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浜崎祇園祭

浜崎祇園祭

祭り紹介

歴史電化拒否も辞さずに守り抜いた高い山笠

シシゾウ:浜崎祇園祭は、いつごろ始まりましたか?

吉村さん:浜崎祇園祭は、唐津市浜玉町浜崎地区に鎮座し、地元の人からお諏訪さまの愛称で親しまれている諏訪神社の摂社・祇園社の祭礼です。起源は定かではありませんが、江戸時代中期の宝暦3年(1753)に、漁師の網元が博多で見た櫛田神社の祇園山笠を模して3台の山笠を建造し、祇園社に奉納したという伝承があります。
浜崎祇園祭の山笠は、別名を献燈台といいます。普段の会話の中では、省略して「山笠(やま)」と呼ばれます。

シシゾウ:現在の山笠も三台ですね。

吉村さん:浜区、東区、西区の山笠です。浜区は文字通り、海に近い漁業者の多い地区、東区は商家、西区は農家の多い地区とそれぞれ地域特性があります。山笠の台の横に飾る燈籠には、浜区が「叶大漁(かなうたいりょう)」、東区が「商売繁盛」、西区が「五穀豊穣」とそれぞれの地域にふさわしい祈念の文字が書かれています。

シシゾウ:山車の大きさは変遷があるそうですね。

吉村さん:浜崎祇園祭の山笠の最大の特徴は日本最大級ともいわれる大きさです。現在の山笠は高さが約15メートル、重量が約5トンあります。現在のサイズに落ち着いたのは昭和30年代で、大正時代には20メートルの山笠が運行していました。浜崎の先人たちの山笠の高さに対する思い入れは強く、電線が敷設されることになったときには、山笠を低くしなければならないくらいなら浜崎に電線はいらないと電化を拒否したほどです。電力会社との話し合いの結果、祭りの前日に電線を地中に埋め、それが無理な場所では山笠の上に人が乗って、電線を棒で押し上げて通り抜けるということで折り合いがつきました。しかし、道路の舗装化が進み、地中に電線を埋められなくなったため、山笠を低くせざるを得ませんでしたが、やはり浜崎の山笠は高くなければということで、地元が資金を負担して電柱を高くし、高さを元に戻しました。

シシゾウ:山笠とともに奉納される囃子にも特徴があるそうですね。

吉村さん:山囃子とも呼ばれるお囃子を演奏する囃子方の楽器は笛、太鼓、鐘に三味線が加わるところが最大の特徴です。このような楽器構成をとるのは九州では浜崎と大分県日田市の日田祇園祭だけです。浜崎は江戸時代に唐津藩領から分かれて天領だった時期があるので、囃子も京都の祇園祭の流れをくむのではないかと考えられています。囃子は13曲あり、山笠が動いているとき、停まっているときなどシーンに合わせた曲を演奏します。

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みどころ夜、燈籠に灯が入り、山笠は神様に捧げる灯りの台になる

シシゾウ:山笠の準備について教えてください。

吉村さん:浜崎祇園祭の山笠は飾り山笠で、外題(げだい)と呼ばれるテーマに基づいて人形を中心に飾り付けをします。飾るのは、進行方向側(表山)とその反対側(裏山)の両面です、現在、表山は歴史の合戦物、裏山は子ども向けのおとぎ話を題材にします。外題の決定は1月で地区の役員が話し合って決めます。
外題が決定すると、屋形、岩、滝、橋、川、波などの飾り作りに地区の役員の方々が中心になってとりかかります。かつては、各地区に山笠の飾り付けを専門に手がける人がいて、人形も用意していたのですが、後継者がおらず、今は博多から人形を借りています。
本格的な山つくりは1ヵ月前から始まります。浜区と東区はひきやま公園、諏訪神社の御膝元の西区は神社境内で作業を行います。山笠の骨組みを組み立て、飾り付けをしていく作業は延べ3日かかるので、地区の男性は日曜ごとに集まって作業を行います。休みは山つくりでほとんどつぶれてしまいますが、それが楽しみでもあります。山笠の高さを演出する四本柱(しほんばしら)と呼ばれる5本の柱を台車に立てるとき、ぐらつかないように柱の一番上をロープで連結し、ギュッと絞ります。柱に1人ずつ登って行うこの作業は若者たちの憧れで、浜崎の男に生まれたら一生に一度は四本柱に登りたいといわれています。
浜崎の山笠の飾りは、中国の山水画の雰囲気を再現したものといわれ、奥行きがあるのが特徴です。奥行き感や立体感を出すのは四本柱から前方に左右交互に突き出た槍出しといわれる腕木です。表山の場合はそこに人形5~6体を飾り、屋形、岩、滝、川、橋、波といった飾りを全体のバランスを見ながら上から下にかけて流れを通すように配置するのが基本です。

