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太宰府天満宮 神幸式大祭

※このページは写真・文章ともに過去の祭り情報になります。 今年応援する祭りはこちらから

TV番組情報

制作
:RKB毎日放送
放送
:10/29(土)14:00〜14:54

ダイドードリンコスペシャル

天神さまと歩く道 ~太宰府天満宮・神幸式大祭~

太宰府天満宮 神幸式大祭

年間700万人もの観光客が訪れる福岡県の太宰府天満宮。この地で没した学問の神様、菅原道真公を祀るこの神社最大の祭りが、秋の神幸式大祭です。道真公の御神霊を慰め、五穀豊穣に感謝するこの祭り、見どころは華麗な時代装束に身を包んだおよそ500人の奉仕の人々に守られた道真公の御神輿が、公が生前暮らした榎社まで下る行列です。榎社には、不遇な日々を送っていた道真公に心尽くしのお世話をした老女も祀られ、公と年に一度の再会を果たします。また室町期ごろより連綿と伝えられてきた童女たちによる「倭舞」や六座と呼ばれる門前町の六家が守ってきた「竹の曲」が奉納され、祭りに花を添えます。番組では、長く守り伝えられてきた古式ゆかしい式典の数々と、道真公を敬愛する町の空気をお伝えします。

祭り紹介

  • 祭り写真館

太宰府天満宮 神幸式大祭

年間約700万人もの観光客が訪れる福岡県の太宰府天満宮。この地で没した学問の神様、菅原道真公を祀るこの神社最大の祭りが秋の神幸式大祭です。道真公の御神慮を慰め、五穀豊穣に感謝するこの祭りでは、平安時代の衣装に身を包んだ約500人の氏子たちに守られながら道真公の御神霊をのせた神輿がかつて暮らした榎社まで下り、また太宰府天満宮まで上ります。

開催日
9月20日〜9月25日※毎年同日
場所・アクセス
福岡県太宰府市 太宰府天満宮

■電車
西鉄「太宰府」駅下車、徒歩約5分

■車
・「太宰府」インターから約15分
・「筑紫野」インターから約20分
お問い合わせ
太宰府天満宮総務部/092-922-8225

※掲載された情報につきましては、独自に集積したものであり、変更されている場合もあります。
 お出かけの際には各祭りの主催者へのお問い合わせや公式サイトなどで必ずご確認ください。

歴史約1000年の伝統を持つ太宰府天満宮最大の祭事

シシゾウ:太宰府天満宮 神幸式大祭は、いつごろ始まりましたか?

味酒さん:神幸式大祭は、御祭神の菅原道真公の御神体を遷した御神輿(ごしんよ)が、行宮(あんぐう)の榎社(えのきしゃ)にお渡りして一泊され、翌日お戻りになるという祭事で、平安時代の康和3年(1101)、大宰府政庁の長官にあたる大宰権帥(だざいごんのそち/だざいごんのそつ)、大江匡房(おおえの まさふさ)によって始められました。太宰府天満宮にとって一年間で一番大きな祭事です。
一般的に神社の秋季例祭の神輿渡御は、御祭神が神輿に乗って氏子地区に出かけ、農作物の出来や氏子の暮らしぶりをご覧になるというのが本義です。太宰府天満宮の神幸式はそれに加えて、御神幸で出かける場所そのものに大きな意味があります。榎社は菅原道真公が生前住まわれていた南館(みなみやかた)です。無実の罪で京都から太宰府に流され、困窮した暮らしを送っていた道真公は浄妙尼(じょうみょうに)という女性から食事をはじめ心尽くしの世話を受けました。現在、榎社には浄妙尼が祀られている社(やしろ)があります。年に一度の御神幸で、道真公は浄妙尼のもとへ出向かれ、お世話になったお礼をするという意味を併せ持つところが他所の神社の御神幸とは異なるところです。

