ったよ」「お父さんのときはこうだった」など家族の会話がはずんだという話もよく耳にします。

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ふるさと自慢鹿児島県有数の米どころ。新しい特産品「薩摩西郷梅」も人気上昇中

シシゾウ:さつま町の食の名産品を教えてください。

今東さん:さつま町は米作りが盛んです。町内には鹿児島県内唯一の普通米の種場(=採取ほ場)があり、「おいしい米コンテスト」プレミアム部門で日本一を受賞した生産者もいます。新しい特産品の「薩摩西郷梅」は、梅の高級品種として知られる南高梅の苗木を和歌山県から取り寄せて栽培を始めたものです。冷めてもおいしい地元産のお米と薩摩西郷梅の梅干で作った握り飯は絶品です。

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メッセージ金吾様踊りを見て、幸せになってください

今東さん:金吾様踊り活性化実行委員会の活動をしていて何よりも嬉しいのは地域の皆さんが金吾様踊りの復活を喜んでくださっていることです。金吾様踊りを多くの方にご覧いただき、幸せな気持ちになっていただきたいです。

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※祭り紹介者 金吾様踊り活性化実行委員会 会長 今東 清光(いまひがし きよみつ)さんにお応えいただいたインタビューをもとに、記事をまとめています。

TV番組情報

ダイドードリンコスペシャル

金吾様踊り~400年の歴史を伝える行事~(仮)

11/3(日)13:00〜13:54
MBC南日本放送にて放送!

鹿児島県さつま町中津川地区に伝わる金吾様踊りは織田、豊臣時代にこの地域を治めていた祁答院島津家初代「金吾左衛門尉歳久」を祀る大石神社秋季大祭に奉納される踊りで、約400年前から踊られていたと伝えられています。金吾様踊りでは各集落による鷹刺し踊り、兵児踊り、虚無僧踊り、六尺棒踊り、三尺棒踊り等が奉納されます。金吾様踊りの中にはかつて数十年に一度「大念仏踊り」と称し40数種類の踊り演目を奉納する祭りがありました。昭和30年以降、現在まで開催されていない大念仏踊りを途絶えさせてはいけないと、地元の方々は平成22年から「地割舞」、「稚児舞」を復活させました。そして、今回64年ぶりとなる「棒打ち舞」を復活させ、奉納します。番組では金吾様踊りにかける人々の姿や「棒打ち舞」を復活させようと奮闘する人々に迫ります。

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制作担当者からの
メッセージ

報道局テレビ制作部
ディレクター 地福 正己

中津川の各集落の人々が地元に伝わる踊りを披露する金吾様踊り。祭り当日は10種類の踊りが踊られます。なかでも60数年ぶりに復活する「棒打ち舞」は、試行錯誤を繰り返し練習に励み、踊りを披露します。初めてこの祭りを目にした時、子どもから大人の踊り手、そして観衆の方々の祭りに対する思いがひしひしと伝わってきました。また、この祭りを通して地域づくり、町おこしをする姿も併せて番組に取り入れたいと思います。

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