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東湖八坂神社例大祭

祭り紹介

歴史潟上市天王地区と男鹿市船越地区に伝わる伝承行事

シシゾウ:東湖八坂神社例大祭は、いつごろ始まりましたか?

菅生さん:東湖八坂神社例大祭は、日本神話のスサノオノミコトのヤマタノオロチ退治の故事と、八郎潟(八郎湖)周辺の農民と漁民の水神信仰が習合した祭礼で、豊作と大漁を祈願して行われます。スサノオノミコトを御祭神とする東湖八坂神社が創建されたのは延暦(えんりゃく)20年(801)と言われています。そのときから統人(とうにん)行事として潟上市天王地区と男鹿市船越地区にずっと伝承されてきました。

シシゾウ:統人行事とはなんですか?

菅生さん:統人は、氏子を代表してまつりごとを執行する人物を指します。昔は各氏子町内の代表者が統人を務めました。天王地区では現在、地区内の各町が輪番制で統人を務めています。統人には一番統と二番統があり、一番統と二番統になった町内が協力してその年の統人行事を取り仕切ります。一度、統人が回ってくると1年目は新統人、2年目は古統人として足かけ3年、行事にいろいろな形で奉仕します。

米谷さん:船越地区では8つの町内会が統人行事を1年ごとに持ち回りしてきました。しかし、人手不足など諸事情により平成26年からは4つの町内会で行っています。後継者育成は急務ですが、昔からのしきたりが制約となって思うように進んでいないのが現状です。

シシゾウ:東湖八坂神社の統人行事は年間を通して行われるそうですね。

菅生さん:毎月なんらかの行事があります。他所にはあまり見られないユニークな行事が多いのも特徴です。そのひとつが3月の御味噌煮式(おみそにしき)と御味噌埋式(おみそうめしき)です。神前に供物として捧げたり、祭典の料理に使われたりする味噌を作るのが御味噌煮式、その味噌を熟成させるために味噌桶を神社境内に埋めるのが御味噌埋式です。6月には埋めた味噌を掘り出す味噌揚げ式が行われます。
7月6日・7日の例大祭は1年間に及ぶ統人行事を締めくくる最も大きな祭典で、神社の神輿が御神幸し、天王地区が牛乗り、船越地区がくも舞の神事を奉納します。例大祭が終わり、日付が変わると「お竹受け」の神事が始まり、新しい年の統人行事がスタートします。

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みどころスサノオノミコト役は1週間かけて神になる

シシゾウ:神輿の御神幸がある7月7日の行事の主な流れを教えてください。

菅生さん:午前中、両地区の祭り関係者は東湖八坂神社本殿に参拝する七度半詣(ななどはんまい)りを行い、神楽殿で祈祷とお祓いを受けます。午後3時、神社の御神霊を移した神輿行列が山太鼓と呼ばれる太鼓を先頭に天王地区の東湖八坂神社を出発し、潟上市と男鹿市の間を流れる船越水道の対岸にある船越地区へ向かいます。神輿は担ぎ神輿ですが、現在は台車に載せて動かします。屋根にはお竹といって神様の依代になる親指ほどの太さの竹7~8本がさしかけられます。
神輿行列と並行して天王地区では牛乗りの神事、船越地区ではくも舞の神事が進行します。神輿行列は船越地区のお旅所に着くと、しばらく留まってから天王側に戻るために出発し、船越水道にかかる八竜橋の上で休息をとります。そこに、御神牛に乗ったスサノオミコトら牛乗り一行がやってきます。船越水道の湖上には、くも舞を行う船越地区のチョマン船が停泊しています。神輿、牛乗り、チョマン船の三者はちょうど三角になる位置関係で、ヤマタノオロチを演じるくも舞人と御神牛に乗ったスサノオミコト役が対峙するのを神輿が眺める恰好になります。ヤマタノオロチ退治の故事を再現して、くも舞人が船上のやぐらの上で舞うのがこの日のクライマックスです。

シシゾウ:牛乗りについてお聞きします。スサノオノミコトを務めるのはどういう人ですか?

