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楠公祭(畳破り)

楠公祭(畳破り)

祭り紹介

歴史江戸時代から伝わる楠木正成公ゆかりの祭り

シシゾウ:楠公祭は、いつごろ始まりましたか?

中嶋さん:楠公祭は楠木正成・正行親子をご祭神としてまつる楠公神社の祭りです。楠公神社は八幡神社が合祀されているため、地元の白浜町では楠木さんの祭り、或いは八幡さんの祭りと呼んでいます。祭りの正確な起源は分かりませんが、神社の鳥居の銘文に宝永6年(1709)の文字が入っていることから、300年を超す歴史があると考えられます。
祭りに奉仕する楠公神社の氏子は、東班、中班、西班の3つの地区に分かれ、その年の祭りを取り仕切る祭元(まつりもと)を回り持ちします。平成31年は私が所属する中班が祭元を務めます。祭元のメンバーは、年が明けると同時に祭りの準備にとりかかります。

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みどころ楠木勢は畳を盾代わりに応戦。
攻防の後、畳は男たちの手で粉々に

中嶋さん:楠木さんの祭りは畳破り、的(まと)射り、餅まきが主な行事です。メインの畳破りは、楠木正成公が幕府方の足利勢の大軍を城に立てこもって迎え撃ち、勝利した千早城の戦いに見立てて行われるもので、氏子男性は楠木勢と足利勢の二手に分かれます。楠木勢はその年の祭元の班が務めます。畳破りの前には、班で集まって酒宴を開き、最後に「高砂」のお謡(うたい)を皆で謡って気勢を上げ、神社に向かいます。
楠木勢、足利勢は全員、上半身裸で束ねた稲わらを兜がわりにかぶります。楠木勢は、神社拝殿に立てこもり、入り口に畳を1枚立てて防御を固めます。太鼓の合図で、足利勢は参道を走って拝殿へ攻め上がります。畳を挟んで、堂内に押し入ろうとする足利勢とそれを阻もうとする楠木勢の攻防がしばし繰り広げられます。最終的に足利勢は畳を押し倒して堂内に押し入りますが、今度は楠木勢と足利勢が一緒になって、それまで盾になっていた畳に攻撃の矛先を向け、跡形がなくなるまで手で引きちぎります。

シシゾウ:畳を素手で破るのですか?

中嶋さん:そうです。畳破りに用いるのは隣町の畳屋さんが奉納してくださる新品の畳で、宮司さんのお祓いを受けています。昔と違い、今の畳はナイロン糸で頑丈に縫われているので、糸は前もって切っておきます。畳が粉々になるころには、堂内は藁ぼこりがモウモウと立ち込め、息をするのも困難なほどです。
畳破りにはもうひとつユニークな風習があります。畳を破いた後、兜にしていた稲わらで両軍勢が入り乱れて、互いの上半身を勢いよくこすり合います。私の青年時代は、長襦袢のようなものを身に着けていたので、こすられても平気でしたが、今は裸なので痛いし、肌が擦れて赤くなります。その日の夜はお風呂に入ると湯がしみて大変なようです(笑)。

シシゾウ:中嶋さんの畳破りの思い出をお聞かせください。

中嶋さん:最近の若い人たちはジェントルマンですが、昔は今以上に両軍の攻防が激しかったです。私が青年団に入ったときは戦後まもないころで、戦地帰りの年上の先輩方に、若い者をもんでやろうという感じでゴリゴリ手荒く扱われた思い出があります(笑)。

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注目ポイント射られた矢をつかみとり、御利益をいただく

シシゾウ:的射りについて教えてください。

中嶋さん:的射りは矢取りともいいます。豊作を祈願し、堂内で的をめがけて射られた矢を楠木勢と足利勢が奪い合います。取った矢は縁起物として非常に人気があります。射手と的の間は5メートルほどで、男たちは的にギリギリまで寄って待ち構えています。的射りに用いる弓矢は、祭元が竹を伐ってきてこしらえます。最初に弓を引くのは宮司さんで、続いて地区の子どもたちや男性たちが代わる代わる射手を務めます。矢は60本ほど用意していて、氏子でなくても男性の方なら誰でも矢を射ることができます。
私は子ども時代、祭りの前に仲間同士で山に行って竹を伐り、自分たち用の弓矢を作って的射りに参加していました。今の子どもたちは、矢を射っても的まで届かないことが多いので、祭りの前には子どもたちに弓の射方を教えています。
楠公祭を締めくくるのは餅まきで前日に用意した紅白の餅約100キロをまきます。この日は神社参道に露店が出るほか、地元の子ども会が縁起物として手製の破魔矢を販売します。

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ふるさと自慢諫早たまねぎや唐比れんこん、じゃがいもが特産

シシゾウ:諫早市の食の名産品を教えてください。

中嶋さん:諫早市は全国でも指折りのタマネギ産地で、県外にも出荷しています。私もタマネギを作っています。諫早のタマネギは全国一おいしいと自負しています。タマネギ以外ではじゃがいもや唐比(からこ)地区のレンコンも有名です。

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メッセージ楠木正成公をまつる神社は全国にあっても
畳破りは他所にはない珍しい神事です

中嶋さん:楠木正成公をおまつりする神社は全国に約70社あるといわれていますが、千早城の戦いを再現した畳破りのような祭りは非常に珍しいといわれています。興味のある方は畳破りを見に楠木さんにどうぞお参りに来てください。当日、参拝者にはぜんざいのおもてなしもあります。

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※祭り紹介者 白浜町 中班 中嶋 義弘(なかしま よしひろ)さんにお応えいただいたインタビューをもとに、記事をまとめています。

TV番組情報

放送局

ダイドードリンコ日本の祭り

畳破り
~諫早市白浜町「楠公神社」~(仮)

2/23(土)12:00~12:54
NBC長崎放送にて放送!

長崎県諫早市白浜町「楠公神社」に伝わる新春行事「畳破り」。上半身裸の男たちが、一枚の畳を挟んで激突!畳を引き裂き、藁を体にこすりあう奇祭である。神社の祭神は、鎌倉時代の武将・楠木正成とその子正行。「畳破り」は楠木正成と鎌倉幕府軍が激突した「千早城の戦い」(1333年)を再現したものと伝えられる。しかし千早城は大阪にあった城である。なぜ諫早で戦いを再現しているのか?なにより「なぜ畳を破るのか?」地元の人に聞いても誰も分からず、気にかけたことすらないというが、果たしてそのルーツとは…?子を思い、忠義を尽くして戦地で散った正成公の心を今の白浜に探しながら、福を呼び込むユニークな初春の慣わし「畳破り」を紹介する。

番組の放送局サイトへ

制作担当者からのメッセージ

子どもの頃、母がお手玉しながら歌ってくれた「♪青葉茂れるさくらいのー…」が、楠木正成親子の歌だとは、恥ずかしながら全く知りませんでした。昔は教科書にものっていた歌だと聞きました。天皇に忠義を尽くした楠木正成の精神は、明治維新を成し遂げる土台を作ったと聞きました。そしてまた戦時中には、「武の神様」として多くの日本人の心の拠り所になったとも聞きました。
でも今、正成公の心に触れる機会はほとんどありません。昔の人が伝えたかった思いを、「畳破り」という奇祭の中に見つけることができるかな?そんな思いで取材を進めています。

長崎放送 ディレクター 古川恵子

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TV番組情報

ダイドードリンコ日本の祭り畳破り
~諫早市白浜町
「楠公神社」~(仮)

2/23(土)12:00~12:54
NBC長崎放送にて放送!

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