吉村作治が観た!日本の祭り
飛騨古川祭
私の知識では飛騨古川祭は起し太鼓が勇壮ですばらしいというものだったが、行ってみて驚いたのは、この動的なものの他、屋台曳行、からくり人形芝居、子供歌舞伎と多彩なのである。
この祭りは曜日ではなく日付けでやっているので集まる人は毎年ばらついているという。しかし今年は4月19日、20日の土曜日、日曜日という絶好の日取りなので10万人近くの観光客が見込めるとあり、観光課は大張り切りだ。だから出陣式というか、開会の宴も大々的だ。確かに町中、人、人、人でいっぱい、旅館は全て満席、高山で泊まって古川祭を観に来るという贅沢な人も少なくない。
今年は桜の開花が遅れたそうで、私が古川に着くと、桜が満開となって美しい町並をより美しく見せてくれた。市内の中心を流れる飛騨川にうつる桜は、神田川沿いに咲く桜に負けず劣らずの風景だ。
夜9時30分に起し太鼓が始まる。始まる合図は打ち出しの儀式で宮司が玉串奉納を大太鼓の前で行う。そのまわりには大太鼓をのせた櫓をかつぐ裸姿の若者が千人以上集まって熱気がむんむんとする。出走前のアスリートのように張り切っている。そのまわりを町の人がちょうちんをもち、その外に観光客がびっしり、その数3万人を超えているようだ。
儀式が終ると総司(そうつかさ)の宣言があり太鼓が鳴る。と同時に櫓がもち上がり練り歩きが始まる。町内1周に4時間かかるそうだ。街角で小太鼓を棒に結びつけた若衆が、大太鼓の櫓にぶつけるべく、アタックする。それを阻止するかつぎ手は凄いことになる。そのためけんか祭りとも言われている。
翌日は全く前夜の激しい動きがうそのようにゆったりとしたものだ。祭り広場には万を超える人が集まり、屋台を観たり、からくり芝居を楽しむふつうの祭りとなる。朝泊まった旅館で獅子舞いをみせてもらったのだが、町に出ると家々を廻る獅子舞いが十数あった。それをみて泣いてしまう赤ん坊もいて、のどかな町の風景の一興となっている。
この祭りは曜日ではなく日付けでやっているので集まる人は毎年ばらついているという。しかし今年は4月19日、20日の土曜日、日曜日という絶好の日取りなので10万人近くの観光客が見込めるとあり、観光課は大張り切りだ。だから出陣式というか、開会の宴も大々的だ。確かに町中、人、人、人でいっぱい、旅館は全て満席、高山で泊まって古川祭を観に来るという贅沢な人も少なくない。
今年は桜の開花が遅れたそうで、私が古川に着くと、桜が満開となって美しい町並をより美しく見せてくれた。市内の中心を流れる飛騨川にうつる桜は、神田川沿いに咲く桜に負けず劣らずの風景だ。
夜9時30分に起し太鼓が始まる。始まる合図は打ち出しの儀式で宮司が玉串奉納を大太鼓の前で行う。そのまわりには大太鼓をのせた櫓をかつぐ裸姿の若者が千人以上集まって熱気がむんむんとする。出走前のアスリートのように張り切っている。そのまわりを町の人がちょうちんをもち、その外に観光客がびっしり、その数3万人を超えているようだ。
儀式が終ると総司(そうつかさ)の宣言があり太鼓が鳴る。と同時に櫓がもち上がり練り歩きが始まる。町内1周に4時間かかるそうだ。街角で小太鼓を棒に結びつけた若衆が、大太鼓の櫓にぶつけるべく、アタックする。それを阻止するかつぎ手は凄いことになる。そのためけんか祭りとも言われている。
翌日は全く前夜の激しい動きがうそのようにゆったりとしたものだ。祭り広場には万を超える人が集まり、屋台を観たり、からくり芝居を楽しむふつうの祭りとなる。朝泊まった旅館で獅子舞いをみせてもらったのだが、町に出ると家々を廻る獅子舞いが十数あった。それをみて泣いてしまう赤ん坊もいて、のどかな町の風景の一興となっている。
祭り軍団座長


コメントする