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吉村作治先生の祭り考察 エジプト考古学者、吉村作治名誉教授のブログ

※このページは吉村作治先生からの寄稿を原文のまま公開しています。

2016年6月のアーカイブ


加治木くも合戦

2016年06月27日

鹿児島県姶良市加治木のくも合戦です。昆虫のくもを二匹で闘わせるのです。まずは美しさを競う「優良ぐも」を選考する会です。私たち部外者が見ても、恐らく加治木の市民の皆さんの大半が見ても、その判別はつかないと思うのですが、審判 ―行司と言っています― が見ると、その美しさはわかるそうです。この判定の前に子供たちの絵と書のコンクールの優秀者が表彰されます。これはくもの絵、くもという字の競争ですから、ある程度はわかりますし、こういう催しは次世代を作るという意味からも大切です。
「優良ぐも」が決まると「合戦」です。1人が3匹もって、次から次へと闘うのです。一本の棒に右と左に別れて闘うのですが、その判定の基準は行司の言葉ではよくわからないのです。糸にぶらさがって落ちたものが負けというのは誰が見てもわかりますが、おしりをかんだり、あごをかんだといってもくもが小さいものですからわからないどころか、あまりにも二匹が似ているものですから、どっちがどっちかわからなくなってしまいます。しかし1対づつ次から次へ勝負がついていきます。3勝すると決勝戦に出られます。決勝戦は「王将戦」といって、格が違うのだそうです。広い会場を3方向に分けて、大人の部、子どもの部(小学生)、高校生の部と分れてやるのですが、このくもを1年飼っている家庭が多いのだそうです。1家に30匹から50匹、凄いです。えさはカナブンで毎日それをとりにいくそうです。それでも大会ではくもが足りないので、近くや遠くの林にくもをとりにいくのだとのことで、大変です。そして試合が終わったら家で飼うか、もしくは元のところに戻すというのもあるのでより大変です。

それにしても市民の熱の入れようにはすごいものがありました。千匹近いくもが1か所に集まり200人近い人が我先にと闘わせている姿はちょっと他には見られない光景です。

吉村作治

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三国祭

2016年06月09日

福井県坂井市三国町山王三国神社の祭りです。この祭りのすごいところは山車です。坂井市全体で18基の山車があるのだそうですが、毎年6基か7基が出陣します。出陣というのがあたっているように山車の台車の上には武将の人形が立っています。福井ですからもちろん浅井長政公、そして今は、やっているテレビ番組NHKの真田丸で活躍している真田信繁公、それに弁慶もいました。この山車の間に神輿が2基、大神輿と舟神輿です。大神輿は重さが1トンもあるので今は、かつぎ手が集まらず台車の上に乗せて子供たちが引いています。一見残念な気がしますが、小学生・中学生がこの台車を引くことで神とつなでつながっているわけです。未来のかつぎ手が生れるのです。舟神輿は小ぶりなので船が神様をのせて空を移動するという観点から人々がかつぎます。エジプトの太陽の船の思想と同じなわけです。「ワッショイ、ワッショイ」と威勢よく高校生以降の若者たちがかつぎます。それに獅子舞がついていきます。山車のおはやし衆の中の小太鼓たたきは小学生低学年です。このように町中がいっしょになって老いも若きもこの祭りに関わっています。地方活性のためには最高です。

3日間かけて、本宮からお旅所、そして町内、神社へのコースをねり歩くのです。本当の地方活性はこういうものを中核としてやっていくべきなのはこの祭りをみてはっきりとわかります。10年前に1度来ていますが、ほとんど変わっておらず、時がとまったようになっていました。

吉村作治

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美川おかえり祭り

2016年06月09日

これは石川県白山市藤塚神社で江戸時代から行われている祭りです。正式には藤塚神社春季祭礼で、豪華絢爛の台車(だいぐるま)-ふつうの山車(だし)-と皇室からいただいた菊の御紋章をつけた神輿が特徴です。皇室から御紋を神輿の屋根につけることを許されたことで祭りに参加する人は紋つきはかま姿で臨みます。大名行列を除くと祭りに紋つきはかまといういでたちはあり得ません。ふつうは祭りばんてんをつけたり仮装したりするのですが、ここは全員が汗まみれになって男の正装をしているのです。もうひとつの特徴は台車が走るたびにぎしぎしと大きな音をたてるのです。これは台車の軸をすりへらさないため杉材の小さな破片にして軸にはさみこませるから出る音とのことですが、まるで戦車が迫るような大きな音です。これは轟音によってまわりにいる悪魔をよけるためのものです。この祭りのもうひとつの特徴は神輿がかつぎ上げられ歩みはじめたときラッパが突然鳴ることです。若い男が鳴らすいわゆるラッパ隊があり一見違和感をもつラッパですが、神輿をかつぐ「ワッショイ、ワッショイ」のかけ声とうまく共鳴していました。もっともこのラッパは昭和のはじめに導入をしたもので昔はなかったとのことです。

こうして3日間の祭りは3日目にお旅所から神輿と台車が本宮にもどる還幸式によって終ります。人々はこの3日間を1年の区切りとし、また次の日から次の年の祭りに向かっていくのです。

吉村作治

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祭り軍団座長 吉村作治 東日本国際大学学長・教授 早稲田大学名誉教授 NPO 日本の祭りネットワーク副理事長

エジプト考古学者(工学博士)
1943年生まれ。早稲田大学入学後の1966年アジア初のエジプト調査隊を組織し現地に赴く。以来、半世紀にわたり発掘調査を継続。「第2の太陽の船」発掘・復原プロジェクトでは、 本格的な修復作業が進んでいる。この8月から新たに「クフ王墓探査計画」を開始。動画サイト「吉村作治チャンネル」では、祭りをはじめ様々な話題を、ほぼ毎日配信中。

公式HP
吉村作治のエジプトピア

http://www.egypt.co.jp/

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