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沖の島 荒倉神社大祭

※このページは写真・文章ともに過去の祭り情報になります。 今年応援する祭りはこちらから

TV番組情報

制作
:KUTVテレビ高知
放送
:10/29(土)15:00〜15:54

ダイドードリンコスペシャル

紡がれる島 ~人と神様の寄り添う道~

沖の島 荒倉神社大祭

透明度30メートルの海!日本一の魚種の宝庫。周囲17キロの小さな有人離島「沖の島」太古の昔から変わらない島の形は平地が無いため、独特の文化が根付いている。ほとんどの家にあるのは魚を干す為のベランダの様な干棚(ひだな)。斜面に住むために作られた石垣は今なお美しい。室町時代、この島には高知と愛媛の県境が引かれていた。明治には高知県となるが、弘瀬地区の夏祭りには愛媛の牛鬼の文化も受け継がれている。長い分断の歴史はこの島に独自の習慣を作り上げたのだ。世代交代、人口減少、ネガティブな話も少なくない中、島で11人目の子供も生まれた!来たる大祭に向け、いかに上手に祭りを作り上げるのか?小さな島の独特な祭りが幕を開ける!

祭り紹介

  • 祭り写真館

沖の島 荒倉神社大祭

周囲17キロの小さな島「沖の島」。室町時代、この島には高知と愛媛の県境が引かれていました。明治時代には高知県に統合されましたが、伝統あるこの祭りには愛媛県の「牛鬼」も引き継がれています。クライマックスは神輿を標高100メートルの荒倉神社まで担ぎ上げる儀式。祭りの際には過疎の島も大いに賑わいます。

開催日
9月下旬
場所・アクセス
高知県宿毛市沖の島町弘瀬

■電車
土佐くろしお鉄道「宿毛」駅下車、高知西南交通バス、「片島港」下車。「片島港」から宿毛市営定期船で「弘瀬」下船

■車
・【高松、高知方面】「須崎東」インターより西方へ約2時間
・【広島、松山方面】「西予宇和」インターより南方へ約1時間40分

※いずれも片島港から定期船の利用となります。カーフェリーはありません。
お問い合わせ
沖の島観光協会/0880-69-1001
一般社団法人宿毛市観光協会/0880-63-0801

※掲載された情報につきましては、独自に集積したものであり、変更されている場合もあります。
 お出かけの際には各祭りの主催者へのお問い合わせや公式サイトなどで必ずご確認ください。

歴史中世に島へやってきた三浦一族を祖先に持つ集落の祭り

シシゾウ:荒倉神社大祭は、いつごろ始まりましたか?

市原さん:年代的なことまでは分かりません。沖の島は中世まで無人島でしたが、鎌倉時代に神奈川県の三浦半島から武家の三浦一族が戦いから逃れて島にやってきました。その人々の移住が、荒倉神社をおまつりする弘瀬地区の集落の始まりだと土地では言い伝えられています。祭りが始まったのがそれ以降であることは確かです。

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みどころ神輿の下をくぐって願い事を祈願

市原さん:荒倉神社大祭は、御祭神が神輿に乗って、御旅所までお渡りする神事です。沖の島は平地がほとんどなく、弘瀬地区もほとんどが傾斜地です。荒倉神社は集落の一番高所にあり、御旅所が置かれる港まで直線距離で150メートルちょっとですが、石段の階段が約600段あります。その急勾配の階段を約750キロの神輿を担いで下り、再び上っていくところがみどころです。

シシゾウ:前日の宵宮には何が行われますか?

市原さん:渡御の準備と神事が行われます。普段、神輿は解体された状態で収蔵されているので、それを拝殿に出して組み立て、付属の鈴を付けます。さらに四方に榊を取り付け、色紙で作った紙垂(しで)を上から飾り付けます。神輿が御旅所からお帰りになるのは夕方になるので、足元を照らすため神輿の通る道筋の両側に約5メートル間隔で電燈の御神灯を設置し、祭りの幟旗も立てます。それらの準備に昼からとりかかり、終わるのは午後8時ごろです。そこから祭り関係者や神輿を担ぐ人間が参列し、拝殿で約1時間の神事が行われ、その後は皆で御神酒をいただきます。神輿が拝殿に出されているので、その夜はお守り役として神官と3名の人間が拝殿に寝泊まりします。

シシゾウ:神輿は御旅所に向けて何時に出発しますか?

