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吉村作治が観た!日本の祭り

阿波おどり

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夏祭りといえば阿波おどりと言われるくらい、全国的というより全世界的に有名な祭りだ。
私は中野に住んでいたので、高円寺で毎年やっていた阿波おどりを観に行っていた。だから一度、本物の阿波おどりを見てみたいとずっと思っていた。
このダイドードリンコ日本の祭りに参加しないかと誘われた時、「青森ねぶた祭」と「おわら風の盆」、そして「阿波おどり」が見られるということも大きな動機だった。

はじめは見ることができるということだったが、そのうち踊ることができると聞き、耳を疑った。あの踊りの連に入るには、よほど経験をつんでいないと入れないと思っていたからだ。特に男踊りを見ていると、そう簡単には踊ることはできないと思っていた。
実際にやってみてそれは確かで、未だに―4年も踊っているのに-思うようには踊ることができない。
しかし祭りと言えば神さまがみえるのだが、この祭りでは神は見えない。例えば山車もない。神輿もない。神社詣もしない。
陽が沈むとたくさんの人がゆかたを着て、どこからともなく集まってお囃子に合わせてただひたすら踊る。
「踊るアホに見るアホ」とか言われているが、どうみても見ている方がアホみたいに感じてしまう。
しかし神さまは見えないが、踊る人々の心の中にはおそらく神が宿っているのだろう。すなわち徳島の人々は上から指令されて祭りをしているのではなく、民衆の中から自然にわき上がったものなのだろう。
起源としてはいろいろな説があるようだが、漁に出ている親族が無事に帰還したことを祝して踊ったというものがあるようだ。その中には、海の神さまに対しての感謝のしるしがある。日本は四方を海に囲まれているのに、海の祭りがわりと少ない。
また、江戸時代に阿波地方を治めていた殿さまが、1年に1度我を忘れて大さわぎすることで、ストレス解消すなわちガスぬきとしてすすめたのではないだろうか。ということは今の世の中、民主的な社会にぴったりの祭りではないだろうか。
それとおとなりの高知のよさこいと同様、日本各地に広がっているのも、この阿波おどりの特徴なのだ。すなわち秘儀としての祭りではなく、解放的というか拡散的な祭りの代表的なものである。
また、この祭りは参加する人々に経済的な負担をあまりさせないのがいいと思う。それは作りものがないからだ。
そのため徳島を出て他のところで仕事をしていても、祭りの当日に帰ってきてそのまま参加できる現代にぴったりの祭りだ。
しかし中腰で踊る阿波おどりの男踊りはつかれます。そして次の日、腰とふくらはぎが痛くなるのだ。

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