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奧津比咩神社大祭

奧津比咩神社大祭

祭り紹介

歴史開催地が舳倉島から本土の海士町へ

シシゾウ:奧津比咩神社大祭の歴史について教えてください。

上浜さん:奧津比咩神社大祭は、輪島市の沖合いに浮かぶ舳倉島にまつられている奧津比咩神社の例祭です。奧津比咩神社は、延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)に名前が載っている式内社で1200年以上の歴史があります。本来の開催地は舳倉島ですが、昭和43年(1968)から舳倉島出身者が大勢暮らす海士町で開催されるようになりました。昭和38年(1963)生まれの私は、舳倉島出身の両親に連れられて島で行われた最後の祭りに行った記憶があります。舳倉島では8月29日と30日が開催日でしたが、開催地の移転に伴い、輪島市内で同時期に行われる輪島大祭に組み入れられることになり現在の開催日になりました。

シシゾウ:輪島大祭は、奧津比咩神社、重蔵神社、住吉神社、輪島前(わじまさき)神社の夏祭りの総称です。他所の3つの祭りとの共通点、相違点を教えてください。

上浜さん:共通点は、神輿とキリコが出るところです。違う点は重蔵神社、住吉神社、輪島前神社の祭りがどちらかといえばキリコが主役なのに対し、奧津比咩神社大祭は神事である神輿が祭りの中心です。神輿を担げるのは、奧津比咩神社の氏子でもある海士町自治会の会員です。海士町自治会はアタリと私たちが呼んでいる隣組のような集団の集合体で、その組割は皆の出身地である舳倉島が基準になっています。
神輿が海に入って練る神輿入水神事があるのも、他所の神輿巡幸と大きく異なる点です。神輿入水神事の起源には諸説があります。私が地元の古老から聞いたのは宝玉と海女にまつわる伝説です。昔、中国の皇帝から大和の国に宝玉が贈られました。日本に向かう途中、宝玉を載せた船が沈没したため、天皇は海女に命じて宝玉を探しに行かせました。海女は宝玉を見つけだしましたが、不幸にも龍に襲われ、下半身を失ってしまいます。しかし、宝玉は乳房に隠し持ったため無事でした。神輿の欄間にはその伝説が彫られていて、神輿が神社を出たときは海女の功績にちなんで必ず海に入れる決まりになったということです。舳倉島は昔から素潜り漁が盛んな海女の島で、現在も海士町を中心に現役の海女さんが200名近くいらっしゃいます。神輿入水神事が行われるようになったのはそんな土地柄が背景にあるからかもしれません。

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みどころ神輿の担ぎ手はエプロンに化粧で女性に扮装

シシゾウ:祭りの2日間のスケジュールを教えてください。

上浜さん:1日目は出宮祭(でみやさい)で、奧津比咩神社の御分霊をまつる里宮から出た神輿は町内を回って夕方海に入り、自治会館に設けられた御仮屋(おかりや)小屋に納められます。その後、町内のキリコが御仮屋小屋の前の広場に集結し、太鼓を奉納します。翌日は入宮祭で御仮屋小屋を出た神輿は前日同様、町内を回った後、再び海に入り、里宮に還御します。

シシゾウ:奧津比咩神社の神輿の特徴を教えてください。

上浜さん:神輿を担ぐ輿かきは女装をするのが昔からのならわしで、シャツに腰巻、エプロンをつけ、顔には化粧を施します。御祭神が女の神様なので、そのことと女装することは関係があるのかもしれませんが、はっきりした理由は分かりません。
もうひとつの特徴は神輿の前方に結び付けられた綱です。手綱と私たちが呼んでいるこの綱は海女さんが素潜り漁でつける命綱を表しているという説もあります。手綱を握るのは町内の子どもたちです。道中のみどころは、手綱を介して、輿かきと子どもたちが綱引きをするところです。神輿リーダーの青年団団長が「ヨイサーセー」と掛け声をかけると、輿かきたちは神輿を担ぐ肩を入れ替え、「ウマヤー」の掛け声で後ろに進みます。そうはさせまいと子どもたちは手綱を前方に引っ張ります。この綱引きが頻繁に行われるので神輿は中々前に進みません(笑)。