市原さん:本宮の日は午前10時前に神輿を担ぐ人間が神社拝殿に集合します。そして出発前に御神体を神輿に移す神事が行われます。神事が終わり、神輿が拝殿を出るのは例年午前10時30分です。神輿が階段を下りて御旅所にお渡りすることを私たちはお下がりと呼んでいます。担ぎ手は「ヨーサンヤ」「ヨーサンヤ」というこの地方独特の掛け声で神輿を担ぎます。神輿の担ぎ棒を担当するのは10人です。急な階段を、重たい神輿を担いで上り下りするのは若くても相当きついです。神輿には前綱と後綱という綱がついており、各4名ずつがその綱を握って神輿を引っ張ったり、ブレーキ役を務めたりします。神輿を担ぐには、綱の担当を含めて最低18人が必要です。最近は昔に比べてそれだけの人手を集めるのが難しくなっています。弘瀬地区の住民数は、最盛期の昭和20年代後半には千数百人いました。今は住民数が100人を切るほど激減してしまったので、他所から応援を頼むこともあります。60代の私も神輿の棒こそ担ぎませんが、今でも綱を握ります。
石段は途中に踊り場が3ヵ所あり、そこに着くと神輿は5分程度休憩します。地区では神輿の下をくぐると願い事がかなうといわれており、見物の方たちは踊り場に神輿がいるあいだにお賽銭をあげて、神輿の下をくぐります。担ぎ手はこの間、古くから地区に伝わる祭りの唄を歌います。沖の島の祭り唄は1人の唄い手が中心になって歌い、他の人たちはそれに合いの手を入れて掛け合います。最近は私がメインの唄を担当しています。唄はねり唄、あげ唄、舟唄の3種類があります。最初に歌うのはねり唄です。ゆったりした拍子の唄で、沖の島の島めぐりをする内容で歌詞に地名がたくさん織り込まれています。あげ唄は人が神輿の下をくぐるとき、舟唄は神輿が出発する前に歌われます。
階段を下りきって御旅所のある海岸に向かう途中には、地元で三浦さんと呼ばれている私たちのご先祖にあたる三浦家のお殿様の旧屋敷があります。そこの広場で神輿は練りを披露することになっていて、グルグル威勢よく練って回ります。御旅所に着くと、神輿は安置され、神官が祝詞をあげます。それから神輿がお帰りになるまでの数時間、地区の皆さんがお初穂料を手に三々五々やってきて荒倉神社の御札を授かります。

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注目ポイント牛鬼も登場。神輿と一緒に練りを競演

市原さん:例年、神輿がお帰りで御旅所を出発するのは午後5時30分です。途中、三浦さんの広場で再び練りを披露してから石段に向かいます。石段を上がるころには日が暮れかかり、宵宮の日に準備しておいた御神灯が灯されて雰囲気があります。お帰りのときも踊り場で祭り唄を歌い、神輿くぐりが行われます。
神社拝殿に神輿が到着すると日はすっかり沈んでいます。神官が神輿の中の御神体を奥の院にお戻しするのですが、そのとき奉仕者のひとりがラッパを吹き鳴らし、神輿の担ぎ手たちは神輿についている鈴をリンリンと鳴らします。それが神様移動の合図になり、境内に訪れた参拝の人たちは頭を垂れ、両手を併せて一心に拝みます。なお、ラッパと鈴はお下がりで神様が奥の院から神輿に乗り移られるときにも鳴らされます。

シシゾウ:愛媛県南予地方に伝わる牛鬼も登場するそうですね。

市原さん:毎年ではなく、祭りの際に帰省する人が多い年に牛鬼が出されます。祭り山車の一種である牛鬼が荒倉神社の大祭に登場するようになったのは最近です。元々、弘瀬地区に伝わる祭りの出し物はやぐらです。江戸時代に大井川の川渡しで使われたような正方形の蓮台に天蓋がついたもので、4~5歳の男児が4人乗り込んで、中央に据えられた太鼓を打ち、それを大人たちが担ぎました。私が幼かった昭和30年代にはやぐらが出されていました。しかし、その後の住民流出で、神輿以上に重量があり、大勢の担ぎ手を必要としたやぐらは出せなくなりました。それで、代わりになる出し物として選ばれたのが牛鬼でした。牛鬼は、同じ沖の島にあるもうひとつの集落、母島(もしま)地区の祭りの伝統的な出し物です。江戸時代、沖の島は政治的に二分されていて、私たちが暮らす弘瀬地区は土佐藩、母島地区は伊予の宇和島藩の所領でした。その関係で、母島地区には南予地方の風習である牛鬼が伝わっています。
私たちの地区の牛鬼は小型で、10人前後で担ぎます。牛鬼が出るときは、三浦さんの広場で、神輿が練るときに一緒にグルグル練って回り、祭りを盛り立てます。

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ふるさと自慢魚は絶品。岩海苔、落花生も自慢の味

シシゾウ:沖の島でおすすめの特産物や観光スポットを教えてください。

市原さん:魚は文句なしにおいしいです。昔は一本釣りを専門にしている漁業者の方が多かったのですが、今はサンゴ漁にシフトされている方が多く、網漁で水揚げされる魚が中心です。海産物では岩海苔も自慢したい一品です。冬の一番寒い時期に海に出て、手で採るので収穫量は少なく、残念ながら商品として流通することは滅多にありません。大抵の方は収穫したものを自家消費する以外は島外の親戚知人に贈られているようです。島の土地は痩せているのですが、農産物では落花生がおいしいと評判です。落花生も収穫量が少なく商品として売られることはほとんどないので、旅館に泊まったときに食事に出てきたらラッキーです。

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メッセージ一緒に神輿を担いでいただける人、大歓迎です

市原さん:どこの地方も若者が少なくなって存続があやぶまれている伝統行事が多いと聞きます。私たちの祭りも地区に若者が少なくなっているため、これから先のことについては正直不安もあります。でも、地区の皆で続けていける限り精一杯頑張っていきたいと思っています。島の外から見に来られる方がいらっしゃったら昔ながらの伝統行事をぜひご覧いただきたいですし、希望されるなら一緒に神輿を担いでいただきたいです。諸手をあげて歓迎いたします。

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※祭り紹介者 弘瀬区 元区長 市原 芳政(いちはら よしまさ)さんにお応えいただいたインタビューをもとに、記事をまとめています。

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