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春日神社秋季大祭

※このページは写真・文章ともに過去の祭り情報になります。 今年応援する祭りはこちらから

TV番組情報

制作
:itv あいテレビ
放送
:11/23(日・祝) 14 : 00〜14 : 54

ダイドードリンコスペシャル

ミカンの山にハレが来た! ~春日神社秋季大祭~

春日神社秋季大祭

愛媛県の南西部、西予市明浜町(せいよしあけはまちょう)の狩浜地区にある春日神社。江戸時代末期から続く神社の秋祭りは、3日間、しめやかにかつ勇壮に行われます。最終日には、地区単位で代々受け継がれてきた様々な出し物が披露され、1年で一番の盛り上がりを見せます。中でも「牛鬼(うしおに)」は、愛媛県南予(なんよ)地方の祭りに共通して登場する練りで、こちら狩浜地区の牛鬼は、動きの激しさで知られています。番組では、数ある出し物から、祭りの盛り上げ役「牛鬼」の動きを中心に「五つ鹿(いつしか)」、「御船練り(おふねねり)」なども紹介。伝統文化の継承に取り組む住民たちの奮闘ぶりを描きます。また、祭り期間中は、どの家でも接待が行われるなど、今では珍しくなった「昔ながらの村祭り」の雰囲気も伝えていきます。

祭り紹介

  • 祭り写真館

春日神社秋季大祭

室町時代に創建された春日神社では、江戸時代末期ころから3日間に渡り、古式に基づきしめやかに、かつ勇壮に秋祭りが行われています。最終日には、3地区がそれぞれ牛鬼、五ツ鹿、お船の練りを披露します。代々受け継がれてきた様々な出し物が里を練り歩き、地区全体が一年で一番の盛り上がりを見せます。

開催日
10月25日※毎年同日
場所・アクセス
愛媛県西予市明浜町狩浜

■バス
JR「卯之町駅」より宇和島自動車バス「田の浜」行き約30分「狩江診療所前」下車

■車
松山自動車道「西予宇和インター」より約30分
お問い合わせ
狩江公民館
0894-65-0301

※掲載された情報につきましては、独自に集積したものであり、変更されている場合もあります。
 お出かけの際には各祭りの主催者へのお問い合わせや公式サイトなどで必ずご確認ください。

歴史成立した当時の姿をそのまま今に伝える練りいろいろ

シシゾウ:春日神社秋季大祭は、いつごろ始まった祭りですか?

沖村さん:文献等が残っていないので正確なことは分かりません。春日神社の創建は言い伝えによると約700~800年以前といわれています。祭りの起源について手がかりになるのは、神輿の先導役を務める猿田彦(さるたひこ)の面です。室町時代の神事用のものといわれているので、500年くらい前には何らかの神事が行われていたのではないかと思います。
春日神社のある大字(おおあざ)狩浜の集落は本浦(ほんうら)と枝浦(えだうら)という二つの浦から成り、ちょうど中央に春日神社が位置しています。祭りは、本浦と枝浦にそれぞれ御仮屋(おかりや)を設け、三体の神輿が練り歩き祭典が始まります。本浦から枝浦へ移動するときは船で海上渡御をします。

佐藤さん:狩浜の秋祭りの大きな特徴は、練りの種類がたくさんあることです。主な練りは、「牛鬼(うしおに)」、「五ツ鹿(いつしか)」、「お船」です。牛鬼は南予(なんよ)地方に広く分布する祭りの出し物です。五ツ鹿は、宇和島藩初代藩主として東北から入府した、伊達家によって伝えられた芸能で、東北地方の鹿踊(ししおどり)の流れをくんでいます。お船は殿様が乗る御座船(ござぶね)を模した小型の山車(だし)で、三味線や太鼓など囃子方が乗り込めるようになっています。お船の練りは女性の踊り子たちや、地区の若者による踊りで、美しく着飾った女児や成人女性たちが流行歌などに合わせて踊り、練りの中で最も華やかです。その他、子どもが演じる角力練り(すもうねり)や大神楽(だいかぐら)などもあります。

沖村さん:春日神社のそれぞれの練りは、担当する地区が昔から決まっていて、現在もその伝統はかたくなに守られています。このことから練りの様式は、成立した当時の姿がそのまま今に伝えられているという研究者もいます。

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みどころ神輿三体と各練りが2ヵ所の御仮屋で祭典

佐藤さん:祭りの朝は早いです。午前5時ごろ、各地区の練りが、春日神社に集結します。早朝の静かな佇まいの中、三味線を奏でながらお船の山車がゆっくりゆっくり狭い旧道を進んでいくと、眠い目をこすりながら住民の方が家の中から出てきて、山車を見送ります。狩浜の住人にとって、祭りがいよいよ始まるという期待感で一番ワクワクする時間です。
すべての練りが神社に集結すると、神輿にご神霊を移す「御霊移し(みたまうつし)」の神事が行われ、三基の神輿と各練りは、本浦に設けられた御仮屋に移動します。御仮屋ではそれぞれの練りが披露され、神職によって神事が行われます。

