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吉村作治先生の祭り考察 エジプト考古学者、吉村作治名誉教授のブログ

※このページは吉村作治先生からの寄稿を原文のまま公開しています。

2013年9月のアーカイブ


片貝まつり 浅原神社秋季例大祭奉納大煙火

2013年09月24日

新潟県小千谷市片貝町浅原神社の秋季例大祭奉納大煙火は別名「花火祭り」といわれるようで、花火が見ものです。ギネスも世界一の打ち上げ花火と認定したというものです。ひと夏に何百か所で打ち上げられる花火ですが、他の所を寄せ付けないもののようです。花火はもともと神々を喜ばせる祭りの余興です。しかしこの余興がはでなほど神様は喜ばれるのです。片貝町の浅原神社は若一王子大権現(にゃくいちおうじだいごんげん)様が氏神です。

この花火の由来は江戸時代華やかに隅田川の両国川開で18世紀初めにここ片貝に伝わってきたのです。花火は一見とてもはなやかですが、打ち上げの後にくる静けさで人々の心を感傷的にします。花火好きの私としましては、今日行けずとても残念です。

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本場鶴崎踊大会

2013年09月24日

この日実行されるかどうかの決定は当日午後4時に打ち上げられる花火でわかるということでした。大分市鶴崎の人たちはじっとどんよりと曇った空を見上げハラハラしていました。と、その時「ドーン」という音とともに花火がうち上がったのです。各町内は「わー」というかん声、祭り会場は一気にあわただしくなりました。踊りの中心に建てられているやぐらの上に太鼓をもち上げる人、屋台はいよいよ店を始めることができる喜びで活気づきました。しかし無情にも午後6時になりますとポツポツと雨つぶが落ちはじめ、次第に雨あしが早くなり開催が危ぶまれはじめました。それを見こして屋台は店をたたみはじめ、おはやし衆も太鼓などの楽器もやぐらから降ろしはじめたのです。「中止」かなと心配する集まった人々へ「雨が強くなりそうなので、公民館で鶴崎踊は行われます」とのアナウンス。主催者はこういうケースをも考え、公民館を確保していたのです。この手立てのよさが450年つづいてきたこの祭りの真骨頂なのです。開始前に鶴崎地区の中の寺司町の人たちの待機場を訪れましたところ、みなさん今年のテーマ「黒田官兵衛」の衣裳をつけ最後の練習をしていました。そうなんですこの踊りその名の「本場」が表すように、他の地域の鶴崎踊のお手本になるように各町内会が毎年テーマを決め手作りで衣粧を作り、当日その姿を競い合うのです。

NHKドラマや昔話、歴史小説を種にして皆さん仮装するのです。そして踊は2つテンポのいい「左衛門(さえもん)」、ゆったりと優美な「猿丸太夫(さるまるだゆう)」で交互に踊ります。雨のため公民館で行われた今年の大会は所狭し幼児から老人までが各種の衣裳に身を固め踊っていました。雨ふって地固まるという諺がありますが、本来40日もつづいた晴れのための水不足を解消できるという喜びよりも伝統の鶴崎踊ができない悲しさが公民館に満ちあふれていました

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箱根強羅夏まつり 大文字焼

2013年09月24日

日本には大文字焼はいくつかありますが、京都の大文字焼に合わせて旧盆の日にするのが慣わしのようです。何故山腹に大の字の火をともすのかについては諸説ありますが、大の字は星を表していて、あの世を連想するので色々炬火で燃やすことで精霊を慰める送り火とすることであるとの説明が一番説得力があると思います。京都の大文字焼は何回か見ましたが、今回の箱根強羅のも同じような規模で壮大でした。長さ3mの箱根女竹で350の束をつくり、山腹の林を大の字に切り開き、それに沿って山肌に埋めそこに火をつけて始まります。途中で火が弱くなりますとひっくり返すのでその時が一番危険なのだそうです。80人の消防団の若者が1人4~5本を担当し火の勢いを調整しているのだそうで大変なことです。約1時間半燃えつづけ次第にもとの暗やみにもどっていきます。この間約2000発の花火が打ち上げられそのころ大文字に華をそえます。このまつりは1920年に昭和天皇が皇太子のとき箱根を訪れられたとき、その記念として行われるようになったもので今年が92回目となります。
始まった理由が理由だけに、本式の神社の神儀としての祭りではなく、又始まる前には先祖供養や箱根山中で亡くなられた方々、そして東日本大震災で亡くなられた方々へ大雄山最乗寺の尊師様による法要は行われますが、この祭りが仏式であるわけではありません。法要は行われますが、仏式でもない形式としては少しあやふやなものです。

この地の氏神を祀っている諏訪神社は神社で春の大祭を行い、そこには伝統的な湯立獅子舞がありますが、それをパフォーマンスとして強羅駅前で披露したり、イベントとして盛り上げようとしているのが私たちが求めている日本の祭りとしてどうなのかなという点はありますが、リゾート地にやってきてくださった人々のサービスとしては満足でした。

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桑名石取祭

2013年09月02日

「その手は桑名の焼きハマグリ」という歌舞伎のセリフで有名な三重県桑名市に江戸時代初期から伝わっている「石取祭」。普通の祭り名とはちょっとちがっています。もともとは桑名の春日神社の大祭「比与利祭(ひよりまつり)の神事のひとつであった「石取祭」が独立したものだそうです。その名の通り、近くの町屋川から清らかな石を持ってきてコモに包んで奉納したもので、今でも毎年その神事は欠かしていないのです。これを献石とよび、今でも神社境内にきちんと並べてありました。何故石なのか諸説あってその由来は定かでないようですが、石を神が宿るものとして崇めることは古来、日本ではあったのでその系統の話から出たものと思われます。ですから神社の境内は参道の石だたみを含めて玉じゃりなど、石でしきつめられています。この祭りは別名「日本一やかましいまつり」と言われるだけありまして40基近い祭車とよばれる山車には各町内の男衆が祭車を引いたり、押したり、おはやし、太鼓をたたき、特に通常の倍近くの直径のある鉦が4つ5つあり男衆が代わる代わるたたく音が夜空にひびきます。

