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吉村作治先生の祭り考察 エジプト考古学者、吉村作治名誉教授のブログ

※このページは吉村作治先生からの寄稿を原文のまま公開しています。

2015年9月のアーカイブ


八朔祭

2015年09月29日

別名、「ふるさと時代祭り」と称されるこの八朔祭りは、山梨県都留市四日市場の生出(おいで)神社の祭りです。別名の「時代祭り」と言われる故の大名行列は生出神社の例祭の付祭り(つけまつり)として行われるものです。もともとこの一帯を治めていた秋元但馬守が、世継ぎが無事生まれたことを記念してこの生出神社を創建し、祭りを行ったもので、都留一帯の6町のうち下天神町(しもてんじんちょう)が大名行列を受け持ち、他の町は大型屋台を曳いたのです。この大名行列は150年の伝統があるとのことです。大型の屋台は4台あって、夜に提灯ををともし、屋台の脇にある飾り幕の中には、葛飾北斎が下絵を描いたものもあるようです。今回は宵の宮には参加できず残念だったのですが、本祭のお旅所での神事には参加させていただき、その後の大名行列と山車の行列は十分堪能できました。

特に奴(やっこ)のかけ声が町中にひびき勇壮な気分になりました。心配されていた雨も祭典の間は降らず、無事祭りを終えることができましたのは神さまのおかげです。

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鐘踊り

2015年09月29日

45度以上の急坂をジグザグで「カーンカンカンカンカ、カーンカンカンカ・・・」と鉦を打ち鳴らし、色とりどりの装束で頭には花飾りをつけた笠をつけて登ってくる。この光景を坂の上から見ていると、しみじみ地方のお祭りを観に来たと感じます。総勢23人のグループは10人の鉦たたき、2人の小太鼓、そして指揮をとりつつ踊る大人ひとりと男の子と女の子の10人の踊り手がひとつの列をなして上がってくるのです。そしてお宮の境内にしつらえた〆縄の中で、いろいろな所作をしながら踊り、時には唄います。単調ではありますが、鉦も太鼓もメリハリをつけていて、盛り上がるところは、盛り上がります。その中で面白いのは猿田彦の存在です。ふつう、祭りの行列での猿田彦の役割りは先頭に立って悪魔払いをすることですが、ここの猿田彦は道化役に徹しています。

神事で宮司がおじぎをすると逆に腰を折って宮司と反対におじぎをしますし、宮司が祝詞をあげているとそれをのぞくような仕草をします。ともかく面白いのです。この踊りを45分やって一休みしてその後2回やるのですから踊り手も大変です。

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伊作太鼓踊り

2015年09月29日

鹿児島県日置市吹上町南方神社で600年つづいている奉納踊りです。1406年(広永13年)に伊作島津家第4代島津久義公が田布施郷の二階堂行貞との戦いで勝ったのを記念してはじめられた戦勝の踊りです。ですから天をつくような力強い太鼓の音が響きます。今回は26人の若衆が約2m、重さ10kgの矢旗を背負った上で、前面にも太鼓をかかえて打って踊るのです。さぞかしくたびれることと思います。その辺を今年はじめてハナ(先頭)に立つ2人の青年に聞きましたところ、「そりゃもう苦しいですよ、でも苦しさよりもハナになれた誇りの方が強いです」との力強い言葉に感動しました。そしてこの26人の中に4人の少年が女装してカネと小太鼓をたたいています。このアンサンブルのよさ、おそらく神さまも大変喜ばれていることでしょう。また、今回この祭りを仕切っておられる女性の宮司がすばらしかった。

ふつう祝詞は聞いている人によくわからないように朗唱しますが、今回は一句一句がわかりました。女性特有の空気をさくような声ではなく、落ち着いたとても素敵な声で唱えておられました。ともかくシンプルですが、とてもいい祭りでした。

