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吉村作治先生の祭り考察 エジプト考古学者、吉村作治名誉教授のブログ

※このページは吉村作治先生からの寄稿を原文のまま公開しています。

2013年8月のアーカイブ


2013くりこま山車まつり

2013年08月28日

それまで雷もひびく、強い雨つぶが天から降りてきて、この祭り本当に今日できるのかなあと心配していました。開会式中も、神事を行う場所もテントが張られ、スタッフの方の仕事はテントの屋根にたまった水を15分おきに下からほうきの柄でつついて落とすことでした。9台ある山車(だし)もブルーシートで囲いをつくり、強い横風で雨つぶが外題の装飾にあたらないように透明なビニールをフロントにかけていました。「雨天決行」が本部から開会式中に伝わり、住民の方々がステージの上に登って間もなく司会の方が「あいにくの雨の中…」と言いはじめたとたん、何と雨が水道のせんをしめたようにピタッとやんだのです。「奇跡ですね」私の隣に座っていた地元の方が言うと、その横の方が「この祭りって雨が降らないことになってるのよ。私たちの信心が確かだから」と言っていました。いつ又雨がふるかわからないという心配からか、開会式もそこそこに山車の練り歩きと神輿の巡行が始まったのです。お囃子も心なしかテンポが早い。
一年に30をこえるお祭りを見物してますと、一番に気になりますのは天候です。毎年毎年、300年、500年もつづけていますと、いつも晴天というわけにはいかず、雨がふったり、風が強かったりと天候にふりまわされます。それでもダイドードリンコの髙松富博社長と苦田秀雄先生と私がいっしょになって参加しました祭りで雨にふられたのは1ケタです。風は台風に1回みまわれて行けなかったことがありますが、天候に強い三銃士です。

この祭り「くりこま山車まつり」の歴史は江戸時代に逆ぼって300年余あります。伊達政宗のときこの地を守るため鶴丸城を造り、政宗の子を配したときに始まりました。ここの山車の特徴は全て町民の手づくりということです。約3か月かけて自前で造ったものなのでより愛着があるわけで、祭り本通りに飾ってある山車の前で各地区の住民が一家で写真をとっています。この祭りを主催しています祭り保存会の方々だけでなく行政も1体となってやっているのですが、町民が全て自己的に責任をもって行っているのがすばらしいです。

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皇子神社船祭り

2013年08月28日

香川県高松市庵治町で以前(昭和40年以前)は旧暦の6月14、15日の大潮満月の日に行われていた船祭りとのことです。最近はこの祭りに参加する人のことも考え、大潮満月の日に近い金、土曜日に行われているのです。どこの祭りでも直面している伝統をとるか、参加者の生活をとるかの中で生活者の方をえらんでいます。祭りはやはり、その地の人々によって行われますし、全国から旅にくる人へのサービスも大切ですからこれでいいと思うのですが、地元の古老たちは納得していないようです。現在では7月の満月に近い金、土に行われていて今年は7月の19日と、20日で19日が宵宮といいます。獅子舞やだんじりを揃え、19日の夜20時半ごろに皇子神社で神事を行い、その後で獅子舞や子供、大人のだんじりの練りが行われます。

そして翌日16人の御神輿担ぎに担がれた神輿が船に乗ってお旅所へ船渡御を行います。そして翌日獅子舞や屋台、だんじりとともに還御されます。日本の祭りの原典、特に四方を海にかこまれている日本の祭りでも珍しい満月の夜に渡御するというのがみものです。

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祭り軍団座長 吉村作治 東日本国際大学学長・教授 早稲田大学名誉教授 NPO 日本の祭りネットワーク副理事長

エジプト考古学者(工学博士)
1943年生まれ。早稲田大学入学後の1966年アジア初のエジプト調査隊を組織し現地に赴く。以来、半世紀にわたり発掘調査を継続。「第2の太陽の船」発掘・復原プロジェクトでは、 本格的な修復作業が進んでいる。この8月から新たに「クフ王墓探査計画」を開始。動画サイト「吉村作治チャンネル」では、祭りをはじめ様々な話題を、ほぼ毎日配信中。

公式HP
吉村作治のエジプトピア

http://www.egypt.co.jp/

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