トップページ
 > 祭り紹介 > 今年応援する祭り > 賀来神社仲秋祭 賀来の市

賀来神社仲秋祭 賀来の市

祭り紹介

歴史6年に1度、卯年と酉年に還幸される神様に大名行列がお供

シシゾウ:賀来神社仲秋祭 賀来の市は、いつごろ始まりましたか?

佐藤さん:賀来神社の創建は承和3年(836)で、御祭神は武内宿禰命/武内宿禰大神(たけうちのすくねのみこと/たけうちのすくねのおおかみ)です。この神様は、豊後一宮の柞原(ゆすはら)八幡宮の御祭神、八幡様(八幡大神/応神天皇)の家臣です。大分県宇佐市にある八幡様の総本宮、宇佐神宮の御分霊が大分市内にまつられたときに一緒に勧請され、後に社殿が賀来に作られました。武内宿禰命は、主君である八幡様に「一年にどのくらいお仕えすればいいですか?」と尋ねると、八幡様は一年のうち秋の11日間だけ出仕してくれればいいと答えられました。ところが、武内宿禰命は非常にご高齢で耳が聞こえにくかったため、お休みをもらって賀来の神社に帰れるのが1年のうちの11日間だけと勘違いされました。そこで一年の大半は柞原八幡宮で過ごされ、9月1日から11日間だけ、賀来神社にお里帰りをされるようになりました。この御祭神が滞在される期間に行われるのが賀来神社中秋祭 賀来の市です。現在は祭り期間が短くなって7日間になっています。ただし、6年に一度巡ってくる卯の年と酉の年には卯酉(うとり)の神事といって、柞原八幡宮から武内宿禰命の御神体が戻ってこられるとき、氏子たちによる大名行列がお迎えしてお供をします。また、祭り期間が従来通りの11日間になります。
大名行列の起源は中世、柞原八幡宮の荘園だった賀来地区から6年に一度、調度品が柞原八幡宮に奉納された大神宝調達という神事で、それが大名行列に変わったといわれています。

シシゾウ:なぜ賀来の市と呼ばれるのですか?

佐藤さん:江戸時代、藩主が賀来神社の祭礼に合わせて、商人を集めて市を開いたことに由来します。昔はスーパーやホームセンターがないのでこの市に皆がこぞって生活用品を買いに訪れました。また、集まる人を目当てに見世物などの興業も行われ、非常に賑わったといいます。私が子どものころにも茶わんなどの生活用品を販売する店や射的などの露店が出ていました。なお、大分市内には賀来の市のほかに柞原八幡宮の「浜の市」、坂ノ市の「萬弘寺(まんこうじ)の市」という有名な市があり、豊後三大市といわれています。
現在も祭り期間中は境内に屋台が出ます。また、神楽殿では神楽の奉納などの催しが連日行われます。

ページ先頭へ

みどころ大名行列の大道具、小道具は藩主ゆかりの本物

シシゾウ:大名行列の流れを教えてください。

佐藤さん:9月1日の夕方、宮司である私と神役(じんやく)と呼ばれる氏子代表が連れだって、柞原八幡宮に御祭神の武内宿禰命をお迎えにあがります。山中に鎮座する柞原八幡宮から御祭神が平地にある賀来神社に下りてこられることからお下(くだ)りと呼ばれます。
柞原八幡宮で出発の神事を行った後、御祭神がまつられている神棚から御神体をお迎えし、神職が奉持して賀来神社に向かいます。昔は馬に乗って移動していましたが、現在は賀来駅まで車を使います。
賀来駅からは大名行列を伴い、賀来神社までの約4キロの区間を練り歩きます。御祭神が柞原八幡宮にお帰りになる最終日のお上りのときにも大名行列がつき、お下りと逆のコースをたどります。大名行列は6日目の中日にも行われます。この日は祭礼で一番大切な特別祈願祭という神事があり、それが終わってから大名行列がお下りの行程を短くして行われます。

シシゾウ:大名行列の構成を教えてください。

佐藤さん:桑原(くわばる)、片面(かためん)、餅田(もちだ)、中島の4つの氏子地区から総大名、槍大名、鉄砲大名、弓大名という4人の大名が出て、それぞれに大道具、小道具がつきます。大名に扮するのは小学校に入るか入らないかくらいの年齢の男児です。長槍の穂先に白馬の毛を飾った大唐人傘(だいとうじんがさ)、天目槍(てんもくやり)などの大道具は大人、槍や挟箱、床几などの小道具は小中学生が担当します。大名や大道具、小道具以外にも提灯を持って歩く役などがあり、行列の人数は200人を優に超します。

