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糸崎「仏舞」

※このページは写真・文章ともに過去の祭り情報になります。 今年応援する祭りはこちらから

TV番組情報

制作
:FBC 福井放送
放送
:5/10(日) 13 : 00〜13 : 55

ダイドードリンコスペシャル

舞うは誰がため 〜糸崎 仏舞〜

糸崎「仏舞」

『糸崎「仏舞」』は福井県福井市糸崎町の糸崎寺に1200年以上前から伝わり2年に一度開催される祭り。国の重要無形民俗文化財に指定されています。寺の観音堂正面に設けられた石舞台で、金色の仏面と黒い僧衣を身にまとった8人の舞人たちが優美に舞を踊り奉納します。その姿は、緩やかで繊細。仏が別世界に誘うかのようで、見る人は魅了されます。この舞には、仏の慈悲と喜びを分かち合うという意味が込められ、その想いをわずか37戸の小さな集落が1200年以上も連綿と受け継いできたのです。しかし、過疎化や少子化が進み、昨今の問題は、後継者不足。「時代は変わっても祭りだけは守りたい・・・」親は多くを語らずとも想いを受け継いでくれると信じながら祭りに向き合います。子の世代、孫の世代は伝統の重みを受け止めてくれるのだろうか?

祭り紹介

  • 祭り写真館

糸崎「仏舞」

福井県福井市糸崎町の糸崎寺に1200年以上前から伝わり2年に一度開催される舞楽で、祭り当日は観音堂の正面に設けられた舞台で、金色の面を付けた舞人が舞を奉納します。伝承によると、千手観音をこの地に安置した際、大勢の菩薩が喜びの舞を舞ったのが始まりとされ、国の重要無形民俗文化財に指定されています。

(祭りの国重要無形民俗文化財の登録名称は「糸崎の仏舞」ですが、DyDo日本の祭りでは『糸崎「仏舞」』とさせていただいております。ご了承ください。)

開催日
4月中旬※2年に一度
場所・アクセス
福井県福井市糸崎町 育王山龍華院糸崎寺 観音堂石舞台

■電車
JR「福井」駅より京福バスにて鮎川(アユカワ)小丹生(コニュウ)方面乗り場から約40分「松陰(マツカゲ)」で下車、徒歩にて約15分案内看板あり

■タクシー
JR「福井」駅より約30分。運転手さんに、鷹巣(タカス)の糸崎町までとお伝えください。案内看板あり

■車
北陸自動車道の場合、関西方面から「福井」インター、富山方面から「福井北」インターで降り、国道305号線へ。糸崎町は沿線。所要時間約40~50分。ナビの天満神社(糸崎町)が会場。駐車場多少あり
お問い合わせ
福井市教育委員会 事務局 文化課
0776-20-5367(月~金 9時~17時)

※掲載された情報につきましては、独自に集積したものであり、変更されている場合もあります。
 お出かけの際には各祭りの主催者へのお問い合わせや公式サイトなどで必ずご確認ください。

歴史伝説の菩薩と天女たちの喜びの舞を表現

シシゾウ:糸崎「仏舞」は、いつごろ始まったのですか?

伊坂さん:糸崎「仏舞」は、1250年以上の歴史を持つ育王山龍華院糸崎寺(いくおうざんりゅうげいんいとさきじ)に伝わる行事で、寺院創建とほぼ同時期に始まったと言い伝えられています。寺の縁起書によると糸崎寺は養老3年(719)に、白山(はくさん)を開き、山岳信仰の祖とされる泰澄(たいちょう)大師が仏教教化のために自ら仏像を刻み、草庵を結んだ(作った)のが始まりです。その後、天平勝宝8年(756)に唐の国の高僧、禅海上人(ぜんかいしょうにん)が船で糸崎寺付近を通りかかったとき、風景が故郷によく似ていたため、喜んで岩屋に庵を建てました。伝説では上人が修行に励んでいるとき、糸崎から少し離れた、現在の鷹巣海水浴場のある浜に、緑色の毛に覆われた大亀の背に乗って金色の観音像が現れたので、糸崎寺の本尊としてまつることになりました。観音像が観音堂に安置されるとき、紫雲に乗って菩薩たちが現れ、天女たちとともに喜びの舞を踊ったといいます。その様子を表現したのが糸崎「仏舞」の原型と伝えられ、平成16年に国の重要無形民俗文化財に指定されています。
仏舞が中国から伝来した、その詳細については長い間不明でした。以前、福井市が仏舞のドキュメンタリー映画を製作したとき、スタッフが中国に行って調査をし、禅海上人の出身が浙江省寧波市(せっこうしょうにんぽーし)の「阿育王寺(あいくおうじ)」であることを突き止めました。そこで糸崎寺仏舞保存会のメンバーが現地に赴き、里帰りという形で仏舞を披露しました。

シシゾウ:糸崎町出身でないと、仏舞の舞人になれないというのは本当ですか?