菅生さん:昔から牛乗りに奉仕すると健康になると言い伝えられていることから、氏子男性で健康祈願をしたい方が務められています。通常、1人の人が4~5年連続で務めます。
スサノオノミコト役を務める男性は、祭りの1週間前の7月1日に天王本郷自治会館に設けられた酒部屋(さかべや)にこもり、御神酒をいただきながら神様になっていきます。酒部屋は葦で囲まれていて祭り関係者以外入ることが許されないので中の様子はうかがえません。祭り当日、酒部屋を出てくるときにはスサノオノミコト役の男性は意識がなく、神がかりになったような状態で、そのままスサノオノミコトの装束を着せられ、抱えあげられて御神牛の鞍にまたがります。地区内を巡幸し、船越水道でくも舞が行われるときも意識は戻らず、周りの氏子たちに体を支えられています。御神酒に酔った程度でそれほどまでに意識がなくなるとは考えられません。このように理屈では説明のつかないことがあるのもこの祭りが奇祭といわれるひとつの由縁です。

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注目ポイント船上のやぐらで宙返り。退治されて苦しむヤマタノオロチを表現

シシゾウ:船越地区のくも舞について教えてください。

米谷さん:午後2時過ぎ、裃をつけたくも舞人は祭礼の拠点になる統屋にやってきます。神輿行列が船越地区にやってくる頃あいを見計らって、くも舞人は統屋を出て、船越地区の船場に向かい、待機していた船に乗り込みます。船は船越水道の中ほどに停泊しているチョマン船にくも舞人を送り届けます。くも舞人を追うように神官と神子(みこ)、太鼓らの一行が乗った神子船も出て、チョマン船のそばに停泊します。
太鼓、笛、ささらのお囃子が乗り込んでいるチョマン船は二艘立てで船上に櫓を組んでいます。蛇柱(じゃばしら/へびばしら)と呼ばれる太く長い杉の丸太を2本立て、2本の大綱を張り渡します。柱は紅白の布を巻いて化粧されます。やぐらの下部には鯨幕が張られ、四隅に松が飾られます。
くも舞人はチョマン船に乗り込むと、すぐに鯨幕の中に入り、用意されたくも舞人の装束に着替えます。上着、モンペ、手甲、脚絆はすべて真紅で、顔には黒の網の仮面をつけます。鯨幕の中には世話役がいて着替えを手伝いますが、鯨幕の中では一切言葉を交わしてはならない慣わしです。
くも舞を始めるタイミングは、船越地区のお旅所から引き返してきた神輿行列が八竜橋の上、牛乗り一行が船越水道の天王地区側の岸辺に着いたときです。ヤマタノオロチを演じるくも舞人は、船の艫(とも)側の蛇柱をよじ登り、柱につけられた笠木に腰をかけてから大綱にまたがります。そのまま東西南北の四方を拝し、舳(へさき)側に移動してから後方に2回転し、元の位置に戻ります。続いて舳側の柱の笠木に移動して再び四方を拝した後、艫側に移動して後方に1回転します。くも舞人が蛇柱を下りて鯨幕に引っ込むと、チョマン船は天王側に十間(約20メートル)ほど進んで錨をおろします。船の移動に合わせて神輿行列も移動します。くも舞人は、頃合いを見計らって再び櫓に上り、同じ舞を繰り返し、舞い終わるとすばやく鯨幕の中に入り、裃に着替えます。
船上で演奏されているお囃子はくも舞が始まると調子の早いくも舞囃子になり、ササラで船べりを打って拍子をとります。舞が終わるとササラは砕かれ川に流されます。

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ふるさと自慢秋田県の冬の味覚、県魚「ハタハタ」

シシゾウ:八郎潟周辺地域の食の名産品を教えてください。

菅生さん:八郎潟周辺は海に近く、漁業が盛んです。秋田の魚といえば冬に旬を迎えるハタハタです。魚醤のしょっつるの原料としても知られています。ハタハタを使った代表的な郷土料理はハタハタ寿司です。なれずしの一種で、匂いや食感にクセがあるため、若い人よりも比較的高い年齢層の人に好まれています。家庭でも作られますが、道の駅てんのう「天王グリーンランド」内にある産直センターの食彩館くららや地元スーパーなどではパック詰めで販売されています。八郎潟のワカサギの佃煮も名物です。農産物では砂地の土質を活かした梨栽培が盛んです。

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メッセージ国の重要無形民俗文化財指定の奇祭をぜひ一度ご覧ください

菅生さん:国の重要無形文化財指定で、奇祭といわれるだけあって普通の祭りとはかなり趣が違うと思います。ぜひ一度ご覧下さい。祭りの全体像をご理解いただくなら、牛乗りの巡幸について歩き、船越水道でくも舞をご覧いただくのがおすすめです。

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※祭り紹介者 東湖八坂神社崇敬会 事務局長 菅生 一也(すごう かずや)さん、船越地区統人行事保存会 会長 米谷 勲(よねや いさお)さんにお応えいただいたインタビューをもとに、記事をまとめています。

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