私の父は職人でしたが、玄関の入口脇にお稲荷様のお宮を置き、毎年2月の初午祭を行っていましたので初午祭につきましては関心がありました。初午祭の前夜祭であります宵宮には近所の方や職人仲間をお呼びし宴会をしていました。初午イコール美味しいものが食べられるというイメージで、祭りの原形といえます。今回の霧島の隼人町の初午には残念ながら参加出来ませんでしたが、『午』すなわち本物の馬が出動とありますのでびっくりしたとともに、そうだなと思いました。確かに神様に安全・多産・豊作などを祈願するとき、普通は山車とか神輿を出すのでしょうが、ここでは飾り立てた馬と踊りを神様にお見せするというのも納得がいきます。しかも460年も続いているというのですからすごいです。馬を祭りのメインにする意味は聞くところによりますと、室町時代に島津貴久公が鹿児島神宮にお参りに行かれたとき夢に馬頭観音さまが現れて、「お堂を作って祀ってくれたら国を守ってあげよう」と言わて作ったとありますが、こうした言い伝えはエジプトにもあります。ギザ台地の大スフィンクスが砂で埋もれていた頃(今から3500年ほど前)その上で昼寝をしていたトトメス4世が同じように夢の中で大スフィンクスに「頭の上の砂をとってくれたら王にしてあげよう」と言われ、そうしたところ王になったという記念碑が残っているのです。伝説っていうのは土地が変われど本質は変わらないものだと思いました。