伊坂さん:はい。子どもが多かった昔は、糸崎で産湯を使った長男に限定されていました。少子化の今はそこまで要件を厳しくしていませんが、糸崎の産湯を使ったという条件だけは厳守しています。昔と違い、今は病院でお産をするので糸崎の湧水を病院に持っていき、産湯として使ってもらえるように依頼しています。私も子どもが生まれるとき、湧水を病院に持っていきましたし、今の若い人たちにも仏舞の伝統を守るためにお願いしています。

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みどころ仏様のありがたい世界に誘う8人の舞人たち

伊坂さん:糸崎「仏舞」の開催は隔年で、糸崎寺観音堂の前に設けられた5メートル四方の石舞台で披露します。舞人を務めるのは成人男性で、手仏(てぼとけ)4名、打鼓仏(だごぼどけ)2名、撥仏(はしぼどけ)2名の計8人で構成されます。舞人は全員、金色の仏面と黒い僧衣を身にまといます。手仏は手になにも持ちませんが、打鼓仏は左手に打鼓(=小さい太鼓)、右手にバチ、撥仏は腰に形だけの小さな太鼓をつけ、両手にバチを持ちます。そのほかの出演者として、小学高学年から中学生くらいの少年2名が扮する金色の仏面に青い法衣をつけた念菩薩(ねんぼさつ)、幼稚園から小学校低学年の男児2名が扮する白い童子面に白い法衣をつけた角守り(かどまもり)も舞台に登場します。
仏舞の始まりは住職の読経の後、巡礼者姿で稚児達(小・中学生が中心ですが、大人の婦人も加わります)が「なあ~むや大慈の観世音」と口ずさみます。御詠歌(花和譛)が終了し本堂に戻ると、半鐘が打ち鳴らされ、太鼓と鉦に合わせて年配の人が先導になり、住職・楽人・角守り・念菩薩、そして手仏をはじめとして八人の舞い人が本堂より舞台へ向かいます。
仏舞は「一番太鼓の舞」、「二番太鼓の舞」、「三番太鼓の舞」の3曲です。二番太鼓の舞と三番太鼓の舞の間には念菩薩が舞う「念菩薩の舞」が挟まれます。角守りはその名の通り、舞の最初から終わりまで舞台の隅に控え、手を合わせた状態でじっとしています。
昔はすべてを舞い終えるまで3時間近くかかっていましたが、今は繰り返し部分などをカットし、40分程度に短縮して行っています。

シシゾウ:仏舞のみどころを教えてください。

伊坂さん:一番太鼓の舞、二番太鼓の舞、三番太鼓の舞は、伴奏の太鼓と鉦(しょう)に合わせて優美に動きます。3曲とも所作はほとんど一緒で、変わるのは太鼓と鉦の拍子です。例えば、一番太鼓は「ヒーヒトツ、フターツ、ミーイッツ、ヨーツ、イツツ、ムーツ、ナナデンデン」、二番太鼓は「チンカンチンカンドーンドン」、三番太鼓は、一番太鼓・二番太鼓と同じ「ドーンドーンドーンドンドンドンドンドンドーンドーン」から一呼吸おいて「テーンカカカ、マンカーカ」というリズムをとります。
手仏、打鼓仏、撥仏は舞台中央で円陣になり、時計回りにゆるやかに回りながら、手仏なら手を正面に伸ばし、右手を手首に添えるなど、それぞれの仏に特有の所作をします。撥仏の所作は、手仏や打鼓仏に比べて複雑なので、大抵ベテランが演じます。三番太鼓では、手仏が各2名、打鼓仏、撥仏が各1名ずつ抜けて、撥仏が舞のこり※となり喜びをいつまでも続けたく、去り難い表現をしています。
仏舞の出演者が本堂から花道を渡って石舞台に登場するときの、舞人の独特な足の運びにも注目です。「ドーンドン、ドーンドン」という太鼓と鉦のリズムに合わせて右足から踏み出すのですが、踏み出しの足を高く上げてから、左足のつま先にかかとが付くように足を降ろします。左足も同様にして、右足のつま先にかかとがつくように降ろします。そうやって一歩一歩厳かに進んでいきます。仏舞が終わると、舞台に入った時と同じ順番で本堂へ帰ります。

