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忽戸の三番叟

忽戸の三番叟

祭り紹介

歴史春日の神様から授かった雨乞い祈願の舞

シシゾウ:忽戸の三番叟は、いつごろ始まりましたか?

堀江さん:私の先輩方から聞いた話では約300年の歴史があるということですが、確かなことは分かりません。文献は一切残っていませんが、地元には三番叟にまつわる伝承が残っています。享保年間(1716~1736)、忽戸地区を含む房州は大干ばつにみまわれ、このままでは多くの人々が飢えに苦しむことになると危機感を抱いた忽戸の村役人たちは氏神様の荒磯魚見根神社の本社にあたる奈良の春日大社に雨乞いを祈願しに行きました。すると春日の神様のお告げがあり、三番叟の舞を伝授されました。この舞を荒磯魚見根神社に奉納すると雨が降ってきて豊作に恵まれたことから、忽戸の先人たちは雨乞いの舞として代々、大切に伝承してきました。忽戸地区から2キロほど離れている平磯地区の諏訪神社も三番叟を伝承していて、共に千葉県の無形民俗文化財に指定されています。

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みどころ千載は露払い、翁は天下泰平祈願、三番叟は五穀豊穣祈願の舞を披露

シシゾウ:忽戸の三番叟の特徴を教えてください。

堀江さん:三番叟は能や歌舞伎舞踊では、おめでたい行事やこけら落としなどに上演される祝儀物の演目です。忽戸の三番叟は、能の流れを汲むものの、それらと違い暮らしに深く結びついた舞で、そこが最大の特色です。
もうひとつの特徴は舞い手が子どもであることです。千載(せんざい)、翁(おきな)、三番叟の三役はいずれも子どもが演じます。子どもが多かった昔は、各家庭の長男であることが舞い手の条件でした。私は長男だったので数回舞い手を務めましたが、当時は三番叟を経験したことがない子どもが大勢いました。現在は少子化で子どもが少ないことに加えて、子どもたちが塾やクラブ活動で忙しいため、どうしても3人揃わない年があります。伝統を守ることは大切ですが、それ以上に奉納を継続することが重要だということで、子どもが足りないときは三番叟を主管とする青年会の会員が代わりを務めることにしています。

シシゾウ:千載、翁、三番叟それぞれの舞について教えてください。

堀江さん:最初に舞う千載は若者の役で、面をつけずに露払いの舞を舞います。千載が舞い終わって下がると、入れ替わりに後ろに控えていた翁が前に出て、最初は面をつけずに舞い、途中で面をつけます。翁の舞は天下泰平を祈願する舞です。翁は舞い終えると楽屋に引っ込み、入れ替わりに三番叟が面をつけずに舞台に登場します。三番叟は田の神様で、前半は面をつけずに舞い、後半は黒い面をつけ、鈴を持って五穀豊穣を祈願する舞を舞います。面をつけてから後半の舞を舞う前には、舞台に控えていた千載と掛け合いをします。踊りの小道具の鈴を手にした千載が、自分が鈴を持って舞うと主張するのを、三番叟がそれは私の舞だといさめます。掛け合いの台詞は古語で、イントネーションも現代と違うので、初見だと言っていることは分からないと思いますが、言い争うところは喜劇的な要素があり、台詞が分からなくても面白いです。
千載、翁、三番叟はそれぞれ足の運びに特徴があります。千載と翁は対照的で、若々しい千載に対して翁は腰を少し落とし、移動するときは能のすり足のように進みます。三番叟は田の神様ということで大地を鎮める意味でドンドンと足音高く床を踏みしめます。また、所作の中に種をまく動作があります。子どもたちにとって一番難しい役は翁です。老いた雰囲気を出すのは難しく、ともすると元気がよくなりすぎてしまいますが毎回、頑張って演じています。

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注目ポイント奉納の舞台は農村歌舞伎の芝居小屋

シシゾウ:三番叟が奉納される舞台は歴史のあるものだそうですね。

堀江さん:三番叟を奉納する舞台は荒磯魚見根神社の境内にあります。客席は自然の岩石を階段状に削って作られています。かつて、忽戸地区は農村歌舞伎が非常に盛んで、私が小学生だったころまで上演されていました。当時は娯楽がほとんどなかったこともあり、歌舞伎が上演されるときには地元だけでなく周辺地域からも大勢の人が見に来てにぎわいました。当時、三番叟は歌舞伎の上演前に奉納される慣わしでした。私が三番叟の舞い手を務めたとき、装束をつけて区長の家から舞台に向かう途中、警護役の青年会のメンバーが「三番叟が来るぞ」と叫ぶと、通りを歩いている人たちがサッと道を開けて通らせてくれたことを覚えています。

シシゾウ:そのほかに忽戸の三番叟にまつわるエピソードはありますか?

堀江さん:舞台上には舞い手の子どもたちのほかに太鼓、小鼓、笛の囃子方5人、舞い手に面をつけるなど進行を手助けする後見役3人も上がります。昔からの慣わしで、客席からは見えませんが、囃子方の後ろに脇差が置かれます。三番の守り刀であるこの脇差は、名のある刀工によって作られた由緒のある日本刀であり、登録証もあります。昔は三番叟の上演中に不届き者が舞台に乱入するなどしたら後見人はその脇差で成敗してもいいといわれていたそうです。昔の忽戸の人たちにとってそれほど三番叟は神聖な舞だったということです。

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ふるさと自慢全国トップクラスの品質を誇る房総のアワビ

シシゾウ:千倉町の食の名産品を教えてください。

堀江さん:千倉町は太平洋に面していて昔から漁業が盛んです。水産物の中でおすすめはアワビです。水揚げ量は昔に比べると減っていますが、品質の高さは全国屈指です。首都圏の料亭や寿司店などからの引き合いが多く、高い値段で取り引きされるそうです。

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メッセージ忽戸の人たちが生きていくための三番叟です

堀江さん:忽戸の三番叟は伝統文化ではなく、忽戸の人たちが生きていくための三番叟だと私は思っています。子どもたちに舞を指導するとき、一番伝えたいのもそこです。約1ヵ月間にわたる稽古の初日の顔合わせでは、三番叟をなぜやるのかという話をします。冒頭、子どもたちに「生きていくのに大事なものはなんだと思う?」と質問します。答えは「食べる」。そして食べるのは「お米」で、「お米が必要なものは何だ?」と重ねて質問し、「水」、「雨」という答えを引き出します。そこから雨乞いの舞である忽戸の三番叟の起源を説明します。幼い子どもたちが私の話のすべてを理解してくれるとは思いませんが、大きくなったときに「あのとき話してくれたことはこういうことだったんだ」と分かってもらえればいいなと思っています。

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※祭り紹介者 荒磯魚見根神社 氏子総代/三番叟保存会 三番叟師匠 堀江 眞一(ほりえ しんいち)さんにお応えいただいたインタビューをもとに、記事をまとめています。

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