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高浜七年祭

高浜七年祭

祭り紹介

歴史450年の歴史を持つ祇園会由来の式年大祭

シシゾウ:高浜七年祭は、いつごろ始まりましたか?

片山さん:佐伎治(さきち)神社の式年大祭である高浜七年祭について書かれた最も古い文献は、織豊期の永禄12年(1569)、連歌師の里村紹巴(さとむらじょうは)によって書かれた『天橋立紀行』という紀行文です。文中に出てくる「高浜祇園会(ぎおんえ)」が高浜七年祭のことで、そのころには既に行われていたことが分かります。
高浜七年祭は京都の祇園祭と同じ御霊会(ごりょうえ)の性格を持つ祭りです。昔の人は、流行病は無実の罪などで亡くなった人の怨霊や疫神によってもたらされると考えていました。御霊会に芸能が奉納されるのは怨霊をなぐさめいたわるためです。高浜七年祭では、佐伎治(さきち)神社の三柱の御祭神の御神霊を遷した神輿3基の巡幸とともに多彩な伝統芸能が奉納されます。最終日には神輿が海に入り、怨霊や疫神を流し清める足洗いが行われます。

シシゾウ:開催年について教えてください。

片山さん:数え年で7年に一度、十二支の巳年と亥年に行います。それ以外の年は佐伎治神社の式年行事だけです。元々の開催日は旧暦でしたが、現在は新暦の6月の卯の日から酉の日の7日間が祭り期間です。
神輿は中ノ山、西山、東山の3基で、旧高浜町が3つに分かれて祭りを祭行します。祭り年は、年が明けるとすぐ諸準備が始まります。2月に入ると伝統芸能や屋台囃子の稽古が始まり、3月には神輿を組み立てて装飾品などを確かめる神輿改め、4月に稽古上げ、5月のゴールデンウィークには本番さながらに衣装をつけて伝統芸能をお披露目する顔見世、6月には神輿を担ぐ駕輿丁(かよちょう)の集会、本陣、お旅所(山元)の飾り付け等スケジュールは目白押しです。

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みどころ太刀振、神楽、お田植え、太鼓、屋台囃子など
半年間の稽古の成果を披露

シシゾウ:7日間の日程を教えてください。

片山さん:初日は神幸祭です。神輿おろしともいいます。前日の神事で中ノ山の神輿には素盞鳴命(すさのおのみこと)、西山には大己貴命(おおなむちのみこと)、東山には稲田姫命(いなだひめのみこと)の御神霊が遷され、境内の能舞台に納まっています。午前9時より、神社本殿で神事が行われる間、境内では東山、西山、中ノ山の芸能衆が太刀振(たちふり)や神楽、お田植などの伝統芸能を奉納します。昼過ぎ、神輿は町内を巡幸します。各神輿は、山車を先頭に、神官、氏子総代や区長などの役員、警護、駕輿丁など総勢100〜200人を従えて地区内を練り歩き、午後7時ごろ、山元と呼ばれるそれぞれの御旅所に着輿します。
2日目は山上がりといって、7基の曳山が神社へ宮入りし、若連中による屋台囃子と子どもたちによる日本舞踊が奉納されます。その後、曳山は、御旅所や各地区の祭り拠点の本陣を回りながら町内を巡行します。原則、曳山が出る日は、神輿は動きません。3日目も曳山の巡行です。この日は各地区の芸能衆たちが御旅所や本陣を回って芸能を奉納します。
4日は中日祭(ちゅうにちさい)です。中勇(なかいさみ)ともいいます。この日は、神輿がそれぞれの地区内を巡幸します。初日のコースは国道や県道など大きい通りが中心でしたが、中日祭は細い路地まで入っていき、地区内をきめ細かく回ります。
5日目と6日目は曳山伝統芸能の日で、2日目と3日目に行かなかったところを曳き回します。最終日は還幸祭です。

