祭り紹介

祭り紹介者

芦別健夏山笠振興会 副会長 関谷 誠(せきや まこと)さん

「約30年続けてくる中で、芦別市最大の祭りとして市民の間にすっかり定着しました。親子2代、さらには3代で参加してくださる熱心な市民もいらっしゃって頼もしい限りです。」

(インタビュー日:2019年11月28日)

歴史始まりは博多祇園山笠を特集した1本のテレビ番組

シシゾウ:芦別市民の一大イベント「星の降る里・芦別健夏まつり」の中心行事として行われる芦別健夏山笠はどのような経緯で始まったのですか?

関谷さん:昭和59年(1984)に放映されたNHKの『熱走!博多山笠』という博多祇園山笠の特集番組がすべての始まりでした。偶然見たその番組で、山笠にすっかり魅了された男性がいました。それが後の芦別健夏山笠振興会初代会長その人でした。初代会長は、市内の若手事業者が集まる会で山笠の魅力を熱く語りました。当時、芦別健夏まつりのメイン行事として行われていた纏(まとい)踊りに閉塞感を抱いていたメンバーは「芦別で山笠を」という呼びかけに賛同しました。翌昭和60年(1985)、第1号の山笠が纏踊りに余興で各町内から出される山車の1台として披露されました。

シシゾウ:市民の皆さんの反応はいかがでしたか?

関谷さん:大好評でした。私はその時、舁(か)き手の一員として山笠を舁いたのですが、反響の大きさから「これはいける」と手ごたえを感じました。それで祭りが終わった後、「芦別健夏まつりを楽しくする会」を結成し、山笠の本格導入に向けて動き始めました。当時、芦別市は主産業の炭鉱が閉山へと向かっている時期で沈滞ムードが漂っていたので地域を元気づけたいという気持ちにも後押しされました。翌年、山笠は2本になり、その翌年にはさらに2本増えました。そして昭和63年(1988)には山笠行事が健夏祭りのメイン行事になりました。

シシゾウ:山笠はどうやって調達されたのですか?

関谷さん:自分たちで作りました。参考にしたのはNHKの番組と仲間の1人が博多の知人から送ってもらった写真だけでした。本物の山笠は木製ですが、第1号の山笠は鉄骨で本体を作り、ベニヤ製造の工場から木を剥いた後に残る芯を譲り受けて舁き棒にするなどまさに手作りでした。2年目以降は市内の建設会社の棟梁に依頼して木製になりましたが、山笠に飾る人形は、市内の看板屋さんが製作した発泡スチロール製でした。平成4年には、博多祇園山笠の人形師の方に念願だった人形を製作していただきました。博多の山笠人形が博多から外に出るのは前例のないことでしたが、偶然にも人形師の方が九州の炭鉱町出身で、山笠に賭ける私たちの真剣な思いに共鳴していただいて実現しました。

シシゾウ:山笠の本家の博多祇園山笠と交流されているそうですね。

関谷さん:平成8年に、博多祇園山笠振興会から正式に兄弟山笠と認めていただきました。博多祇園山笠を模範にする山笠行事は北九州を中心に100以上ありますが、博多祇園山笠振興会に兄弟山笠と正式に認定していただけたのは全国で唯一、芦別健夏山笠だけです。
それ以前も本場の山笠を勉強するために若手数名が毎年、博多祇園山笠に舁き手として参加をさせていただいていましたが、正式に認められてからは互いの記念式典に参加しあうなどより親密に交流しています。

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みどころ山笠の重量は約1トン。約100人の舁き手が交代しながら約1.7キロを走破

シシゾウ:山笠は何本ですか。

関谷さん:4本です。内訳は担いで走る舁(か)き山3本とJR芦別駅横に展示する飾り山1本です。
山笠を出す地域団体の流(ながれ)は現在、北大黒流(きただいこくながれ)、栄流(さかえながれ)、緑幸流(りょくこうながれ)、市流(いちながれ)の4流です。流は地区割になっていますが、市流だけは市役所職員を中心に構成され、飾り山を担当します。

