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鹿子原の虫送り踊り

祭り紹介

歴史200年以上前から続いている豊作祈願の伝統行事

シシゾウ:鹿子原の虫送り踊りは、いつごろ始まりましたか?

静間さん:いつから始まったのかは分かりません。300年以上前からという言い伝えもありますが、約200年前に虫送り踊りの直会(なおらい)で出した料理の献立の書き物がみつかっていることから少なくとも200年以上は続いていると思われます。
害虫防除と五穀豊穣を祈願する虫送りの行事は全国各地に伝わっており、行事の内容はいくつかのタイプに分かれます。鹿子原の虫送り踊りは、実盛(さねもり)型といわれ、実盛に見立てた人形を用います。実盛というのは平家の武将・斎藤別当実盛のことで、言い伝えでは源平の合戦に敗れて敗走するとき、年老いていた実盛は刈り田の稲株に足をとられて転んだところを敵方に捕らえられました。そのため、処刑されるときに、稲株のせいで命をとられることになったので稲を食い荒らす虫になると言い残して亡くなりました。そこで実盛の霊をなぐさめるとともに害虫を追い払う意味を込めて、実盛の人形を登場させて虫送りを行うようになったといわれています。

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みどころ踊りの奉納を終えると装束の飾りを焼いて害虫退散を祈願

静間さん:鹿子原の虫送り踊りは太鼓踊りで、揃いの花笠と浴衣に緋のたすきをかけた踊り手が腰に太鼓をつけて踊ります。太鼓は大太鼓6名、小太鼓3名の計9名です。そこに囃子方の笛、太鼓、鉦と虫送りの唄を歌う歌い手が加わるので総勢15~16名になります。ユニークなのは鉦で、農具の鍬の歯を楽器として用います。
踊りは大踊り6曲と小踊り3曲があります。大踊りは大太鼓だけで踊り、小踊りは小太鼓も加わって踊ります。大踊りは大太鼓が輪になって踊りますが、その際、内側を向いて踊る踊りを「表」、外側を向いて踊る踊りを「裏」といいます。正式には1曲ずつ、表と裏を踊ります。

シシゾウ:虫送り踊りはどこで披露されるのですか?

静間さん:鹿子原集落内他の15ヵ所ほどで踊りを奉納します。スタートは三穂両神社で、「香木の森公園」や役場、商店街などを回り、諏訪神社で締めくくります。大踊りと小踊りのすべての曲を踊ると40分以上かかるので、ほとんどの場所では大踊りのみ踊られます。そうやって時間を短縮しても、最後の奉納場所である諏訪神社に着くころには午後6時近くになっています。土用の入りの時期で、快晴のときは炎天下の中、腰に太鼓を提げてずっと飛んだりはねたりするのはかなり体力を消耗します。
移動は基本的に車を使いますが、最初の三穂両神社を出発したときは、歩いてすぐ近くにある田んぼに向かい、水田の中のあぜ道を踊り手一行が一列になって行進します。これを道引きといいます。田んぼの中を歩くことによって害虫を招き寄せる意味があるとされています。
最後の諏訪神社での踊りを終えると、踊り装束の花笠と太鼓のバチにつけた虫垂(むしだれ)と呼ばれる飾り類を取りまとめて燃やし、寄せ集めた害虫を焼きはらいます。虫垂れは和紙を食紅で染め1週間ほど乾燥させてから手作りします。紅色に染めるのは、虫送りの時期に咲く合歓(ねむ)の花の色に由来するといわれています。昔、害虫を集める役目をしたのが実盛人形でした。現在、使っている実盛人形は馬に乗った姿をした立派なワラ人形で毎年使いますが、昔は簡素なワラ人形で踊りの奉納を終えると集落の境界を流れる川に流しました。なお、現在は鹿子原集落だけで虫送りを行っていますが、昔はお隣の小掛谷(こかけだに)集落が実盛人形を出していました。そのころの人形はワラ人形よりももっと簡素な竹を十字に結わえたものだったようです。
虫送り踊りは雨でも決行します。ただし、雨が降ると虫垂れの食紅が溶けて流れて浴衣が汚れてしまうので屋内のある場所のみでの奉納になります。毎年、雨が降らないでほしいと祈る気持ちです。