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花巻まつり

2015年09月28日

「ワッショイ ワッショイ ワッショイ・・・」と威勢よい掛け声とともに114基の神輿が街中を練り歩く。今回ギネスの世界記録に認定された花巻まつりの神輿です。
「一つの会場での神輿の最多展示数」ということです。神輿の数では神田祭りも三社祭りもひけをとりませんが一堂に会し、いっしょになって町内を練り歩くということではこの花巻まつりにはかなわないでしょう。花巻まつりは神輿の数だけが特徴ではなく、風流山車、鹿踊、神楽権現舞、花巻ばやし踊りと、そのラインアップはどれをとっても他にひけをとりません。私個人としては鹿踊りが好きです。しかしこういった祭りを花巻市民が一体となってやっていることがすばらしく、この祭りの風景を見ている限り「地方消滅」という言葉が虚しく思えるのです。これが420年以上続いていて、丸3日間行われるというのです。1年のうさを一気にはらしてくれる思いを感じさせます。花巻は宮沢賢治の故郷なことで知られていますが、生まれてこの祭りを観て参加していることを考えると、彼の考えの根底にはこの祭りがあったのだと妙に納得します。

おそらくきちんとした伝統的な祭りとしては一、二を争う祭りと思います。ふつう、華やかなものの中には影がみえるのですが、この祭りにはそれがありません。人々の喜びを感じられる祭りです。

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式年鳥居木曳祭

2015年09月28日

千葉県鴨川市天津の須賀神社で20年に1回行われる鳥居建替の大神事です。御神木が奉曳されるのが8月22日から24日にかけてのことです。そして10月15日には、この新しくなった鳥居の通初式がおこなわれることになります。最近、伊勢神宮や出雲大社など大きな神社の式年行事が行われていますが,鳥居の式年行事というのは珍しいです。もちろんこの神社もその昔は社殿をこわして、合わせて新しくしていたのですが、それではあまりにも財政的に負担が大きすぎるというので、鳥居だけを取り替えることにしたのです。しかし私は、先人の知恵で鳥居だけを取り替えることにしたのではないかと思っています。と言いますのは、本殿は神さまがお宿りになるところなので、建て替えはできる限りしないでおく。鳥居はその下を神輿なり山車が通過しながら清めていただく、すなわち神輿や山車にくっついた悪魔などを吸い取ってくれるので、20年間に1回は取り替えねば、と考えたのではないかと思うのです。どちらにしましても約1年かけて鳥居の木材は作られます。

その曳きはじめの祭りというわけで、町をあげての祭典でした。一の鳥居、二の鳥居、三の鳥居と順番に会場を出ていくのですが、曳き手はひとつに100人ほどがいます。カーブにさしかかりますと、テコ班がカジを切ります。とても優雅な祭りでした。

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月の輪神事

2015年09月16日

8月14日から17日まで島根県安来市安来町の賀茂神社と糺(ただす)神社に奉納される鉾の先にワニ(さめのこと)をつきさした山車を「エンヤエンヤデコデットーヤー」の掛け声とおはやしで町内を練り歩くお祭りを「月の輪神事」といいます。その歴史は古く1300年余りあるといいます。神事は14日に、町によって分かれ、賀茂神社、糺(ただす)神社で行われ、その後神社から太鼓山車が出て、町内を4日間にわたって巡幸します。4基の山車を引っぱるのは小学生で、一番のクライマックスは新町、西御幸、大市場、八幡町の4つの町内のはやし方が太鼓を中心にして演奏する神事四重連(しんじよんじゅうれん)なのです。合奏の後、各町内が力を競って演奏するのですが、そのテンポのよさと力強さに観客はうっとりします。

大市場の四つ辻での四重連のあと各町内にもどるのですが、町内に帰りつく前に海辺で清めを行い、1年間の無事を喜び新たな1年を迎えるのです。見ていて気持ちいいくらいさっぱりしています。

