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七夕踊

鹿児島県いちき串木野市大里地区で、毎年8月7日に近い日曜日に月遅れの七夕行事として行われる「七夕踊」は、300年以上の歴史を持ち、国の重要無形民俗文化財にも指定されている行事です。七夕踊保存会会長の宇都隆雄(うとたかお)さんに「七夕踊」の見どころをお聞きしました。

七夕踊保存会会長 宇都隆雄さん はじまりは朝鮮の役での活躍

シシゾウ:「七夕踊」はいつ頃、始まったのですか。


宇都:豊臣秀吉の時代に、朝鮮の役に出兵した薩摩藩の兵士の活躍を祝って、大里地区の人々が思い思いの形で踊りを踊ったのが七夕踊の起源と言われています。それから90年ほど期間があいて、薩摩藩によって水路工事が行われ田に水が引かれたお祝いに、かつて踊った踊りを再びやっていこうということで作り出されたのが五穀豊穣を願う郷土の踊りという形で継承され、現在に至っています。開催回数は323回を数えています。

シシゾウ:「七夕踊」はどのような踊りですか?


宇都:踊りと言っていますが、田舎の田園劇と言ったほうが近いと思います。「七夕踊」では作り物(つくいもん)、行列物(ぎょうれつもん)、太鼓踊りの3種類が演じられます。作り物は、巨大な張子の動物がユニークな所作で寸劇を演じます。行列物は、薩摩藩時代の大名行列や交流のあった琉球王の行列を表し、それぞれ決まった踊りを踊ります。七夕踊のメインとなる踊りが太鼓踊りです。作り物と行列物は、太鼓踊りの垣回りという意味があります。
作り物と行列物は、地区の14集落で代々、担当が決まっています。太鼓踊りに関しては、各集落から若者が1名出て踊ります。それぞれの集落に伝統があり、14の集落がひとつになって始めて七夕踊が成り立ちます。
張子の虎や牛が大立ち回り

シシゾウ:作り物には、どんな動物が登場するのですか?


宇都:鹿、虎、牛、鶴が順番に登場します。鹿、牛、鶴は山あいの農村では身近な生き物です。虎は、体調を崩した豊臣秀吉に虎の生き血を献上するため、朝鮮の役に出陣した島津藩の勇敢な武士が虎狩りをしたという伝説に基づいています。鹿と虎は狩人に狩られる様子、牛は牛使いに操られる様子を演じます。鹿、虎、牛は、動きがけっこう激しいのですが、鶴だけはちょっと趣が違って、餌まきの人間がまく米のもみがらをついばむところを物静かに演じます。張子の動物の動きはとてもユーモラスです。鹿や虎は、狩人とのやりとりを跳んだり走ったりして面白おかしく演じます。牛は、牛使いがたずなをひいて、走らせたり休ませたりします。鹿や虎の張子も大きいですが、牛の張子はさらに大きいのでかなりの迫力です。

シシゾウ:作り物の見どころはどのようなところですか?


宇都: 特にご覧いただきたいのは、張子の動物を演じる人間と狩人や牛使いを演じる人間とのコンビネーションです。同じ狩りのシーンでも、鹿の狩人は鉄砲、虎の狩人は槍を使うし、それぞれの集落の伝統があるので演技が違います。また、張子の中の人間が演技中に入れ替わるところも見ものです。鹿は4人、虎は8人、牛は16人の人間が重たい張子を担ぎますが、20分近く激しく動き回るので途中で交代しないと身体がもちません。演技をしながら、タイミングよく中の人間が入れ替わり立ち替わりするところも見てください。

シシゾウ:演技で難しいのはどういうところですか?


宇都:張子の中にいる人間は外の様子が見えません。その状態で4人ないしは8人、16人が勢いよく跳んだり走ったりしますから、ときには観客に突っ込んでいきそうになることがあります。そんなときには、狩人や牛使いの役が劇を演じながら、さりげなく人ばらいをします。そういった臨機応変さが求められますね。
張子の中に入っている人間は体力勝負です。張子は、顔の部分こそ紙ですが、骨組みは竹と木ですからかなりの重さがあります。そのため脚と肩にかかる重圧は半端ではありません。しかし痛いからといってポソポソ走っていたのでは、全く絵になりません。さらに暑さも耐えがたいです。時期的にもいちばん暑く、張子の中に入っていると汗だくを通り越してしまうほどです。とにかく、このキツさだけは中に入ってみないと分からないと思います。演じる人間にとっては本当に大変な1日ですが、面白さはそれ以上にあるのです。
行列物に女性もお目見え!

シシゾウ:行列物にはどのような行列がありますか?