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みどころ約500人の大行列には神牛、御所車も登場

シシゾウ:神幸式の行列について教えてください。

味酒さん:御神輿を中心とする総勢約500人の大行列です、御本殿から約3キロ離れた榎社まで約2時間半をかけて渡御するお下りは例年午後8時、翌日還御されるお上りは午後3時半に出発します。
行列に奉仕する人たちは、狩衣をはじめとする時代装束をまとっています。行列の先頭は、「下(した)に~下に」とお触れをする先払(さきばらい)の鉄杖が務め、騎馬した先導の神官、鉾や刀、高張提灯、駒形などの道具類を持った威儀(いぎ)の者、狩衣をつけ雅楽を奏する伶人(れいじん)などが続いた後、御神輿が与丁(よちょう)と呼ばれる担ぎ手に担がれて静々と進みます。御神輿の後には神馬、神牛、神官、氏子関係者、太宰府市長をはじめ地元の要職者が続きます。
太宰府天満宮の御神輿は、鳳輦(ほうれん)神輿で、飾り金具や鈴などがたくさんついています。普通に担ぐと音が鳴ってしまいますが、御祭神をわずらわせないため、音を一切鳴らさない決まりです。そのため、与丁を務める氏子の若者は、水を張ったたらいに、ろうそくを載せた板を浮かべ、ろうそくの火が消えないように運ぶ訓練を受けます。また、与丁は慣わしで昔の京言葉を使います。例えば御神輿を持ち上げるときは、「お前お静かにおもりまして」という具合です。

シシゾウ:御神幸の行列で太宰府天満宮ならではの特色はありますか?

味酒さん:神馬が御神幸の行列に加わることは珍しくないと思いますが、神馬だけでなく神牛も加わるところは天満宮らしいと思います。道真公の遺骸を曳かせた牛が臥せたところが太宰府天満宮の御本殿の場所になったと言い伝えられるほど、牛は天満宮にゆかりの深い存在です。
御所車にも注目です。昔、御所車を作るには天皇の許可が必要でした。太宰府天満宮は早くから勅許を得て御所車を作り、現存の御所車をはじめ車体のものを数台所有しています。そのうち、3台が神幸式の行列に登場します。当時の姿を完全にとどめているのは1台です。上の部分がない御所車は花を載せた大花車(おおはなぐるま)に仕立てて牛に曳かせています。
お下りの道中、御神輿は道真公が「観音寺只聴鐘声(観音寺はただ鐘声を聞く)」と詩に詠んだ名刹の観世音寺(かんぜおんじ)の近くを通ります。そのときは道真公に敬意を表して国宝の梵鐘が鳴らされます。また、御本殿から南方に約6キロ離れた筑紫野市の天拝山(てんぱいざん)の山頂ではお下りの目印として迎え火が焚かれます。道真公はその昔、天拝山の山頂で無実を天に誓ったと伝えられています。迎え火を焚くのは天拝山山麓の大門地区(だいもんちく)の住民の方々で、代々、迎え火の行事を受け継いでおられます。

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注目ポイント日本の芸能の原点を今に伝える倭舞と竹の曲

シシゾウ:神幸式のお上りの日に奉納される倭舞(やまとまい)と竹の曲(たけのはやし)について教えてください。

味酒さん:倭舞は、ミカンコと呼ばれる小学校中学年の童女4人によって舞われる京舞の流れをくむ舞です。太宰府には、室町時代ごろ伝わったといわれています。踊りを伝えるのは惣市家(そうのいちけ)という女性が当主を務める家で、毎年氏子地区から選ばれたミカンコに舞を指導します。全体で15分程の舞で、扇を持って舞う舞と鈴を持って舞う舞によって構成されています。優雅さの中にも京舞の庶民性が感じられるのが特徴です。
竹の曲は、倭舞とほぼ同時代に太宰府に伝わったといわれています。踊りを伝承するのは太宰府天満宮の門前で米屋、鋳物屋、鍛冶屋、小間物屋、相物屋(魚屋)、染物屋の商売を営んでいた六座(ろくざ)と呼ばれる家の子孫の方々です。六座には安土桃山時代の能面が伝わっていることから、昔は多彩な舞をレパートリーにしていたようですが、現在伝わるのは竹の曲1曲です。六座の人たちの謡と締め太鼓と横笛に合わせて、小学校高学年くらいの声変わりをする前の男児が竹のささらや扇を持って舞います。謡の歌詞は難解で、現代の私たちには何を言っているのか分からないのですが、研究者によると竹林の七賢人について歌っているのではないかということです。素朴な舞ですが、田楽に室町時代に誕生した能の要素が加わった日本の舞の原点ともいえる舞です。当時は、各地の神社仏閣で舞われていたと考えられますが、現在では廃れてしまっています。太宰府天満宮に継承されているのは、氏子の方々が祭りを大切にしてきてくださったからこそだと思います。

シシゾウ:最終日の千灯明(せんとうみょう)はどのような行事ですか?