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下田八幡神社例大祭

2015年09月16日

下田八幡神社例大祭は毎年8月14日~15日、お盆のまっただ中に行われます。それでなくても夏の下田は観光客でいっぱいなのに、この祭りの2日間で30万人以上の人が集まってきます。この祭りの目玉はなんと言いましても太鼓山橋です。この太鼓橋というのは、11の町から出される供奉(ぐぶ)道具と呼ばれる台をつなぎ合わせたものをアーチ型の橋のように組み立てるところにあります。文章では表現しにくいのですが、いわゆる太鼓橋といわれるものに似かよった橋形のものが、供奉道具によって作られるものです。これが見ものなので、この祭りは別名太鼓祭りとよばれています。その他にもちろん11台の大太鼓、小太鼓を載せた太鼓台とよばれるものも町内を巡行します。しかも、町内何ヵ所かで行われる太鼓橋のパフォーマンスは集まった観客が息をのむほど緊張したものです。私の見たかぎりでも失敗寸前のところ、一列の供奉道具が指揮者の合図で橋に変わる瞬間、横に倒れかかってきてかたずを飲むシーンがありました。聞くところによりますと失敗して倒れてしまう例もあるそうです。しかしケガ人は出ないのですから不思議です。合計4トンくらいのものが倒れるわけですし、沿道の人は興奮しているので、倒れてくることを考えてもいませんから、大変なのでしょう。この供奉道具のあとに神輿がついてきますが、この担ぎ手も大変です。太鼓橋のパフォーマンスの間、近くで待ち続けるのです。

そして、八幡神社前でのパフォーマンスの後、宮入りするのですが、そこには20人ほどの男衆が宮入りを阻止するためにいます。本当に真剣勝負で10回ほど突っ込んで宮入りを果たします。ともかく全て祭りの要素を持っておこなわれていますが、この供奉道具の太鼓橋パフォーマンスははじめて見ました。

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青森ねぶた祭

2015年09月09日

8月2日から7日にかけて「青森ねぶた」は今年も盛大に行われました。というより昨年より観客も増えましたし、跳人の数も大幅に増えました。どうも青森ねぶたは変わったらしい、新味が出ているようだ、との世評がそうさせたのだと思います。「スターウォーズ」のねぶたが出るらしいとの噂がテレビや新聞で言われたのがその一因のようです。但し、展示はされたのですが、運行は不許可だったのです。「青森ねぶたのモチーフは日本の武将と昔話、外国のものと言えば中国まで」と暗黙の了解が青森ねぶた実行委員会の中にあるらしく、今回のスターウォーズは許されなかったのです。さぞかし製作した人はがっかりしたことでしょう。ではどうして製作の時、そう言ってあげなかったのかという疑問を持ちますよね。その答えは製作のモチーフの検査、検証はなく、何を作ってもいいのだが、運行は実行委員会が仕切っているからなのだそうです。ならば、製作テーマも審査制にすべきです。制作費は軽く1000万円はかかっているものと思えます。もったいないの一言ですが、第一、モチーフは日本の武将と昔話だけというのもおかしいです。ですからどれを見ても同じに見えてしまうのです。それに伝統といっても時代時代で新しいものが入ってくるから伝統が守られるもので、時代の潮流には逆らえないのです。実行委員会の柔軟な対応が求められるべきです。
さて今年のあおもり市民ねぶたのモチーフは平将門と執金剛神というものでした。あおもり市民ねぶたは今から13年前にダイドードリンコが資金面で支援した連です。今はNPO日本の祭りネットワークも応援しています。

今年のねぶた製作者は昨年同様、北村麻子さんで唯一の女性ねぶた師です。テーマの一番の肝は平将門の乱を納めた大蜂が全面に出ていて、力強さと戦いのむなしさを表現しているところです。ともかく力作で賞をいただきました。労が報われて良かったです。

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祭り軍団座長 吉村作治 東日本国際大学学長・教授 早稲田大学名誉教授 NPO 日本の祭りネットワーク副理事長

エジプト考古学者(工学博士)
1943年生まれ。早稲田大学入学後の1966年アジア初のエジプト調査隊を組織し現地に赴く。以来、半世紀にわたり発掘調査を継続。「第2の太陽の船」発掘・復原プロジェクトでは、 本格的な修復作業が進んでいる。この8月から新たに「クフ王墓探査計画」を開始。動画サイト「吉村作治チャンネル」では、祭りをはじめ様々な話題を、ほぼ毎日配信中。

公式HP
吉村作治のエジプトピア

http://www.egypt.co.jp/

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