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注目ポイント砂浜の神輿乱舞は筋書きのないドラマ

シシゾウ:還幸祭について詳しく教えてください。

片山さん:各神輿は7日間滞在した御旅所を立ち、それぞれの地区内を回った後、昼に高浜町内の中心部で3基の神輿が合流します。午後からは3基が揃って高浜町内を回り、午後3時、佐伎治神社に還幸し、いったん能舞台に納まります。その後、初日と同じように本殿で神事が行われている間、芸能衆が伝統芸能を奉納します。それが終わると、神輿は中ノ山、西山、東山の順番で神社を出発し、鳥居浜という海岸に向かいます。時間的には、日が沈みかける頃です。浜に着くと3基の神輿は乱舞を始めます。けんか神輿といわれた昔を彷彿させる激しい揉みで、神輿と駕輿丁たちは入り乱れます。普段は仲が良くても、このときだけは地区の対抗意識が前面に出るので、何が起こるか予断を許しません。まさに筋書きのないドラマで、これを目当てに1万人以上の観衆が集まります。
続いて行われる足洗いの儀は、神輿の乱舞とはうって変わったように粛々と執り行われます。駕輿丁たちは黙って神輿を担いで海に入り(足洗い)、神事を終え、神社に戻るときも終始無言です。
半年間かけて準備をし、7日間にわたった祭りを無事に終えたときの感動はひとしおです。仲間同士、抱き合ったり、駕輿丁のリーダーの総長を胴上げしたりします。

シシゾウ:片山さんがこれまでの高浜七年祭で特に印象に残っていることはなんですか?

片山さん:私が初めて祭りに参加したのは20歳のときです。それからずっと参加し続け、祭り人生は60年になります。太鼓持ち、駕輿丁、区長、師匠、祭り役員、氏子総代など諸役を務めてきましたが、一番思い出深いのは、昭和52年総長を務めたときです。私が所属する東山では、神輿の総指揮を執る総長は人望が必須ということで、100名以上いる駕輿丁の互選で選出します。なので、選ばれるのはとても名誉なことです。私の父も総長経験者なので、親子二代ということでも感無量でした。
総長で一番大変だったのは最終日還幸祭の神輿鳥居浜の乱舞です。東山の神輿は唯一、女性の神様で、きらびやかな金箔の六角屋根が目立つこともあり、中ノ山の神輿が東山神輿を真っ先に狙ってきます(笑)。総長としては皆に怪我をさせてはいけないし、かといって逃げ回ってばかりでもいけないしというところで、攻防の兼ね合いが難しかったです。3基の警固の皆さん、各山の総長、役員みんなで怪我のないよう守って、無事七日間を終えた事は何よりです。

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ふるさと自慢若狭湾が誇る若狭ぐじに若狭ふぐ

シシゾウ:高浜町の食の名産品を教えてください。

片山さん:若狭湾に面した高浜町は海の幸が豊富で、特に若狭のぐじ(アマダイ)は高級魚として人気です。若狭ふぐのブランドで知られるトラフグの養殖場もあります。農産物は杜仲茶の栽培が盛んです。

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メッセージ保存会発足で次世代への継承に向けて
全力を尽くします

片山さん:少子高齢化で伝統ある祭りの継承は年々困難になってきています。歴史のある祭りを次の世代に引き継ぐため、平成29年に発足した高浜七年祭保存会では様々な取り組みを進めています。伝統芸能の継承については後継者育成の一環として祭り年以外にも発表の機会を作るため、佐伎治神社の秋の例大祭で舞台発表を行う計画です。また、国の重要無形民俗文化財指定を目指し、古文書の解読など申請のための調査にも着手しています。この高浜の貴重な歴史的文化遺産である七年祭を活かし、その歴史に誇りと愛着を持って祭りの伝承に努めていく決意です。これからの高浜七年祭にもご期待ください。

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※祭り紹介者 高浜七年祭保存会 会長 片山 日出夫(かたやま ひでお)さんにお応えいただいたインタビューをもとに、記事をまとめています。

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