シシゾウ:山笠行事のスケジュールを教えてください。

関谷さん:大きな流れやしきたりは博多祇園山笠をお手本にしていますが、違うところもあります。例えば、博多祇園山笠は7月10日の流れ舁きから15日の追い山まで毎日、山笠が動きますが、芦別で山笠を動かすのは、全4流で1本の舁き山を舁いて回る「祝儀山」、3流の合同チームと市流が約700メートルのタイムを競う「追い山ならし」、3流が約1.7キロのコースタイムを競う「追い山」の3日間です。また、博多祇園山笠には安全祈願として海辺の砂で身を清めるお汐井(しおい)とりという行事がありますが、芦別市は海がないので黄金水松(こがねみずまつ)という推定樹齢約1700年のイチイの木を御神木とし、その御神木の子孫の枝をいただく若松取りという行事を行います。

シシゾウ:山笠の運行について博多祇園山笠との違いはありますか?

関谷さん:最大の違いは舁き手の人数です。山笠行事のフィナーレを飾る追い山で博多は1本の舁き山に最大2000人前後の舁き手がつきますが芦別は100名前後です。  舁き手の人数の違いにまつわるエピソードがあります。芦別健夏山笠は博多祇園山笠の兄弟山笠ですが、すぐに認めていただいたわけではありません。「遠く離れた北国で行われている山笠がどのようなものか、一度自分たちの目で見たい」ということで博多祇園山笠振興会の役員の皆さんが芦別にいらっしゃいました。博多の10分の1の人数で約1トンの山笠を舁いて、ゴールに着くなり、膝をついて倒れ込む舁き手たちの姿に博多祇園山笠振興会の皆さんは大変感動してくださいました。後で伺った話によると、博多祇園山笠も戦後の一時期、人が集まらない低迷期があったそうです。その苦しい時代を知っている役員の方々の目には、私たちの山笠がかつての博多祇園山笠の姿に重なり、「これこそが山笠の原点だ」というありがたい言葉もいただきました。

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注目ポイント門戸が開かれた山笠。希望者は舁き手として参加も

シシゾウ:山笠行事のフィナーレを飾る追い山のみどころを教えてください。

関谷さん:追い山は奉納行事ですが、タイムレースという一面もあります。全行程約1.7キロのタイムとスタート直後に清道旗(せいどうき)を回る約100メートルの「清道入り」のタイムをそれぞれ計測するのは博多祇園山笠と同様です。勇壮に走る姿はもちろん、清道入りで披露される早回りのテクニックも見ごたえがあると思います。
舁き手がそれぞれの役割で見せる活躍ぶりもみものです。台に上がって舁き手を指示する「台上がり」の指揮ぶりは必見です。舵取りの役目を果たす「鼻取り」の最大の見せ場は清道入りで、舁き手とのタイミングの合わせ方などに注目です。観客の皆さんに人気が高いのは、招き板を持って山笠の前方を走る先走り(さきばしり)の子どもたちです。追い山の舁き出し前には先走りの子どもたちが特設ステージで意気込みを語るのでそちらもぜひご覧ください。

シシゾウ:一般の人も山笠に参加できるそうですね。

関谷さん:博多祇園山笠は紹介者がいないと参加することはできませんが、私たちの山笠は紹介者がいなくても追い山に舁き手として参加できます。初めて参加される方は後方から押す後押しをしていただきます。

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ふるさと自慢芦別の名物料理、具沢山スープのガタタン

シシゾウ:芦別市の食の名産品を教えてください。

関谷さん:ガタタンは芦別で生まれ、芦別で受け継がれてきた名物料理です。小麦粉の団子、魚介、山菜など具がたっぷり入ったとろみのあるスープで、戦後、旧満州から芦別に引き揚げてきた人が開いた中華料理店で出したのが始まりといわれています。最近は、アレンジメニューも豊富です。中でもガタタンラーメンは本家をしのぐ人気です。

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メッセージこれからも芦別市民の皆さんに楽しみにしてもらえる山笠を目指します

関谷さん:芦別健夏山笠は歴史こそ新しいですが、30年続けてきたことによって芦別を象徴する祭りに成長しました。これからも市民の皆さんに「この時期が来たら山笠だね」と楽しみに思っていただけるように勢いを維持していきたいです。

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※祭り紹介者 芦別健夏山笠振興会 副会長 関谷 誠(せきや まこと)さんにお応えいただいたインタビューをもとに、記事をまとめています。

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