味酒さん:道真公の神慮(みこころ)をお慰めするために、境内の心字池(しんじいけ)のほとりと池に架かる橋にろうそくを1000本立てて灯し、池に設営した水上舞台で巫女による神楽舞とミカンコによる倭舞を奉納します。暗闇の中、1000本のろうそくが池の水面に映って2000本の灯りとなり、非常に厳かな雰囲気があります。ちなみに、池に架かる太鼓橋、平橋、太鼓橋の三橋はそれぞれ過去、現在、未来を表しています。神社ではありますが、仏教的な要素も感じられる行事です。

シシゾウ:そのほか、注目の行事はありますか?

味酒さん:大祭最終日前日の午後7時から御本殿で行われる古式献饌祭(こしきけんせんさい)は珍しい神事なので、機会があれば拝観されることをおすすめします。献饌祭は神様の食べ物になる神饌(しんせん)を献上する、神社で広く行われている祭事です。太宰府天満宮の古式献饌祭は、その名の通り、古式な神饌をお供えします。米をつぶし、輪っか状に固めた神饌は他所の神社ではまず見られないと思います。
古式献饌祭が初めて行われたのは明治35年(1902)の太宰府天満宮菅公御神忌千年祭です。江戸時代に著された文献に当時の御神饌が描かれていたことから、それを復元し、記念行事として斎行されました。そして、次に行われたのが平成14年の太宰府天満宮御神忌千百年大祭で、翌年から恒例行事になりました。
古式献饌祭では一般の方が拝観できるように席をご用意しています。古式神饌をお供えする儀式のほか、浦安の舞や悠久の舞など4人1組の巫女によって奉納される御神楽(みかぐら)もご覧いただけます。

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ふるさと自慢道真公を苦境から救った梅ヶ枝餅

シシゾウ:太宰府市でおすすめの食の特産物を教えてください。

味酒さん:太宰府を代表する味といえば道真公ゆかりの梅ヶ枝餅(うめがえもち)でしょう。小豆餡の入った素朴な焼き餅で、太宰府に流された当初、食事に事欠き、鶴の足のように痩せてしまった菅原道真公のために浄妙尼が餅を梅の枝にまきつけて差し入れをしたという伝承が名前の由来です。
昔、太宰府天満宮に参拝する旅人は、行きは握り飯を持参し、帰りは参道で梅ヶ枝餅を買って食事代わりにしたものでした。元々は焼き味噌餡で、現在のように小豆餡になったのは砂糖が世の中に普及した江戸時代後期といわれています。
現在、太宰府天満宮の参道と境内には約50軒の梅ヶ枝餅のお店があります。毎月17日の九州国立博物館開館を記念する「きゅーはくの日」には古代米の梅ヶ枝餅、25日の天神さんの縁日には、ヨモギ入りの梅ヶ枝餅が売られます。

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メッセージ祭りを通じて御祭神の菅原道真公を偲んでください

味酒さん:御祭神の菅原道真公は学問に優れていただけでなく、政治家や教育者としても卓越した手腕を発揮した日本の歴史上、屈指の傑物でいらっしゃいます。太宰府天満宮神幸式大祭は、道真公の生前を偲ぶことによって、無実の罪を着せられ太宰府でお亡くなりなった道真公の御神霊(みたま)を鎮める祭りですので、ぜひ参列をしていただきたいと思います。また、テレビで祭りをご覧になるときは、私がここでお話しした内容を思い出していただければ嬉しく思います。

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※祭り紹介者 太宰府天満宮 禰宜 味酒 安則(みさけ やすのり)さんにお応えいただいたインタビューをもとに、記事をまとめています。

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