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佐多の御崎祭り

※このページは写真・文章ともに過去の祭り情報になります。 今年応援する祭りはこちらから

TV番組情報

制作
:MBC 南日本放送
放送
:3/21(金・祝)10:35~11:30

ダイドードリンコスペシャル

七浦に神渡る ~佐多の御崎祭り~

佐多の御崎祭り

本土最南端の佐多岬に鎮座する御崎神社。天然記念物のソテツ群生地で、ガジュマルやビロウが生い茂る南国独特の雰囲気に包まれています。その御崎神が近津宮の姉神に挨拶に行くと伝わる「御崎祭り」。神様は御崎柴にのり「七浦」と呼ばれる七つの集落を神輿で巡行します。代表が神を正座で迎える村、先祖代々4メートルの鉾と大傘で道を清めてきた村、神の滞在を長引かせようと食べにくい貝を出す村、離れた家族の写真を手に拝む人々、そして崖の小道を行く難行苦行。佐多岬から20キロの道のりには素朴でユニークな風習が今も残っています。開催は春一番が吹く頃で日本の春を祝うとも言われる御崎祭り。時代と共に田舎の暮らしも大きく変わる中、本土最南端の自然豊かな風土で日々の生活を続ける人々の思いを綴ります。

祭り紹介

  • 祭り写真館

佐多の御崎祭り

本土最南端の佐多岬にある御崎神社から妹神が年に一度、20キロ離れた郡近津宮神社の姉神に新年の挨拶に行くとされる御崎祭り。神様は御崎柴という植物にのり移り、海沿いの7集落を神輿で巡行。各集落で1300年前から伝承されてきたユニークなもてなしで神様をお迎えし、縁結び、五穀豊穣、大漁祈願、無病息災を願います。

開催日
2月第3土・日曜日
場所・アクセス
鹿児島県肝属郡南大隅町佐多地区

■電車
JR「鹿児島中央駅」より約60分「山川駅」下車、「山川港ターミナル」よりフェリーなんきゅう「山川 - 根占」間航路50分「根占港ターミナル」よりタクシーで約60分

■車
九州自動車道「鹿児島インター」より約20分、「鴨池フェリーターミナル」乗船約40分、「垂水フェリーターミナル」より約1時間30分
お問い合わせ
南大隅町地域包括支援センター
0994-28-1333

※掲載された情報につきましては、独自に集積したものであり、変更されている場合もあります。
 お出かけの際には各祭りの主催者へのお問い合わせや公式サイトなどで必ずご確認ください。

歴史妹神が姉神に新年のご挨拶をしにいくご神幸行列

シシゾウ:佐多の御崎祭りは、いつごろ始まった祭りですか?

田中さん:佐多の御崎祭りは、佐多岬に鎮座する御崎神社の祭礼です。現在の御崎神社は江戸時代初頭の慶長10年(1605)、薩摩藩の樺山権左衛門久高(かばやまごんざえもんひさたか)という武将が琉球王国に大将として出征する際、佐多岬の岩窟にまつられ、地元の人々から浜宮様の呼び名で崇敬されていた女の神様に祈願をし、無事帰国後、神様に報いるため、佐多岬に社殿を構えたと伝えられています。同時期、佐多の御崎祭りのメイン行事である浜下りが始まったということです。かつては旧暦の2月19日から21日にかけて行われていたので浜下りを十九日祭り、翌日を二十日祭りと呼んでいました。現在は新暦で19日から21日の直近の土日に行われます。

シシゾウ:浜下りではどのようなことが行われるのですか?