シシゾウ:道具類は由緒のあるものだそうですね。

佐藤さん:明治維新後、大分市一帯を治めていた府内藩藩主の大給(おぎゅう)家から賀来神社に寄進されました。実際に参勤交代で使われていたもので、大給家の家紋が入っています。
装束も本格的です。大道具、小道具を務める人たちは、カンバンと呼ばれる紺色の上着を着用し、毎回注文してあつらえる藁製のわらじを履きます。

ページ先頭へ

注目ポイント鳥居の上空を通過させて通る立傘は大名行列の花

シシゾウ:大名行列のみどころを教えてください。

佐藤さん:大道具、小道具が道中で披露する勇壮な振りです。道具ごとに決まった手の振り、足の運び、道具の扱い方があり、どれも非常に動きが凝っています。私が過去に3回務めたことのある大唐人傘は2本の槍を5人で担当します。槍を振る2人の後ろに3人が歩調を合わせてついていき、途中、5人が定まったやり方で位置を入れ替わり、槍の受け渡しを行いながら進みます。掛け声も決まっています。最初の振り初めの掛け声は「エーッ」で、受け渡しのときには「サーヨー、サートサー」といいます。
道中でおすすめの見物場所は鳥居です。鳥居は仮設1ヵ所を含む3ヵ所あります。鳥居に差し掛かると、各道具は道具の受け渡し、投げ渡しなどそれぞれの見せ場になる所作を披露します。長槍など柄の長い道具が鳥居をくぐるときもみものです。
鳥居で一番のみどころは、小道具の立傘(たてがさ)が行う「鳥居越し」です。立傘は長さが1.8メートルほどの唐傘です。扱う小学校高学年の男児は鳥居の手前で決まった振りを数回行ってから全身のばねを使い、自分の身長より長い立傘を、鳥居の上を越すように高く放り上げます。そのまま走って鳥居をくぐり抜け、落下地点に先回りし、落ちてきた立傘を片手でキャッチし、振りを続けます。成功しなければ何度でもやり直します。見事に立傘が鳥居の上を越し、受け止められたら観客から拍手が起こります。

シシゾウ:地区のみなさんにとって賀来の市はどのような存在ですか?

佐藤さん:子どものころからの思い出を共有できる大切な行事です。地元の小学校と中学校は賀来神社のすぐそばにあります。祭りが始まると賑やかなお神楽が流れてくるので、子どもたちは気もそぞろになって勉強どころではありません。昔は、祭り期間中は授業が昼までだったので、午後になるとお小遣いをもらって祭りに行くことが子どもたちにとって最大の楽しみでした。
私の地区の公民館には、歴代の大名行列の写真が飾られています。成人した人たちの子ども時代やお亡くなりになった方の元気なころの姿が見られるので、写真を眺めていると思い出話が尽きません。

ページ先頭へ

ふるさと自慢豊後水道の荒波にもまれて育った関さば、関あじは全国区のブランド魚

シシゾウ:大分市の食の名産を教えてください。

佐藤さん:大分市はお魚がおいしいです。大分市の東に面する豊後水道は潮の流れが速く、身の締まった魚が獲れる好漁場です。特にこの海域で一本釣りされ、佐賀関漁港に水揚げされるマサバ、マアジは品質が最高とされ、関さば、関あじのブランド名で全国に流通しています。

ページ先頭へ

メッセージ6年に一度の大名行列をお見逃しのないようお越しください

佐藤さん:大名行列は6年に一度しかありませんので、一度見逃すと次に見られるのは6年後です。大名行列という文化を地域の皆で支え合って伝承しているところを、どうぞ見にいらしてください。

ページ先頭へ

※祭り紹介者 賀来神社 宮司 佐藤 豊(さとう ゆたか)さんにお応えいただいたインタビューをもとに、記事をまとめています。

祭り冊子を持って、祭り会場へ行こう!

  • 日本の祭り 名産品
  • 祭り写真館
  • 祭りカレンダー
  • ワンクリックアンケート
  • 祭り広場
  • 吉村作治先生の祭り考察
  • これまで応援した祭り
  • ダイドードリンコ日本の祭りチャンネル
  • みんなの祭り情報局
  • DyDo online shop
  • 日本の祭りボード 日本の祭りに関する発言はこちらへ!

日本の祭りポスターをプリントしよう!

ダイドードリンコは「NPO(特定非営利活動法人)日本の祭りネットワーク」に加盟しています。

関連する祭り

関連ワード大名行列・奴行列

ダイドードリンコ日本の祭りが応援してきたアーカイブから関連する祭りをご紹介します。