※舞のこり・・・最後の1人になること。

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注目ポイント喜びを分かち合う尊さを伝える念菩薩の舞

シシゾウ:念菩薩の舞のみどころを教えてください。

伊坂さん:念菩薩の舞は、楽人(がくにん/がくびと)が演奏する雅楽の越天楽(えてんらく)に合わせて舞うところが仏舞との最大の違いです。念菩薩の仏面の一方は口が開いた阿(あ)の面、一方は口を閉じた吽(うん)の面で、阿の念菩薩は金の蓮の花を2本持ち、吽の念菩薩は笏(しゃく)と呼ばれる上部が三角になった長方形の薄い板を持っています。
二番太鼓の舞が終わり、仏舞の舞人たちが舞台の山側と海側に分かれて控えると、念菩薩の2人は舞台中央に進み出て、正面に置かれた経机(きょうつくえ)の前で拝礼し、吽の菩薩は笏を机上に置き、阿の面菩薩は蓮の花の1本を吽の面菩薩に手渡します。この所作には、仏様の慈悲と喜びを分かち合うという意味が込められているといわれています。

シシゾウ:そのほかに注目点はありますか。

伊坂さん:仏舞で舞人がつける面と衣装は年代物で非常に貴重です。現在使用していませんが、鎌倉時代の面も残っていて糸崎寺に保管されています。以前、千葉県大本山の成田山新勝寺(なりたさんしんしょうじ)の貫首様がおみえになったとき、仏舞の古い面をご覧になって「このような面は滅多にない」とお褒めくださいました。古い面は、元々の金色がはげてしまっていますが、眺めていると神々しさが感じられます。
仏舞の前日、面と衣装は舞人に渡し、一晩自宅で預かっていただくのが恒例です。これは、ご家族にも仏様の功徳を分かち合うためです。

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ふるさと自慢糸崎寺の秘仏、十一面千手観音像は17年ごとに御開帳

シシゾウ:福井市糸崎町でおすすめの特産物や観光スポットを教えてください。

伊坂さん:仏舞を伝える育王山龍華院糸崎寺は由緒のある古刹で、戦国武将の朝倉義景は糸崎寺に詣で、「西の海入日の色もくれないに寄せ来る波や糸崎の浦」という句を詠んでいます。寺院は普段非公開です。御本尊の十一面千手観音も秘仏ですが、33年目ごとの大開帳と、17年目ごとの中開帳(なかがいちょう)には一般公開されます。仏舞のときには御本尊の複製をご覧いただいています。
糸崎「仏舞」ゆかりのスポットとして知られるのは、近くには鷹巣海水浴場があり、沖合にある亀島(かめじま)です。御本尊の観音像が唐の国から乗って渡ってきた亀が島になったという伝承があり、島が亀のような形をしています。
また、糸崎寺の境内から眺める日本海が絶景で、タイミングが良ければ桜吹雪が見れるかもしれません。

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メッセージご覧いただくと仏様のありがたさを感じていただけると思います

伊坂さん:糸崎町の人間は若者から年配者まで皆、1250年以上続いてきた仏舞を絶対絶やしてはいけないという気持ちを持っています。私たちは、お参りしていただいた皆さんと幸福を分かち合いたいという気持ちで仏舞を舞っています。舞の所作は単純なものですが、ご覧いただくと仏様のありがたさを感じていただけると思います。実際、ご覧になった方から「いいものを見せていただき、ありがとうございます。」と御礼の言葉をいただくことが多くあります。言葉だけでは仏舞の素晴らしさのすべてをお伝えすることはできません。ぜひ糸崎寺にお越しいただき、ご自身の五感で仏舞をご観賞ください。

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※祭り紹介者 糸崎寺仏舞保存会 伊坂 昌彦(いさか まさひこ)さんにお応えいただいたインタビューをもとに、記事をまとめています。

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