田中さん:御崎神社の御祭神は、約20キロ離れた郡(こおり)地区にある近津宮(ちかつのみや)神社の御祭神と姉妹で、妹神である御崎神社の御祭神が正月のご挨拶のため、姉神様をお訪ねになるご神幸行列が浜下りです。浜下りという名称は、ご神幸のルートが海際を通っていたことに由来しています。かつて御崎地区は道路事情が悪く、陸の孤島といわれていましたが、現在は道路が通じ、護岸整備で浜が少なくなったため、浜下りの風景は様変わりしました。
御祭神をお乗せした神輿は、7つの集落の氏子たちによってリレーのようにバトンタッチしながら担がれます。中継地点となる御旅所には、各集落の氏神様を祀った祭壇が設けられ、昔からの習わし通りにご馳走や供物が捧げられます。ご神幸行列の一行は御旅所に立ち寄り、氏神様が農業神であれば五穀豊穣祈願、恵比寿様なら大漁祈願といった具合に古式にのっとって神事を行います。

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みどころ最大難所のどんひら坂を下り、姉神様のもとへ

田中さん:浜下りの神輿リレーは、それぞれの集落の人たちがひとつ手前の御旅所まで神輿をお迎えに上がり、受け渡しを行い、自分たちの集落までお連れするところが大きな特色です。以前は全コースを人力で担いでいましたが、今は道路事情が良くなったこともあり一部トラックを利用しています。
全行程中、最大の難所とされるのは古里(ふるさと)地区と坂元(さかもと)地区の間にある通称「どんひら坂」です。勾配の急な険しい山道で、神輿をひっくりかえさないようにバランスをとりながら下っていくのは至難の業です。神輿を水平に保つため、後方の担ぎ手は腕をできるだけ下げ、前方の担ぎ手は背伸びをし、腕を精一杯さしあげながら進みます。距離的にはさほど長くはありませんが、神経も体力も使うので何事もなく次の御旅所に着くと皆、ホッとします。
浜下り最終地点の旧郡小学校に設けられた仮宿は姉神様のいらっしゃる近津宮神社のすぐそばです。しかし敢えて仮宿に神輿を納め、御祭神は一泊されます。昔は日の出前に出発しても郡に着くころには日が暮れてしまったため、日を改めて姉神様とお会いするということで仮宮が設けられたようです。
2日目は午後から祭りが始まります。仮宿を出発し、神輿は姉神様のいるお社を目指し、大人2人がようやく通れるような細い山道を担がれて上がります。境内で行われる妹神様と姉神様との対面の儀がクライマックスで、その後、五穀豊穣を祈願する田起こしの神事などが行われます。行くときは陸路を1日がかりですが、お帰りは御祭神が空を飛んでお戻りになるといわれています。

シシゾウ:ご神幸行列の注目ポイントはどこですか?

田中さん:浜下りのご神幸行列を構成するのは先払い、鉾、笠、神輿の担ぎ手、祭り関係者など総勢約80名です。花形とされるのは神輿を先導する鉾で、5~6人で交替しながら務めます。昔は、鉾担当は尾波瀬(おばせ)という集落の氏子と決まっていましたが、伝統の継承を考え、数年前から各地区が持ち回りで受け持っています。
鉾は長さ約2メートル50センチで、それを会の字に支える支え棒は約4メートル60センチほどあり、穂先には赤や青の色布で作られた旗が下げられます。旗は各集落の氏子が、家内安全や健康長寿、学業成就などを祈願して奉納するもので、多いときには10本近くの旗が鉾先につけられます。
鉾のみどころは独特の所作です。御旅所などで神事を行う際、鎮座した神輿に向かって、腰を支点に片手で捧げ持った鉾を少しずつ前に倒していき、鉾先を地面すれすれの高さに保ちながらすり足で近づき、鉾先を祭壇に触れます。旗が吊り下げられている鉾先は重く、鉾を水平に保つのは相当な腕力が必要です。見ていると簡単そうですが実際にやってみると非常に難しいです。鉾はご神幸の道中、店先にお神酒をお供えしている商店があれば、鉾を店内に差し入れ、商売繁盛祈願をするという役目も担っています。

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注目ポイント年に一度、山から下りてこられる神風に会い、一年間の健康を祈願

