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吉村作治先生の祭り考察 エジプト考古学者、吉村作治名誉教授のブログ

※このページは吉村作治先生からの寄稿を原文のまま公開しています。

2017年9月のアーカイブ


市木古式十五夜柱祭「火祭」

2017年09月25日

松明投げが始まって約20分、柱松の上部にしつらえてあるワラの束に火がつきました。「ボッ」と小さな火が一気に炎となり、ワラの束が燃えていきます。ともかく松明投げが始まってからの緊張感は投げる人も、観衆もすごいものでした。保存会の会長は、すぐに火がついたら迫力が出なくて困るなと陰で心配していましたが、15分経ったところで「このままつかないと、どうしよう」との心配に変わり、20分すぎたところで「何とかしないと」に変わっていきました。
しかし天に神さまはいるのです。20分すぎたところで、ひとりの松明が、ワラの束の上にひょいとのっかったのです。市民で埋めつくされた会場は一斉に大拍手、本当に奇跡のようでした。たったひとつの火が、500人程の群集の気持ちを一気に変えてしまうのです。それがお祭りなのでしょう。私は手をたたきながら「本当によかった」と何度もつぶやきました。今から300年以上前から伝わっている柱松。日本各地にいくつかこの柱松はありますが、ここ宮崎県串間市木の岩折神社の火祭は有名なのです。
この祭りの特徴は柱松が始まる3時間ほど前から市木の人が集まって地面にゴザをしき、食べたり飲んだりしながら舞台で行われる演舞を楽しんで、松明投げが始まるのを待っているところにあります。日本の祭りの原風景とでもいいましょうか、ほのぼのとしています。
松明投げで、柱松に火をつけるのは無病息災や豊穣祈願ということですが、もとはといえばこの世にはびこっている悪霊(鬼ともいいますが)退治、すなわち悪魔祓いから始まっています。一年のあかを焼きとばすということです。

市木の特徴は、移住者が多いところだそうです。皆、家族連れでサーフィンを楽しむためにこの町に移住するのだそうです。どうやって食べていくのか不思議ですが、お金や地位を求めない若者が増えているということだとのことです。日本の未来はもしかするとそういう世界になるのかもしれません。

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祭り軍団座長 吉村作治 東日本国際大学学長・教授 早稲田大学名誉教授 NPO 日本の祭りネットワーク副理事長

エジプト考古学者(工学博士)
1943年生まれ。早稲田大学入学後の1966年アジア初のエジプト調査隊を組織し現地に赴く。以来、半世紀にわたり発掘調査を継続。「第2の太陽の船」発掘・復原プロジェクトでは、 本格的な修復作業が進んでいる。この8月から新たに「クフ王墓探査計画」を開始。動画サイト「吉村作治チャンネル」では、祭りをはじめ様々な話題を、ほぼ毎日配信中。

公式HP
吉村作治のエジプトピア

http://www.egypt.co.jp/

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