沖村さん:御仮屋前での祭典の盛り上げ役は牛鬼です。狩浜の牛鬼はかつては「暴れ牛鬼」とも言われ、神事の前後に観客やお供え物をはらうなど縦横無尽に動き回っていました。この暴れっぷりが祭りの大きなみどころです。
狩浜の牛鬼は、14人のかき手と牛鬼の頭遣い1人の総勢15人です。牛鬼は地域によって形態が少しずつ異なります。狩浜の牛鬼の形態は古くより全身をシュロの葉毛で覆い、かき手は締め込み姿で、牛鬼のかごの内側に入ってかきあげます。私は牛鬼を担当する地区の出身なので若いころは牛鬼をかいていました。400キロ近くある牛鬼本体を担いで動き回るのは、かなり体力を使います。
現在、牛鬼は祭りの盛り上げ役に徹していますが、昔は派手ないたずらもしたようです。御仮屋が設置されるのは海を埋め立てて整備された広場なのですが、昔は狭かったので、海ぎわで見ていた人が牛鬼に振り払われて海に落ちてしまったということもありました。他所から来られた方がご覧になって、「観客を追い立てるような出し物は珍しいですね」と驚かれることが多いです(笑)。

佐藤さん:本浦の御仮屋の祭典が終わると、昼の休憩に入ります。この日は、集落のどこの家でも「お客」をする※ためにご馳走を用意します。「ご馳走しとるけん来てや」「行こかあ」というやりとりがあって、参加者は無礼講で民家に上り込んで食事をします。昔からの風習で料理を準備する女性は大変ですが、とても楽しい時間です。
午後からは、神輿と各練りは船に乗って枝浦の御仮屋へ移動し、午前中と同じように祭典を行います。それが終わると再び「お客」があって、薄暗くなる夕方5時ごろ、神輿が神社に戻る宮入りが行われます。

※「お客」をする…おもてなしをしたり、されたりすること。

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注目ポイント神輿が急勾配の石段を駆け上がる、感動の「おかえり」

佐藤さん:宮入りは「おかえり」とも呼ばれます。この祭りのクライマックスで、高台にある春日神社に通じる急な階段を、三体の神輿が一気に駆け上がります。

シシゾウ:駆け上がるのには理由があるのですか?

佐藤さん:昔、春日神社のご神体が盗難にあい、海底に沈んだところを大ダコが拾い上げてくれたという伝説が地元に伝わっています。そのとき、神社関係者は海から戻ってきたご神体を大切に懐に抱き、一刻も早く神社に戻したいという思いで、階段を一気に駆け上がったといいます。その伝説にちなんで宮入りの神輿も駆け上がることになったようです。
春日神社の階段は勾配が急で、駆け上がろうとしても普通の人なら手ぶらでも途中でばててしまいます。そんな階段を、重たい神輿を担いで最初から最後まで駆け通すのは無理な話で、途中で神輿の担ぎ手は疲れてノロノロとしか進めなくなります。そうなると、牛鬼のメンバーたちなどが加勢にかけつけ、「頑張れ!」と担ぎ手の背中を後押しします。私は50歳手前まで約20年間、神輿を担ぎましたが、毎回、おかえりのスタート前は、最後まで担ぎ上げることができるだろうかとドキドキしていました。担ぎ手全員で神輿を上下に揺らして気合いを入れ、スタートの合図と同時に無心になって階段に突進するのですが、階段の途中でやはり力尽き、足と腰が動かなくなります。担ぎ棒にしがみつくのが精一杯な状態になりながら、皆が後押ししてくれる力で、ふらつきながらどうにか階段を上がり、登りきったときにはやり遂げたという達成感で涙が出そうになるくらい感動します。

沖村さん:この祭りは本浦から枝浦に移動するときの海上渡御も見どころです。三体の神輿とそれぞれの練りが船に乗り込み、海上を三周します。昭和10年代の海上渡御の様子を撮影した写真と見比べると、船こそ手漕ぎからエンジン付きに変わりましたが、海上渡御の形式そのものはほとんど変わっていません。よくぞここまできちんと引き継いできたものだと感心します。

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ふるさと自慢石灰岩の石積みが白く輝く「狩浜の段々畑」

シシゾウ:西予市明浜町狩浜でおすすめの特産物や観光スポットを教えてください。

佐藤さん:狩浜地区の自慢は、傾斜地に先祖たちが築き上げた白い石灰石でできた段々畑の景観です。お時間がある方はぜひご覧ください。

沖村さん:狩浜の段々畑は、「白い石積の段々畑と宇和海(うわかい)」の名称で、文化庁の「農林水産業に関連する文化的景観二次調査の畑地景観部重要地域」になっています。今はミカン畑になっていますが、昔はイモや麦が栽培され、天秤棒を担いで収穫物を上げ下ろししていた時代もありました。そうやって段々畑を行き来して鍛えた足腰で牛鬼をかきます。まさしく生業から培われた文化であり、だからこそ狩浜の牛鬼は威勢がいいと思っています。

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メッセージ私たちが大切に守り伝えている祭りをぜひご覧ください

佐藤さん:狩浜の人間が誇りに思っている秋祭りと段々畑をぜひご覧になってください。

沖村さん:私たちの祭りは、猿田彦の面や五ツ鹿の頭(かしら)など非常に年代の古い道具を今も現役で使用しています。古いものを大切にしているところが狩浜の秋祭りの良いところだと思います。代々の先祖たちが祭りの伝統を守り、次の世代に引き継いでくれたので今の祭りがあります。この素晴らしい伝統を守り、次の時代につなげるため狩浜の住民は皆、頑張っていますので、あたたかく見守っていただければ嬉しく思います。

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※祭り紹介者 お船組 佐藤 文明(さとう ぶんめい)さん、(元)牛鬼組 沖村 智(おきむら さとし)さんにお応えいただいたインタビューをもとに、記事をまとめています。

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