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舞阪大太鼓祭り

※このページは写真・文章ともに過去の祭り情報になります。 今年応援する祭りはこちらから

TV番組情報

制作
:SBS 静岡放送
放送
:11/12(土)16:00〜16:54

ダイドードリンコスペシャル

響け!海の男の心意気 ~浜松市・舞阪大太鼓祭り~

舞阪大太鼓祭り

舞阪町はシラス漁や潮干狩りで有名な浜名湖沿岸の漁師まちです。舞阪大太鼓祭りは毎年旧暦9月14日と15日、岐佐神社の秋の例祭として行われています。直径約2メートルの巨大な太鼓を乗せた太鼓台や屋台が繰り出し、手踊りも加わって賑やかに繰り広げられます。太鼓台は大小合わせて8つ。中には直径2.4メートルのものもあります。バチもまた巨大で長さは約1メートル、男たちは晒を手に巻いて血が滲むまで力の限りたたき続けます。番組では祭りの準備から本番まで、熱い思いを傾ける人々を中心に、漁師まちならではの力強い熱気を伝えます。

祭り紹介

  • 祭り写真館

舞阪大太鼓祭り

潮干狩りで有名な浜名湖の畔、岐佐神社の例祭。直径1.8メートルを超える巨大な太鼓をつけた屋台が8台あります。バチも巨大で、約1メートル。男達は連日、拳に巻きつけた晒に血が滲むまで力の限り叩き続けます。太鼓屋台が三連の鳥居を勇壮に叩きながら上り下りする場面は圧巻で、本祭りで披露されます。

開催日
旧暦9月14日〜15日
場所・アクセス
静岡県浜松市西区舞阪町舞阪 岐佐神社

■電車
JR東海道「弁天島」駅下車、徒歩約15分

■車
東名高速「浜松西」より約30分
お問い合わせ
浜松市西区舞阪協働センター/053-592-2111

※掲載された情報につきましては、独自に集積したものであり、変更されている場合もあります。
 お出かけの際には各祭りの主催者へのお問い合わせや公式サイトなどで必ずご確認ください。

歴史踊りの奉納から太鼓の奉納に変遷

シシゾウ:舞阪大太鼓祭りは、いつごろ始まりましたか?

鈴木さん:舞阪大太鼓祭りは岐佐(きさ)神社の例祭です。神社の記録によると慶安元年(1648)に「毎年9月15日に踊りを奉納」とあり、江戸時代の早いころから祭りが行われていたようです。太鼓が登場するようになったのは江戸時代末期のことです。元々、太鼓はお囃子の一楽器で、当初は普通のサイズでした。それが太鼓を新調する際、氏子町の西町、砂町(すなまち)、新町(しんまち)、仲町(なかまち)が競って大きくしていった結果、大型化が進み、直径が2メートルを超すまでになりました。一番大きな太鼓の直径は約240センチあり、それが岐佐神社の入り口の三連になっている鳥居を通り抜けられるギリギリのサイズです。各町はこの大太鼓のほかにもう1台、中学生が叩く一回り小さな中太鼓も所有しています。
舞阪の大太鼓は締太鼓で、太鼓の革は牛の一枚皮をきつく締めて用います。太鼓が巨大なので太鼓を叩くバチも野球のバットのような長さで、特別にあつらえたものです。このバチを両手に握り、身体ごとぶつかるように叩くと独特の炸裂音がします。
大太鼓は維持、管理が大変で、革の張り替えには100万円近い費用がかかります。当然、毎年は張り替えられないので、祭りを仕切る年番が回ってきた年に新調する町内が多いです。古くからの住民は祭りに対する思い入れが深く、革の張り替えのために、皆でお金を積み立てています。

シシゾウ:旧暦の開催にこだわっておられるそうですね。

鈴木さん:舞阪大太鼓祭りは伝統を非常に重んじます。近年、祭りに参加しやすいように本来の開催日から土日に日程を移すところが多いですが、舞阪大太鼓祭りは昔から、旧暦の9月15日開催を守っています。この日はちょうど大安吉日のハレの日にあたり、日が暮れて神輿と大太鼓一行がお渡り先から神社に戻るとき、晴れていると月明かりに照らされて、とても雰囲気があります。
この祭りは時間厳守が徹底されており、スケジュールは分刻みで決められています。各町が行う太鼓の奉納も、持ち時間が正確に管理され、1秒でもオーバーすることは許されません。そういうところでも昔からのしきたりがきちんと守られています。

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みどころ勇壮な大太鼓、いなせな木遣り、
華やかな手踊りの競演

鈴木さん:本祭りの前日は宵祭りで、昼から夜にかけて4町の大太鼓と中太鼓が繰り出し、自分たちの町内を練り歩きます。大太鼓の前では、未婚の女性や幼稚園の女児、女子小中学生が手踊りを披露し、華やかさを添えます。
午後9時になると各町は大太鼓を岐佐神社境内に運び込み、翌日の本祭りに備えます。