田中さん:佐多の御崎祭りが一般的なご神幸行列と最も異なる点は、御崎神社に神輿がないことです。御祭神の神霊(みたま)は御崎柴(みさきしば)という御崎神社周辺に自生するハマヒサカキの葉にいったん移され、神様のよりしろになった御崎柴が神官によって神社から約4キロ離れた一番目の氏子集落の田尻(たじり)まで運ばれます。田尻の御旅所には姉神様のいる近津宮神社に保管されていた神輿が待機していて、御崎柴から神輿に神霊をお移しする「オシバ移し」の儀式が行われます。なぜ、このように回りくどい手順をとるかといえば、御崎神社に至る道が狭く険しい獣道で、重い神輿を担いで登り降りすることが不可能だからです。御崎柴に神様を移してお連れすることを思いついた先人たちに尊敬の念を覚えずにはいられません。なお、御祭神が姉神様と御対面を果たした後、下岳(しもだけ)という山の山頂で御祭神が御崎神社に無事お帰りになるための儀式が行われますが、その際も神霊を御崎柴に移してお連れします。

シシゾウ:佐多の御崎祭りは地元の皆さんにとってどういう存在ですか?

田中さん:氏子にとって御崎祭りは春を呼ぶ祭りで、冬から春に変わる節目として大切にされてきました。町外で暮らす出身者たちは、祭りに合わせて帰省するのが昔からの慣わしです。年に一度、山から集落に降りてこられる神様を拝むことを“神風に会う”と地元では言っています。神風に会えば一年中元気でいられるという信仰があり、氏子だけでなく近隣の人々も大勢、神風に会いに来られます。その年に生まれた赤ちゃんが神風に会うことを特に「初詣(はんめ)」と呼び、子どもが元気にすくすく育つように初詣を家族親戚や近所の人たちが集まって盛大に祝う風習がかつてはありました。少子化で初詣は少なくなりましたが、町外に暮らす孫が帰ってきたとき、祖父母が初詣をさせ、家族でお祝いするという風習は現在も残っています。

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ふるさと自慢本土最南端の佐多岬から
太平洋や東シナ海の島々を一望

シシゾウ:南大隅町(みなみおおすみちょう)でおすすめの特産物や観光スポットを教えてください。

田中さん:おすすめの観光スポットは九州本島最南端の北緯31度線上にある佐多岬です。日本最古の灯台のひとつ、佐多岬灯台の見える佐多岬展望公園があり、東シナ海側に竹島、硫黄島、太平洋側に種子島、馬毛島、遥か彼方に屋久島が見えることもあります。
南大隅町の近海は黒潮が流れるいい漁場で、春から夏にかけてはサザエやトコブシ、夏はトサカノリ、秋から冬にかけてはイセエビなどが獲れます。御崎祭りの時期は天然ブリが釣れ、神事のお供えにも使われます。珍しいところでは塩漬けしたキダカ(ウツボ)の寒干しやキビナゴの塩干しなどがあり、おみやげ品におすすめです。

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メッセージ地域の誇りである祭りを氏子たちが協力して後世に伝えていきたい

田中さん:私は子どものころから佐多の御崎祭りに親しみ、ずっと見守ってきました。時代が移り、しきたりが昔ほど厳格ではなくなるなど祭りの様式は少しずつ変化してきていますが、祭りの原型はできるだけ崩さず、継承していくことがふるさとに残っている者の務めだと考えています。以前、私たちの祭りを調査にこられた民俗学の先生は、各集落で神輿をリレーすることによって多くの氏子が参加すると同時に神風に会うという形で氏子以外の人々にも祭りに参加してもらう形式を何百年も前に考案した昔の人々に頭の下る思いがするとおっしゃっていました。そのような素晴らしい祭りを持つことを誇りとし、この祭りが存続できるように地域で力を合わせていきたいです。

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※祭り紹介者 田中 哲志(たなか てつし)さんにお応えいただいたインタビューをもとに、記事をまとめています。

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