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注目ポイント夕暮れの浜で繰り広げられる神輿入水神事

シシゾウ:神輿入水神事について教えてください。

上浜さん:町内を巡幸した神輿は夕刻、袖ヶ浜海岸に到着します。そこで輿かきたちは神輿をいったん下ろし、祈祷と和太鼓奉納が行われます。日が沈む午後6時半、神輿は輿かきたちに担がれて海に入ります。昔は開始時間が約1時間早かったのですが、たまたま入水する時間が遅くなったときの夕暮れの情景がとても風情があったので現在の時刻になりました。入水のときには手綱に綱が継ぎ足され、海の中の輿かきたちと浜にいる子どもたちとで綱引きが繰り広げられます。以前は浜が遠浅だったので輿かきたちは沖に向かって進みましたが、今は砂がなくなり水深が急に深くなっているため、波打ち際を平行に進みます。ひとしきり綱引きをすると神輿は浜に上がりますが、それで終わりではなく再び海に戻り、綱引きをします。これを最低でも3度繰り返します。

シシゾウ:キリコ巡行のみどころを教えてください。

上浜さん:入水神事を終え、浜から戻ってきた神輿が御仮屋小屋に納まるころ、各町内から出される11基のキリコはそれぞれのコースを巡行した後、午後10時に御仮屋小屋の前の広場に勢揃いし、太鼓を奉納します。太鼓の打ち手は2人で、入れ代わり立ち代わりしながら打ち続けます。最近は女性の打ち手も増えています。住民数が少ない町内もありますが、太鼓を叩くときは他所には負けられないという闘志をみなぎらせ、太鼓の競演は夜遅くまで続きます。私も若いころは友達と集まって明け方近くまで太鼓に興じたものです。

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ふるさと自慢日本一の海女の町自慢のアワビ、サザエの絶品珍味

シシゾウ:輪島市の食の名産品を教えてください。

上浜さん:舳倉島は絶好の漁場で、夏になると海士町の海女さんは舳倉島に移り住み、海に潜ってアワビやサザエを採取します。アワビなら高級珍味として人気の高い蒸しアワビがおすすめです。地元で保存食として昔から食べられてきたサザエの麹漬けやフグの糠漬けは、ご飯のお供はもちろん、酒のおつまみにぴったりです。

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メッセージ神事としての祭りを大切に守っていきたいです

上浜さん:奧津比咩神社大祭は輪島大祭の4つの祭りの中で最も観光的要素が薄い祭りです。祭りを担う海士町自治会の会員数は年々減ってきていますが、代々伝えられてきた神事としての祭りの形をできるだけ長く守っていきたいと思っています。キリコは神輿とは違って比較的外に開かれた催しなので多くの方にご覧いただきたいです。出宮祭の前日には青年団が前夜祭として浜でイベントや出店を出すのでそちらもどうぞお楽しみください。

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※祭り紹介者 海士町自治会 会長 上浜 政紀(かみはま まさのり)さんにお応えいただいたインタビューをもとに、記事をまとめています。

TV番組情報

放送局

ダイドードリンコ日本の祭り

奥津比咩神社大祭(仮)

9/22(日)14:00〜14:55
MRO北陸放送にて放送!

輪島沖50km、絶海の孤島「舳倉島」の総本社・奥津比咩神社の祭礼。奥津比咩神社は延喜式(えんぎしき)内社にあてられた古社として1200年以上の歴史を誇ります。年に一度、海士町の女神が輪島の男神に会い、新しい神様が生まれるという伝説にちなんだ“神輿入水神事”が祭りのハイライト。海士町青年団の男衆は化粧を施した女性のいでたちで神輿を担ぎます。沖に向かわんとする神輿を子どもたちが逆に引っ張り、その引き合いが長いほど豊漁に恵まれるとされています。好漁場で知られる舳倉島は昔から素潜り漁が盛んな海女の島で、現在も海士町を中心に200人近くの海女さんが活躍。神輿の前方に結びつけられた手綱は海女さんがつける命綱を表していると伝わっています。

番組の放送局サイトへ

制作担当者からのメッセージ

漁師町のやんちゃな男衆が頬に白粉、口に紅、腰にエプロン。この日だけは見た目も心も女性となり、舳倉の女神に捧げます。本社は輪島沖50キロに浮かぶ舳倉島にありますが、現在は海士町にある里宮で行われます。神輿は一度も下ろされることなく町内を巡行した後、袖ヶ浜海岸で入水神事が行われます。沈む夕日と神輿の海中渡御、その美しいコントラストは必見です。

ディレクター 中川 拓耶

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TV番組情報

ダイドードリンコ日本の祭り奥津比咩神社大祭(仮)

9/22(日)14:00〜14:55
MRO北陸放送にて放送!

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