吉村作治が観た!日本の祭り
西条まつり
「パァーン パァーン」と打ち上がった花火を合図に、加茂川の岸辺から神輿(しんよ)が川の中に入っていく。それを追うように岸辺に待機していた11台のだんじりが川に入る。
西条のだんじり祭りのクライマックスだ。
それを見守る66台のだんじりは東の川岸の土手の上に整然と並んでいる。だんじりは全部で77台。おそらく日本一の規模だろう。
愛媛県西条市に1,200年間続いている祭りだ。少なくとも文献で記されているものでは、300年前(1751年に記された西条花見日記の中)に100年続いてきた祭りとして、絵と文章で残されている。(伊曽乃神社蔵)
川の中で神輿とだんじりは一進一退、11台のだんじりが神輿を囲んでもみ合う。
何故もみ合うかというと、1日前の10月15日にお宮を出た神輿は、一夜をお旅所という伊曽乃神社(加茂川の西岸、神戸地区にある)の対岸(東岸)にいた。そして16日にお旅所を出て加茂川を渡って神さまは本宮に戻るのを、77台のだんじりの代表の11台が引き留めるというわけだ。
神さまは天照大神だから日が沈む前に本宮に戻らないと、お日さまとともにあの世に行けなくなるというわけで、薄暮の中強行されるわけだ。
川入りといわれるこの催しをする前に、77台のだんじりが西条の町中を統一運行と呼ばれているパレードをしなければならないため、なかなか77台のだんじりが土手の上にそろわず、約7万人集まった河原の観客をはらはらさせる。
市民全部が集まっているのかと思い観光課の方にお聞きしたところ、半分は市の外からやって来た人で、大阪や瀬戸内の対岸からきた方がいるとのことでした。海外から来た人もいました。老人だけでなく、子どもも女性も、そして高校生らしい若人も。何とお遍路さんもいました。
午後3時くらいから午後7時くらいまで涼しい風にふかれながらこの川入りを見ている人にとって、神輿が東岸について神事を行った後、だんじりが次々と自分の地区へ戻る間のだんじり若衆と、写真をとったり、自慢話をし合ったり、年輩者からの説教を聞いたりして余韻を楽しんでいるのです。
こうした風景こそ、日本の祭りの大切な部分なのです。とにかくダイナミックさでは、日本一であることは確かです。
愛媛県西条市に1,200年間続いている祭りだ。少なくとも文献で記されているものでは、300年前(1751年に記された西条花見日記の中)に100年続いてきた祭りとして、絵と文章で残されている。(伊曽乃神社蔵)
川の中で神輿とだんじりは一進一退、11台のだんじりが神輿を囲んでもみ合う。
何故もみ合うかというと、1日前の10月15日にお宮を出た神輿は、一夜をお旅所という伊曽乃神社(加茂川の西岸、神戸地区にある)の対岸(東岸)にいた。そして16日にお旅所を出て加茂川を渡って神さまは本宮に戻るのを、77台のだんじりの代表の11台が引き留めるというわけだ。
神さまは天照大神だから日が沈む前に本宮に戻らないと、お日さまとともにあの世に行けなくなるというわけで、薄暮の中強行されるわけだ。
川入りといわれるこの催しをする前に、77台のだんじりが西条の町中を統一運行と呼ばれているパレードをしなければならないため、なかなか77台のだんじりが土手の上にそろわず、約7万人集まった河原の観客をはらはらさせる。
市民全部が集まっているのかと思い観光課の方にお聞きしたところ、半分は市の外からやって来た人で、大阪や瀬戸内の対岸からきた方がいるとのことでした。海外から来た人もいました。老人だけでなく、子どもも女性も、そして高校生らしい若人も。何とお遍路さんもいました。
午後3時くらいから午後7時くらいまで涼しい風にふかれながらこの川入りを見ている人にとって、神輿が東岸について神事を行った後、だんじりが次々と自分の地区へ戻る間のだんじり若衆と、写真をとったり、自慢話をし合ったり、年輩者からの説教を聞いたりして余韻を楽しんでいるのです。
こうした風景こそ、日本の祭りの大切な部分なのです。とにかくダイナミックさでは、日本一であることは確かです。
祭り軍団座長


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