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注目の祭り

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郡上おどり

郡上おどり

祭り写真館 今年の様子をご覧いただけます。

9/24公開!

わたしはこの郡上という町に恋をしました。その自然、町の佇まい、そしてやさしい人。それらが不思議な調和をみせ、自分のノスタルジアをくすぐるのです。ここの地域アイデンティティは水。透き通った疎水には鯉が泳ぎ、吉田川の鮎の塩焼きが人生の幸せを感じさせてくれます。ここは「水の生まれる地」。家の中を風が吹きぬけ、その匂いがそれぞれの家の暮らしを結んでいるかのよう。時間がゆっくり流れます。かつて郡上八幡城には、後に土佐藩主・山之内一豊の妻となる千代が住んでいました。彼女は幼いころから折り紙が好きで、端切れで着物を縫うのも趣味だったとか。千代紙は彼女の名前に由来するのです。

「郡上おどり」は「阿波おどり」、秋田の「西馬音内(にしもない)の盆踊り」と並ぶ日本三大盆踊りとされ、美濃北部の山村の豊富な民謡を背景に、伊勢・古市の川崎音頭も取り入れた独自な踊り方が特徴。人々は伊勢詣でお札をもらって帰るのに加えて、霊験ありとされた伊勢の唄や踊りなどをも全国にもち帰ったのです。
そもそも盆踊りは死者の霊を弔う念仏踊りが起源。「郡上おどり」もそれが底流ですが、寛永年間(1624~44)、ときの郡上藩主遠藤慶隆但馬守が、士農工商それぞれの職業の融和を図るために始めたとされています。そこでは町民と一緒になって武士も踊ったと伝えられ、それは階級制度のきびしいこの時代には稀なこと。融和を目的とする踊り方とは、群集が輪になって踊り、その輪が随所で交差するようになっているという点です。交差したときに双方が声を掛けあったり、笑みをかわしたり。
「郡上おどり」は7月第1土曜日の「おどり発祥祭」に始まります。圧巻は8月13日から17日早朝にかけての4日間にわたって繰り広げられる徹夜踊り。この踊りはかつて唄だけで踊られていましたが、いまは音頭屋台の上の大小太鼓、笛、三味線、拍子木の伴奏に合わせて踊ります。伝承曲は伊勢音頭の流れをくむ「古調かわさき」があり、大正時代にそれをもとに改編して振りつけられた「かわさき」「三百」「春駒」「猫の子」「さわぎ」「甚句」「げんげんばらばら」「ヤッチク」「まつさか」など個性豊かなものばかり。踊り手の支度は思い思いで、頬被りあり、尻はしょりありで、全員下駄履きです。キビキビした手振りでスピーディーな踊り方もあれば、ゆったりしたものもあり、誠に趣が豊か。下駄の音が深夜の郡上に響く、それは実に小気味のよい踊り。“あら、やっちくさっさ”の音頭、これぞパワー全開の盆踊り。衣装さえつければ誰でも踊れるのが「郡上おどり」の魅力。
わたしたちも早速この渦の中へ。どの顔もにこやか。知らないもの同士が表情で心を交えます。「春駒」を踊りながら、いつの間にやらわたしも“ハルコマ!ハルコマ!”の掛け声を連発。踊りは列をなし、渦をつくり、都会から帰省した若者は懐かしい仲間とすれ違うたびにエールを交換、ハイタッチ。それはお互いが元気であることを喜びあっているようでもあります。

「郡上おどり」の謡いの一部をご紹介しましょう。
「かわさき」。“郡上の八幡出てゆくときは 雨も降らぬに 袖しぼる”
「げんげんばらばら」。“げんげんばらばら何事じゃ 14の春から通わせおいて いまさらいやとは何事じゃ 東が切れよが夜が明けようが お寺の坊さん鐘つこうが 向かいのでっちが庭掃こが となりのばあさん火をたこが 枕びょうぶに日はさそが 家から親たち連れにこが このわけ聞かねばいのきゃせぬ”

ここは踊りの坩堝(るつぼ)。世の中にこれほど踊りを楽しんでいる表情ってあるでしょうか。踊り子はひと晩で新調の下駄をすりつぶしてしまうとか。わたしたちはJICA(独立行政法人国際協力機構)が日本に招いた南米の日系3~4世の若者たちを「郡上おどり」に案内しました。チリからきた3世の林田グラディス・マリアさんは踊りながら、亡くなったお父さんのことを思ったそうです。“お父さん、みて。わたしはいまこんなに幸せよ”と。その夜「郡上おどり」は朝まで闊達に。

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