トップページ
 > 祭り紹介 > 今年応援する祭り > 久々子弁天祭

久々子弁天祭

祭り紹介

歴史弘法大師と大蛇の伝説に彩られた、約1200年の伝統を持つ祭り

シシゾウ:久々子弁天祭は、いつごろ始まりましたか?

今村さん:およそ1200年前に始まったと地元のお年寄りから聞いています。久々子弁天祭の起源について、地元には伝承が残っています。昔、久々子海岸の西端の岬に一頭の雌の大蛇、その対岸の和田岬には雄の大蛇が棲んでいました。大蛇が互いに行き来をするたびに海が荒れるので、久々子の人々は大変困っていました。あるとき、若狭地方に訪れていた弘法大師が久々子を通りかかりました。大師は人々が苦しんでいるのを哀れに思い、岬に単身赴き、岩屋にこもって行を行った後、雌の大蛇に仏戒(ぶっかい)※を授けました。すると大蛇はたちまち昇天しました。人々は大蛇を海上安泰と庶民福寿を守護する弁財天としてほこらにおまつりしました。それが現在の宗像神社で、地元では親しみを込めて弁天様、弁天さんと呼んでいます。
祭りは元々3日間開催されていましたが、今は短縮して2日間になりました。1日目に岬にある宗像神社に船で弁天様のご神体をお迎えに上がり、地区に戻ると弁天様を移した神輿を担いで久々子地区を練り歩きます。その日の晩、神輿は区内に設けられた御仮屋で一晩を過ごされます。翌日も神輿は区内を練り歩いた後、再び船に乗って宗像神社にお帰りになります。

※仏戒…仏の戒めを与え、仏の弟子にすること

ページ先頭へ

みどころ弁天様お迎えの渡航は昔ながらの手漕ぎの双胴船

シシゾウ:船でお迎えに行くときのみどころを教えてください。

今村さん:弁天様のご神体を移す神輿は普段、地区内の佐支(さき)神社の神輿蔵に保管されています。佐支神社から地区の青年団員によって担がれた神輿は久々子地区の浜から船に乗せられ、岬にある宗像神社に向かいます。神輿と一緒に、祝部(ほうり)と呼ばれる佐支神社の神官、区長など祭り関係者、神輿を担ぐ青年団員15名前後、地元の子どもたちなど総勢30名ほどが船に乗り込みます。船は、この祭りのために地区が所蔵している弁天丸という船と、水無月丸(みなづきまる)というお隣の早瀬地区から借りてきた船を並べて双胴船に仕立てたもので、人力で進みます。大きな櫓を漕ぐ船頭役は4名で、2人ずつ交代で漕ぎます。のぼりをにぎやかに立てた手漕ぎの船がゆったりと海上を進んでいくところは昔ながらの祭りの光景で、この祭りのひとつのみどころだと思います。

シシゾウ:渡航中に海上落としという風習があるそうですね。

今村さん:弁天様をお迎えにあがるときは静かに向かいますが、弁天様のご神体を神輿に移して地区に戻ってくるときは、青年団員は笛太鼓でにぎやかにお囃子を演奏します。さらに、青年団員同士で相撲をとり、負けた相手を海に突き落とします。これは、女の神様である弁天様を喜ばせるために行われるのだといわれています。ただし、相撲といっても、「はっけよい」と見あって取り組む相撲ではありません。誰かが仲間を海に突き落したらそれが海上落としの始まりです。油断しているとあっという間に海に落とされてしまいます。力の強い人には2人がかり、3人がかりになってかかっていくこともあります。双胴船には救助船の小舟が伴走していて、海に落ちた人を救出します。助け出された青年は、すぐ双胴船に戻っていき、再び海上落としに加わります。そうやって30分近く、双胴船が岸に近づくまで海上落としは続きます。区民の皆さんは海上落としを楽しみにされていて、始まるころあいになると海岸に出て、青年たちが豪快に水しぶきをあげて海に落ちるところを見物します。
50年以上前は、子どもも海に落とされていました。昔の子どもたちは普段から海で遊び、全員、泳ぎが達者だったので青年たちも遠慮がありません。私も子どものころ、船に乗って海上落としを経験しました。小学生の低学年のころは沖で落とされたら岸まで泳ぎつける自信がなく、落とされまいと必死に船の舳先にしがみついていました、高学年になると落とされる前に自分から海に飛び込んでいました(笑)。今の子どもたちは海上落としに参加しませんし、安全のために救命胴衣と海水着を着用するので、隔世の感があります。
海上落としでは小舟の救助船にもぜひご注目ください。小舟の救助船も双胴船と同じ手漕ぎの船で、長年廃れていたのを数年前に復活させました。それまでは安全面の配慮から伴走していた漁船が救助船を務めていました。小舟を復活させるに際には昔を知るお年寄りに漕ぎ手を務める中年会のメンバーが手ほどきを受けました。