シシゾウ:祭り当日のスケジュールを教えてください。

吉村さん:1日目の午後3時、西区の山笠は、浜区、東区の山笠と合流するために、ひきやま公園に向けて神社を出発します。3区が揃うと開会式が行われます。みどころは山笠3台が並ぶところです。祭り期間中、山笠が正面を向いて三台並ぶのはこのときだけなので、シャッターチャンスです。
開会式が終わると、三台の山笠はひきやま公園を出発し、締め込み姿の男衆や子どもたちに曳かれて町内を練り歩き、夕方にはお汐井とりのために浜崎海岸へ向かいます。浜に着くと、各区の代表者が海に入って砂(=お汐井)を取ります。この砂は山笠の前方に吊るされ、お清めに用いられます。
浜崎祇園祭の本番は夜です。午後7時、山笠に飾り付けられた燈籠に灯がともされます。ライトアップされた山笠は、神様に灯りをお供えする献灯台の名にふさわしい姿になります。現在、燈籠は電球で小型の発電機を台車に載せていますが、私の父の代まではろうそくで、火が消えるたびに男衆が山に登り、ろうそくを交換していました。
2日目の夜の運行は、今年の祭りもこれが最後と男衆の気合いが一層入り、一番の見せ場である「おおまぎり」が最高潮に盛り上がります。最後のおおまぎりを終えて山笠を納めると、祭りの余韻もさめやらぬうちに男衆は締め込み姿から作業着に着替えて、夜を徹して山笠の解体を行います。朝には、巨大な山笠が跡形もなく片付けられることを指して「幻の山」という人もいます。

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注目ポイント光に包まれた巨大な山が豪快に旋回。
おおまぎりは浜崎山笠の真骨頂

シシゾウ:おおまぎりについて教えてください。

吉村さん:停止した状態の山笠をその場でコマのように回転させることです。おおまぎりの「まぎり」は方言で「曲がる」がなまったものではないかといわれています。おおまぎりが大々的に披露されるのは、夜の運行の諏訪神社前で、これが浜崎祇園祭のクライマックスです。
山笠の総指揮者を務める献燈長の指示のもと、男衆が梶棒と曳き綱を巧みに操り、豪快に巨大な山を回します。今は祭りの終了時間が決まっている関係で、1台の持ち時間の20分ほどの間に10数回回しますが、昔は興に乗ると何十回も回すことも珍しくなかったようです。おおまぎりを終えた山笠が移動するときもみもので、回転した流れで止まらずにスッと前進するのが美しいとされていて、差配する献燈長の腕の見せどころです。

シシゾウ:地域の方にとって浜崎祇園祭はどのような存在ですか?

吉村さん:地域の誇りであり、地域の人たちをつなぐ絆のようなものだと思います。浜崎に生まれた男衆にとって、山笠の前方の台車に一番近いところで曳き綱を持つ「ねどり」は憧れの的であり、自分の采配で山を動かせる献燈長になることは最大の夢です。私は40代に献燈長を拝命しましたが、初めて献燈長の提灯を振って山笠が動いたときの感動は言葉で言い表せないほどで、祭りが終わったときには達成感のあまり涙が出そうになりました。

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ふるさと自慢太閤秀吉も食べた、お諏訪さまゆかりの
「けいらん」

シシゾウ:唐津市の食の名産品を教えてください。

吉村さん:うるち米の生地を薄く伸ばした皮であんこをくるんだ「けいらん」というお菓子です。約400年前、朝鮮出兵のために唐津市内の名護屋城に滞在していた豊臣秀吉が諏訪神社に戦勝祈願に訪れたとき、地元の住民が献上したという言い伝えがあり、浜崎といえば「けいらん」といわれるほどです。

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メッセージ浜崎の男衆の山笠へ賭ける熱い思いを
ご覧ください

吉村さん:約270年の伝統を持つ祭りで、10数曲あるお囃子とともに、巨大かつ豪華絢爛な山を締め込み姿の浜崎の男衆が力強く奉納しますので、見に来ていただけると幸せです。この祭りは夜の運行がメインなので、遠方からお越しの際はぜひ泊りがけでいらしてください。

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※祭り紹介者 浜崎祇園山笠振興会 会長 吉村 豊暢(よしむら とよのぶ)さんにお応えいただいたインタビューをもとに、記事をまとめています。

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