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毛呂の流鏑馬祭

※このページは写真・文章ともに過去の祭り情報になります。 今年応援する祭りはこちらから

TV番組情報

制作
:TVS テレビ埼玉
放送
:12/4(日)19:00〜19:55

ダイドードリンコスペシャル

まちが育てる子殿様 ~毛呂の流鏑馬祭~

毛呂の流鏑馬祭

毛呂山町に平安時代から伝わる流鏑馬。秋の流鏑馬は町内3つの祭馬区から一の馬、二の馬、三の馬と3頭の馬が出され、「乗り子」となる3人の子ども達が矢を放ちます。「乗り子」は地域で選ばれた子供達。前年から引き続きの子もいれば、今年初めて挑戦する子もいます。また、「乗り子」を支えるのは「口取り」と呼ばれる20/30代の若者達。同じく経験者もいれば、初めて参加する人もいます。番組では、「乗り子」と「口取り」を軸に地域の成長を取材します。馬の練習を通して、地域の大人達に育てられていく子供達。また、「口取り」への参加を通して絆が生まれる地域の姿。流鏑馬を通じて地域が成長する様子を捉え、毛呂山町における流鏑馬祭開催の意義をつかみます。

祭り紹介

  • 祭り写真館

毛呂の流鏑馬祭

出雲伊波比神社の流鏑馬(やぶさめ)は、流派による武芸ではなく、地域に伝えられてきた祭りとしての流鏑馬で、春と秋に行われています。秋の流鏑馬は15歳前後の少年が射手となり、祭りの日まで禊を繰り返し流鏑馬にのぞみます。地域から選ばれた少年が矢を放ち、地域が安らかであるよう願います。

開催日
11月3日※毎年同日
場所・アクセス
埼玉県入間郡毛呂山町 出雲伊波比神社

■電車
・JR八高線「毛呂」駅下車、徒歩約5分
・東武越生線「東毛呂」駅下車、徒歩約10分

■車
・関越自動車道「坂戸西スマート」インターより約20分
・圏央自動車道「狭山日高」インターより約30分
お問い合わせ
毛呂山町 産業振興課 商工観光係/049-295-2112

※掲載された情報につきましては、独自に集積したものであり、変更されている場合もあります。
 お出かけの際には各祭りの主催者へのお問い合わせや公式サイトなどで必ずご確認ください。

歴史源義家が戦勝に感謝し、
神前に奉納した流鏑馬が起源

シシゾウ:毛呂の流鏑馬祭は、いつごろ始まりましたか?

紫藤さん:康平6年(1063)に源頼義・義家親子が東北の蝦夷征伐に向かう際、毛呂山町の出雲伊波比神社(いずもいわい)神社で戦勝を祈願しました。見事勝利をおさめた御礼として流鏑馬を奉納したのが始まりと伝えられています。
毛呂の流鏑馬祭は、乗り子と呼ばれる射手を15歳前後の少年が務めるところが大きな特徴です。平成22年(2010)に毛呂山町が「やぶさめサミットin毛呂山2010」を開催した折、毛呂山町歴史民俗資料館が全国の流鏑馬について調査をしたところ、100以上ある流鏑馬の中で少年が騎乗して矢を射るところは極めて少なかったそうです。なお、春にも同神社で流鏑馬が行われますが、そちらは静止した馬の馬上から7歳前後の乗り子が矢を射るというものです。
地元では流鏑馬の乗り子に選ばれるのは名誉なこととされています。過去に乗り子を務めた人の中にはオリンピック選手などになった人も結構いらっしゃいます。乗り子経験者が言うには、稽古を含めて10日間以上、普段は接する機会のない地区の年長者と一緒に過ごすので人間的に成長できるそうです。
現在、流鏑馬祭は11月3日に開催しますが、昔は10月29日が祭礼日でした。その日付からかつては「おくんち」と呼ばれることもあったようです。11月3日に日程を移動したのは、その日は例年雨が降りにくいというのが大きな理由です。

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みどころ本陣入りから焼米饗応、
野陣など合戦を模した行事が盛りだくさん

紫藤さん:毛呂山町は中世、毛呂郷と呼ばれ、藤原氏の流れをくみ、源頼朝の家臣だった毛呂氏によって治められていました。流鏑馬祭にはこの毛呂郷を3分割した3つの祭礼区からそれぞれ1頭の馬と乗り子が出されます。3頭の馬は、リーダー格を一の馬、以下二の馬、三の馬と呼びます。一の馬は一年ごとの持ち回りで、一の馬を務めた祭礼区は翌年、三の馬を務めます。