宇都:昔、琉球が薩摩藩と交流のあったことに由来する異国情緒たっぷりの琉球王行列、島津の殿様が参勤交代をする様子を表した大名行列、薙刀(なぎなた)行列があります。行列の人数は年によって違いますが、平均すると各20~30人くらいです。今までの七夕踊の歴史では女性が関わったことはなかったのですが、人数が少なくなりすぎると本来の姿が失われてしまうというので、4、5年前からあまり激しくない振りのところは若い女性にも参加してもらっています。
大里の男なら一生に一度は必ず踊る太鼓踊り

シシゾウ:太鼓踊りはどのような踊りですか?


宇都:ゆったりとした踊りで、にぎやかという感じではありません。踊り手は手に太鼓を持ち、きれいな衣装と花笠を身に付けます。調査に来られた歴史研究家によると七夕踊の衣装や花笠は非常に特徴的で、よその土地では見られないそうです。

シシゾウ:太鼓踊りを踊るのはどういう方たちですか。


宇都:青年団の若者です。七夕踊そのものが青年団の行事です。集落の古老や壮年部も協力しますが、あくまで青年団の要請に基づいて手伝うという形になっています。青年団は集落ごとに組織されていて、数えの15歳で青年団に入団し、大体26歳くらいまで所属しています。これは、薩摩藩時代から伝わる鹿児島独自の郷中教育の伝統を受け継ぐもので、若者たちは青年団の集まりを通じて、人としてあるべきマナーを身につけていきます。
太鼓踊りの踊り手は毎年新人で、各集落から1名ずつ出ます。集落によって青年団の年齢構成が違うので、社会人もいれば大学生、高校生もいます。太鼓踊りの踊り子になると、厳しい練習が待っています。踊りの1週間前から、踊り子たちは夜に集まって練習します。その練習が終わった後には、自分の集落に帰ってからの練習が待っていて、夜の11時12時まで練習します。そこまで一生懸命するのは集落の名誉がかかっているからです。踊りの上手下手で本番の踊りの位置が決まるので、集落の人たちは、自分の集落の踊り子には踊りの上手な人がつくポストを確保してほしいと競争心が出るのです。太鼓踊りを踊ることは大里地区に生まれた男にとってひとつの節目です。青年団に入団し、踊りの順番が回ってきて七夕踊に参加する。そして、厳しい練習から当日までを無事務め上げると、一人前の大人として認められます。ですから、踊り子になるのは名誉なことで、その年の踊り子が決まると、集落の皆さんは踊り子の家に激励しに行ったり、飲み物を差し入れたりして応援します。踊り当日には、踊り子さんの家では、うちの息子が踊ることになったということで親戚を呼んでご馳走でもてなしたりもします。

シシゾウ:大里地区の男性は全員が太鼓踊りを踊るわけですね。


宇都:誰でも必ず順番が回ってきます。「今年は誰だ」と青年団が決めれば、就職や進学で都会に出ていようが関係ありません。ただ、都合で今年は帰れないから来年に回してくれというような融通は利きます。それでも、どうしても都合が付かないときは例外的に兄弟が代わりに踊る場合もあります。
この踊りに参加する一番の意義は、男同士の触れ合いを体験できることです。特に集落の古老などのOBたちと接することは今の若い人たちにとって貴重な経験です。1週間の稽古期間に、OBたちは若い踊り子に踊りを一生懸命手をとり足をとり教えます。そうやってスキンシップを深めていくと、若者の人間性が変わっていくのが目に見えるときがあります。そういう意味でも、七夕踊は単なる祭りではなく、地域の若者たちの人間形成の根幹になっているのです。
見物のベストポジションは動いて探す

シシゾウ:見物するのにお勧めの場所はどこですか?


宇都:七夕踊は大里地区の中福良、門前河原、払山踊り場の3ヵ所で踊りますが、朝8時からの中福良での踊りは、顔合わせの意味が大きく全部を踊りませんので、七夕踊本来の踊りをご覧になるのでしたら、午前10時からの門前河原か、午後3時からの払山踊り場に見に来られるのが良いと思います。
踊り場は広いので、どの場所からでもよく見えますし、移動も自由にできます。遠目で見るのと近くで見るのと迫力が全然違いますので、場所を移動しながらご覧になられると、より楽しんでいただけるのではないかと思います。
頑張る若者たちから元気をもらってください!

シシゾウ:サイトを見ている方に「七夕踊」をアピールしてください。


宇都:七夕踊は昔からの田舎の郷土芸能で、きらびやかな祭りでは決してありません。張子の材料は身近にある山の木や竹ですし、動きも素朴です。でも、本当の田園劇で、よそでは見られない踊りだと思いますので、暑い盛りですがぜひご覧になっていただきたいです。
七夕踊は青年団が主役の踊りです。今は青年団のつながりが以前に比べると希薄になってきていることもあって、踊りを維持するために青年団の人間は苦労しながら頑張っています。国の無形民俗文化財にもなっている踊りの火を消してはいけないという青年団のエネルギーにふれて、元気をもらってください。