ページ先頭へ

注目ポイント渡御の途中途中で神輿の勇壮な練りを披露

シシゾウ:神輿渡御のみどころを教えてください。

今村さん:弁天様のご神体が乗った神輿は青年団のメンバーに担がれて、久々子区内をくまなく練って回ります。神輿渡御の先頭では、役員が袋入りの清めの塩を沿道の区民の皆さんに配るのが恒例です。渡御の道中、祝部、区長、青年団長、祭り準備の裏方を務める百姓代理という役職の家に休憩がてら立ち寄り、そこで神輿を威勢よく差し上げたり、お囃子を演奏したります。さらには、神輿の屋根に青年が乗り、「わっしょいわっしょい」の音頭をとっての勇ましい練り歩きも披露されます。このときには見物の皆さんから拍手が沸き起こります。

シシゾウ:御仮屋ではどのようなことが行われるのですか?

今村さん:夕方、神輿一行は、御仮屋が設けられた久々子生活改善センターに到着します。御仮屋はきちんとした屋根つきの小屋で、祭りの前日、センターの建物の隣に区民によって建てられます。この場所はかつて毘沙門天がまつられていたことから地元では毘沙門さんと呼ばれていて、近所の子どもたちの遊び場になっています。神輿が御仮屋に安置され、神事が行われた後、夜遅くまで歌謡ショーやのど自慢大会、豪華賞品が当たる抽選会などの催しがあります。締めくくりは、区民総参加の踊りです。会場には屋台も出ます。子どもから大人まで区民のほとんどが集まってきて、御仮屋に安置された神輿の弁天様にお賽銭をあげてお参りをし、イベントにも参加するので、さほど広くない会場は人であふれかえります。

シシゾウ:そのほかのみどころはありますか?

今村さん:弁天様が御仮屋で一夜を過ごされて翌日お戻りになる日、青年団の担ぐ神輿とは別に、地区の子どもたちが担ぐ子ども神輿も地区を練り歩きます。子ども神輿が出発する前には、生活改善センターの会場で、男の子は太鼓、女の子は銭太鼓(ぜにだいこ)を披露します。

ページ先頭へ

ふるさと自慢小粒でも味はピカイチの久々子湖産しじみ

シシゾウ:美浜町の食の特産品を教えてください。

今村さん:海産物では、定置網漁の寒ブリが有名です。美浜湾で養殖されているフグも特産で、町内にはフグ料理を食べさせる民宿がたくさんあります。久々子湖では、昔からしじみ漁が盛んです。最盛期に比べると漁獲量は減っていますが、地元では普段から食卓によく上がります。サイズはやや小ぶりで、身が締まっていてとてもおいしいです。
久々子区の水産物や農産物をお買い求めになるなら久々子水神公園で毎週日曜に開催される美浜ハートフル朝市がおすすめです。地元で水揚げされたばかりの地魚や新鮮のとれたて野菜などが販売され、毎回すぐ完売になる人気ぶりです。

ページ先頭へ

メッセージ美浜町に一泊して私たちの祭りをお楽しみください

今村さん:全国の皆さんに私たちの祭りをご覧いただきたいと思います。海上渡航の写真撮影をしたいなどの希望があれば、人数に限りがありますが、伴走する漁船にお乗りいただくことも可能です。また、夜に御仮屋で行われるのど自慢などにも飛び入りで参加していただいて結構です。久々子区には旅館が数軒ありますので、お越しの際にはお泊りになって2日間丸々楽しんでいただきたいです。どの旅館もお料理がおいしく、中には館内から渡航が見られる旅館もあります。ぜひこの機会に美浜町にお越しください。

ページ先頭へ

※祭り紹介者 美浜町久々子区長 今村 義則(いまむら よしのり)さんにお応えいただいたインタビューをもとに、記事をまとめています。

祭り冊子を持って、祭り会場へ行こう!

  • 日本の祭り 名産品
  • 祭り写真館
  • 祭りカレンダー
  • ワンクリックアンケート
  • 祭り広場
  • 吉村作治先生の祭り考察
  • これまで応援した祭り
  • ダイドードリンコ日本の祭りチャンネル
  • みんなの祭り情報局
  • DyDo online shop
  • 日本の祭りボード 日本の祭りに関する発言はこちらへ!

日本の祭りポスターをプリントしよう!

ダイドードリンコは「NPO(特定非営利活動法人)日本の祭りネットワーク」に加盟しています。

関連する祭り

関連ワード神輿の海上渡御

ダイドードリンコ日本の祭りが応援してきたアーカイブから関連する祭りをご紹介します。