お宮参りが一基10分としても全部終わるのに6時間以上かかりますから6時にはじめましても真夜までかかります。その間とっかえひっかえこのやかましい音が神社中心にかなでられ、神社詣の終わった祭車はまた自分の所属する町内にもどっていくわけですから、この夜は町中がこのやかましい音に酔いしれるわけです。朝からお酒を飲んでの祭車の運行で祭り人は夕方には正体不明になるほど酔っている様は見ていてもほほえましく又うらやましく思われます。

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青森ねぶた祭

2013年09月02日

開始のちょっと前に腕にポツンと雨のしずくが落ちてきました。空をみ上げますと雨雲が少しありますが、西の空は夕焼け色にうっすらと染まっています。きっと大丈夫、いや絶対大丈夫と自分に言いきかせて、今年も跳人のひとりとして青森ねぶた祭に参加しました。思った通り2時間の市内練り歩きの間雨は降らず大盛会でした。今年でダイドードリンコの応援している市民ねぶたに参加して10年目となります。毎年参加し、皆勤賞なのです。何に参加しているかと申しますと、跳人という踊り手のひとりとしてです。過去10年間おはやしもやりました。引き手もやりました。ねぶたを指揮する扇子持ちもやりました。その上かつぎねぶたと言って、ひとりで小さなねぶたをかつぎながら大通りを練り歩くのもやりました。もちろん観客席でも観ました。ねぶたの魅力は何かと聞かれますと、答えに困ります。というのは何がというのではなく、お囃子、太鼓、巨大な武者人形であるねぶた、そして「らっせら、らっせら、らっせら」とかけ声とともに跳人が1体となって練り歩く、音と光のページェントという平凡な表現になってしまうからです。しかしそれ以上でなく以下でもありません。ねぶたはねぶた師という特殊な芸術家によって作られます。22台の大型ねぶたを作るねぶた師は14人。ですからですからひとりで何台も作る人がいるくらい人気のしごとなんです。ほとんどが大企業がつかないと作れないほど高価となっています。しかし、ダイドーが応援している市民ねぶたは市民のお金で作っています。昨年から唯一の女性ねぶた師、北村麻子さんが青森ねぶたを作っています。ねぶたはどれをみましても劣らぬ豪華さがあり、夜あかりがねぶたの中にともりますと、いまにも飛び出すのではないかという躍動感があります。

19時から21時まで国道をとめてまでも6日間やりぬく心意気には感心いたします。動員観客数は青森県の人口の2倍となるそうです。これからも跳人として連続参加記録をのばしていくつもりです。

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早池峰神社例大祭

2013年09月02日

荒舞とよばれているダイナミックな神楽で有名な早池峰神楽は2つの流れから成っています。ひとつは岳神楽(たけかぐら)もうひとつは大償神楽(おおつぐないかぐら)この2つを合わせて早池峰神楽とよんでいます。1976年に国の重要無形民俗文化財に2009年にユネスコの無形文化遺産に登録されている祭りです。もともとこの早池峰神社は807年に早池峰山頂にほこらを建てたところから始まって、江戸時代に社殿が建立され今日に至っています。本殿に行く途中の展示物の中に慶長時代のさいせん箱があり、その歴史の深さを感じました。あいにくのふりしきる雨の中、宵宮の神楽の奉納を観まして感動しましたのは、今まで観ました神楽の中でも動きが激しいことです。しかし通しで激しいだけでなく、そのメリハリがよくできていて、力づくというよりバランスのよさで観る人を魅了していることです。又狂い舞台を十分に生かして四方に舞いを広げて表現されているのには感心しました。そして最後の演しもの権現舞は権現さまと呼ばれている獅子頭をもった神が乗り移ったのではないかと思うほどの熱演をみせてくださいました。私もその権現さまに頭をパタッとされまして1年の無病息災を願いましたが、これは外国公演での目玉となっているのだそうです。この神楽は岳神社の氏子の中で六坊職(ろくぼうしょく)とよばれる十数軒の家の末裔にだけ受け継がれているもので、700年もつづいているというのです。演じ終わった演者を楽屋に訪ねますと、汗ぐっしょりで衣裳も重さが倍になるそうです。ひとつの演目の中でお面をつけている前半と、それをぬぐ後半で演じ方ががらりと変わるのも特徴です。

神儀は宵宮と本祭りの両方ともおごそかに行われ、本祭りには神社本庁からご使者がいらっしゃいます。神儀のあとお通りとよばれる神輿渡御と権現様が並んで練り歩く神楽(しんがく)がありそのままお旅所に入りそこで再び神楽を催し夕方神社に還御して祭りは終ります。

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祭り軍団座長 吉村作治 東日本国際大学学長・教授 早稲田大学名誉教授 NPO 日本の祭りネットワーク副理事長

エジプト考古学者(工学博士)
1943年生まれ。早稲田大学入学後の1966年アジア初のエジプト調査隊を組織し現地に赴く。以来、半世紀にわたり発掘調査を継続。「第2の太陽の船」発掘・復原プロジェクトでは、 本格的な修復作業が進んでいる。この8月から新たに「クフ王墓探査計画」を開始。動画サイト「吉村作治チャンネル」では、祭りをはじめ様々な話題を、ほぼ毎日配信中。

公式HP
吉村作治のエジプトピア

http://www.egypt.co.jp/

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