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注目ポイント田んぼのあぜ道、杉木立の参道を一列になって進む道引きはシャッターチャンス

シシゾウ:虫送り踊りのおすすめのみどころを教えてください。

静間さん:最初のみどころは三穂両神社を出発してすぐの道引きです。保存会の幟を先頭に実盛人形、笹につけた短冊、踊り手、囃子方が一列になって田んぼのあぜ道を行列するところは、特に写真を撮る方々に人気で、毎年100人近いカメラマンが撮影に来られます。
観光で来られた方が踊りをご覧になるなら、「香木の森公園」などがスペース的にも雰囲気的にもおすすめです。そのほかの踊りの奉納場所は、商店街の店先やショッピングセンターの駐車場、役場の玄関先になります。最後の奉納場所になる諏訪神社では道引きと踊りの両方がご覧になれます。踊り一行が諏訪神社に着くころには日が暮れかかっています。道引きで、千年杉の並木道の参道を一列になって諏訪神社の広場まで進んでいくとき、天気が良いと杉木立の合間から夕日がさしこんでとても雰囲気があります。また諏訪神社では小踊りも踊るので、両方の踊りがご覧いただけます。

シシゾウ:鹿子原地域の皆さんにとって虫送り踊りどのような存在ですか?

静間さん:踊りを集落の各地で奉納し、最後に虫垂れや御幣を焼くと今年も無事に終わったなとほっとします。虫送り踊りが終わると、そろそろ稲の穂が出てきて農作業が忙しくなります。鹿子原集落は全戸が兼業ではありますが田んぼで米を作っています。私たちの集落も高齢化が進み、体力的に米が作れないという人も出てきています。そこで集落の田んぼは集落で守らなければいけないということで農事組合法人を立ち上げてトラクター、田植え機、コンバインなどの機械を揃え、皆で協力して米作りをしています。近隣の集落の人からは鹿子原集落は元気だとうらやましがられています。皆が農業に携わっているからこそ虫送りの行事を大切に思っていますし、その思いで集落がひとつにまとまっていることがこれまで一度も休むことなく虫送り踊りを続けてこられた最大の理由だと思います。

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ふるさと自慢石見和牛をはじめおいしいものが揃う「A級グルメのまち」

シシゾウ:邑南町の食の名産品を教えてください。

静間さん:邑南町は「A級グルメのまち」と称して、農業や食の関連産業の振興を図っています。邑南町の食材で全国的に知られているのは黒毛和牛の石見和牛(いわみわぎゅう)です。生産量は多くありませんが本当においしくて、虫送り踊りの打ち上げでは、皆で石見和牛を食べます。その他、石見ポークもおいしいです。また農産物ではぶどうのピオーネも特産で、鹿子原地区にもピオーネをハウス栽培している人がいます。

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メッセージ小さな集落が力を合わせて伝統をつないでいる素朴な虫送りの行事です

静間さん:鹿子原の虫送り踊りは、派手なところがない素朴な虫送り行事です。小さな集落の小さな祭りですが、戦時中も中断することなく続いてきたことが魅力になっていると思います。虫送り踊りを継承していくために保存会を立ち上げた昭和38年(1963)当時、約50戸あった鹿子原集落は現在、38戸まで戸数が減ってしまっていますが、伝統を守ろうという思いで皆、積極的に行事に参加してくれています。興味のある方にご覧いただければ幸いです。

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※祭り紹介者 鹿子原の虫送り踊り保存会 会長 静間 松雄(しずま まつお)さんにお応えいただいたインタビューをもとに、記事をまとめています。

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