シシゾウ:本祭りの流れを教えてください。

鈴木さん:当日は朝から神社で神事が行われ、その後神輿のお立ちです。神輿を担ぐのは年番町の氏子で、白装束に烏帽子をつけます。
神輿が動く前には約10分間、木遣り唄が歌われ、合いの手も入って盛り上がります。ここがお立ちの見せ場です。木遣り唄は伊勢から伝わったもので、昔、伊勢神宮に参拝した地元の人が聞き覚えてきたのではないかといわれています。舞阪町には木遣り唄を誇りに思っている人が大勢います。余談になりますが、舞阪町は昔から伊勢神宮との御縁が深く、昔は漁船を新造すると大漁旗を掲げてお参りにいくのが恒例でした。現在も毎年、関係者が参拝に行きますし、式年遷宮で御用材を運搬する御木曳にも参加させていただきました。
神社の境内と3つの鳥居の間は28段の急な石段になっています。大太鼓がその石段を上げ下ろしされるところはこの祭りのみどころのひとつです。お立ちのときには、各町内の力自慢の男たちが補助の綱も使いながら「よいしょ、よいしょ」と一段ずつ大太鼓を運び下ろします。その間も、太鼓は休まず打ち鳴らされます。
神輿がお渡りするのは神社から約1.3キロ離れた稲荷山の御仮屋です。渡御行列は神輿を先頭に、各町の大太鼓が縦列になって舞阪町の目抜き通りを進んでいきます。年配の住民の方々は神輿が通りかかるのを自宅近くで待っていて、神輿がやってきたらお賽銭をあげて拝みます。行き帰りの道筋には1ヵ所、御神輿休所(おみこしやすみどころ)が設けられていて、そこで約1時間休憩をとります。御神輿休所を出るときにも木遣り歌が歌われます。
神輿一行が御仮屋に着くのは昼過ぎで、約3時間滞在します。夕方、還御で御仮屋を出発するときにも木遣り唄が歌われ、来たときと同じように、宿場町の風情が漂う道中をにぎやかに練り歩きながら帰路につきます。

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注目ポイント荒ぶる五分間練りの太鼓で祭りは最高潮に

シシゾウ:大太鼓の打ち方に決まりはありますか?

鈴木さん:笛の囃子に合わせて打ち方を変えています。舞阪町の囃子は、標準的な練り囃子、自町から他町に入ったときの道中囃子、御旅所から帰ってくるときの帰り囃子など場面に応じた曲が数種あります。
大太鼓の奏者を務めるのは各町の高校卒業から30歳までの青年で、30代、40代のOBも支援します。太鼓をよく鳴らすために渾身の力を込めて打っていると、バチを握る手の皮が剥け、拳に巻いた晒に血がにじみます。大太鼓を打つのは体力を相当消耗するので、一節ごとを目安に交替で叩きます。
御旅所に神輿が着いたときと宮入りするときには五分間練りといって、社殿前で各町の大太鼓が5分間ずつ、囃子に合わせて激しく打ち鳴らされます。

シシゾウ:宮入りの様子を教えてください。

鈴木さん:神輿と各町の太鼓が御旅所から神社に戻ってくるのは午後8時過ぎです。各町は最後の太鼓打ち込みになる五分間練りのためにそれぞれ30分の持ち時間を与えられています。その間に石段上りをして大太鼓を境内の社殿正面に据え付け、五分間練りを披露します。奏者が頻繁に入れ替わりながら激しく太鼓を打ち鳴らす光景は迫力満点で、この祭り最大の見せ場となります。

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ふるさと自慢遠州灘と浜名湖の海の幸が豊富

シシゾウ:浜松市舞阪町でおすすめの特産物や観光スポットを教えてください。

鈴木さん:舞阪町はかつての東海道五十三次の宿場町の舞阪宿です。浜名湖と遠州灘に面していて昔から漁業が盛んです。中でも遠州灘で獲れるしらすは日本一といわれています。浜名湖も海の幸が豊富で、ウナギやカキ、ノリ、天然物のアサリが獲れます。
観光名所では、浜名湖の西にある弁天島が「弁天の夕照」といわれる夕焼けの名所です。冬至のころは島のシンボルの赤鳥居の中を通って夕陽が沈むため、その光景をカメラにおさめようとカメラマンが大勢訪れます。

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メッセージ海の男たちの勇姿をぜひご覧ください

鈴木さん:映像でご覧になるよりも、実際に舞阪町にお越しいただいてご覧いただくと祭りのすばらしさをより一層体感していただけると思います。海の男たちの力強い演技を肌で感じて頂きたいので、舞阪町にぜひお出かけください。

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※祭り紹介者 舞阪大太鼓保存会 会長 西町総代 鈴木 英夫(すずき ひでお)さんにお応えいただいたインタビューをもとに、記事をまとめています。

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