シシゾウ:祭りの流れを教えてください。

紫藤さん:一連の行事は11月1日のノッコミから始まります。毛呂本郷集会所に祭宿(まつりやど)になる本陣が設けられ、流鏑馬の装束をつけ、騎乗した乗り子が乗り込みます。乗り子は、本番の1週間ほど前から流鏑馬の会場になる神社境内の百間(ひゃっけん)馬場で騎射の練習を行います。最近は、馬場での稽古に入る前に乗馬クラブで練習することが多いです。稽古終いは10月31日で、その晩、乗り子たちは神社の近くにあるミタラセ池で禊を行います。
2日は重殿(じゅうどの)行きといって、前久保地区の重殿淵(じゅうどのぶち)に出かけて禊を行います。重殿淵は神社から数キロ離れている川の瀬で、ミタラセ池に落とした柄杓が流れ着いた場所といわれています。そこへ乗り子は陣笠、陣羽織、袴をつけ、馬に乗って行列して向かいます。乗り子には矢取りと口取りと呼ばれる役目の人間がずっと付き添います。矢取りは乗り子の矢や鞭を持つ世話役で、経験豊富な年配者が務めます。口取りは馬を扱うのが主な役目で、20歳前後の若者が務めます。口取りをするのは乗り子経験者が多いです。
重殿淵の行事が終わると、乗り子は前久保地区の集会所で焼米饗応(やきごめきょうおう)といって昔、戦場で食べられていたという焼米で接待を受けます。
その晩、本陣では、翌日の出陣にまく「追出(おいで)の餅」を準備するため、各祭礼区の人たちが集まって餅つきが行われます。餅は小さく丸められ、半紙に包まれます。そしてその晩、乗り子と矢取りは本陣に泊まります。

シシゾウ:本祭りでは午前の「朝的(あさまとう)」と午後の「夕的(ゆうまとう)」の2回騎射が行われるそうですね。

紫藤さん:本当の出陣は夕的になります。朝的は午前9時、前日と同じ装束をつけた乗り子が百間馬場で騎射を行います。その後、合戦場での陣の様子を再現した陣幕で乗り子と矢取りが神官から供応を受ける野陣(のじん)という儀式が行われます。この野陣もそうですが、毛呂の流鏑馬祭はあらゆる指令が本陣から一の馬に出されたり、随所に昔の合戦の作法を伝えています。そういう古式の踏襲もみどころだと思います。

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注目ポイント約200メートルの馬場を疾走。餅まきのお楽しみも

紫藤さん:夕的は午後に行われます。出陣にあたって、乗り子はそれまでの陣笠ではなく、地区の人たちが手作りした房飾りのついた花笠をかぶり、背中には矢よけのホロを背負って馬に乗ります。装束の色は一の馬が白、二の馬が紫、三の馬が赤主体になっています。この色には意味があり、白は源氏、紫は藤原氏、赤は平氏を指しているといわれています。
本陣を出発した乗り子一行は、毛呂氏が最初に居を構えたと伝えられる榎堂のエノキの木を回って神社に向かいます。道中、通り沿いの家の屋根から祭りの役員が追出の餅をまきます。

シシゾウ:夕的の騎射について教えてください。

紫藤さん:騎射の前に、一の馬の乗り子が、馬を歩ませて一の的を射る願的(がんまとう)が行われます。このときには先端がとがっていない矢が用いられます。願的が終わると乗り子は花笠とホロをはずし、陣笠をかぶり、馬場を往復して軽く馬を走らせます。陣道(じんみち)と呼ばれるこの儀式が終わると本番です。馬場の長さは約200mあり、的が3つ設置されます。乗り子は相当なスピードで馬を走らせ、3つの的を射ます。各乗り子は3回ずつ騎射を行いますが、3つの的をすべて射抜くことは滅多にありません。 騎射が終わると、扇子、ノロシ、ミカン、餅、鞭と呼ばれる馬上芸も披露されます。扇子は、乗り子が3つ用意された扇子のひとつを口にくわえ、2つは両手にそれぞれ持って、手綱から手を放して馬場を駆ける技です。ノロシは、細長く切った色紙を両手に持ち、なびくように馬を走らせます。鞭は棒に紙の飾りをつけた祭具を鞭に見立てて馬を疾走させます。観客のみなさんのお楽しみは、ミカンと餅です。ミカンは毛呂山町内で収穫される小さなのミカン、餅は追出の餅を、乗り子が馬を走らせ馬上から観客にまきます。最近は、アトラクションとして追出の餅を包む半紙の中にくじを入れています。当たりくじを引くと縁起物として流鏑馬の矢やホイホイ棒などの祭具が贈られます。ホイホイ棒というのは、乗り子が出陣で行列するとき、お付きの人たちが持って歩く紙の房をつけた棒です。なお、私が小さかったころは、流鏑馬祭は毛呂のホイホイ祭とも呼ばれていました。

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ふるさと自慢全国で有数の伝統を持つゆず栽培

シシゾウ:毛呂山町でおすすめの特産物や観光スポットを教えてください。

紫藤さん:毛呂山町はかんきつ類の栽培が盛んです。中でもゆずは、町内の滝ノ入(たきのいり)地区が日本最古の産地といわれ、桂木(かつらぎ)ゆずの名前で出荷されています。
観光スポットでは、毛呂山総合公園のプール跡地で育てられている古代蓮をはじめとする花蓮がおすすめです。山間部にある鎌北湖(かまきたこ)は、へらぶな釣りやボート漕ぎが楽しめ、春は桜、秋は紅葉が見事です。

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メッセージ流鏑馬を見て、遠い昔に思いを馳せてください

紫藤さん:伝統のある祭りを見に毛呂山町にお越しいただきたいと思います。今の世の中は伝統が薄れてきていますので、私たちの古式に則った流鏑馬をご覧いただき、昔の気分を味わっていただきたいです。祭り当日は、馬場でご観覧のみなさんのために解説をアナウンスしますので内容を理解してご覧いただけると思います。

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※祭り紹介者 出雲伊波比神社やぶさめ保存会 会長 紫藤 利夫(しとう としお)さんにお応えいただいたインタビューをもとに、記事をまとめています。

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