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焼津神社大祭荒祭

※このページは写真・文章ともに過去の祭り情報になります。 今年応援する祭りはこちらから

TV番組情報

制作
:静岡放送
放送
:9/7(土) 15:30〜16:24

ダイドードリンコスペシャル

天孫降臨 焼津神社大祭荒祭 ~焼津の夏がここに集まる~

焼津神社大祭荒祭

日本を代表する水産都市・焼津。今も遠洋漁業の基地、マグロ・カツオの水揚げ港としてよく知られています。「板子一枚下は地獄」といわれる、厳しい環境の中で働く漁師文化の息づくこのまちで毎年8月12日、13日の二日間、焼津神社大祭荒祭が行われます。神社の創建はおよそ1600年前、御祭神は日本武尊。生業繁栄、家内安全、海上安全など篤い信仰を集めています。荒祭は「神ころがし」と呼ばれる赤ん坊の健康を願う神事や静寂の中での御神楽祭、独特の「アンエットン」の掛け声とともに行われる神輿渡御など動と静が巧みに組み合わされています。番組では静けさと激しさを合わせ持つ祭りの流れを軸に、「神役」(じんやく)と呼ばれる役付きの人々とそれを支える先輩や仲間たち、焼津の夏にかける熱い思いを伝えます。

祭り紹介

  • 祭り写真館

焼津神社大祭荒祭

日本武尊(やまとたけるのみこと)ゆかりの焼津神社は約1600年前の創建といわれ、生業繁栄、家内安全、海上安全など、地域の篤い信仰を集めています。焼津神社大祭荒祭は毎年8月12・13日に行われ、荘重な御神楽祭(おかぐらさい)と対照的に力強く繰り広げられる神輿渡御が「東海一の荒祭り」とも称され最大のみどころとなっています。

開催日
8月12日~8月13日 ※毎年同日
場所・アクセス
静岡県焼津市焼津神社

■ 電車
JR東海道線「焼津駅」下車 徒歩約10分

■ 車
・東名高速「焼津インター」より約10分
・新東名高速「藤枝岡部インター」より約20分
お問い合わせ
焼津神社
054-628-2444

※掲載された情報につきましては、独自に集積したものであり、変更されている場合もあります。
 お出かけの際には各祭りの主催者へのお問い合わせや公式サイトなどで必ずご確認ください。

歴史日本武尊をまつる古社に伝わる「東海一の荒祭」

シシゾウ:焼津神社大祭荒祭は、いつごろ始まった祭りですか?

鈴木さん:焼津神社の創建は、反正天皇4年(409年)です。大祭荒祭が行われるようになった時期は定かでありませんが、少なくとも1000年以上の歴史があると思われます。現在の祭りの形式が整ったのは江戸時代の元禄期(1688~1704年)のころといわれています。

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みどころ荒祭の“荒”は神様に向かう純粋で素朴な気持ち

鈴木さん:焼津神社大祭荒祭の一番のみどころは13日に行われる神輿渡御です。朝、神社を出発した神輿は「アンエットン」という焼津独特のかけ声が響く中、氏子地区に4ヵ所設けられた御旅所(おたびしょ)を回り、夜遅く神社に還御します。神輿の先導役に神社社宝の神面をつけた「猿田彦(さるたひこ)」と、雌雄の獅子頭を先頭に手古舞(てこまい)姿の少女たちが木遣歌を歌う「獅子木遣り」、お供として神宝を奉持する神役(じんやく)などが付き、約6.5kmの道中に華を添えます。
渡御する神輿は二基あります。焼津神社の主祭神である日本武尊をお乗せする先輿(さきごし)と、相殿に祀られる3柱の神々をお乗せする後輿(あとごし)です。3柱の相殿神とは、日本武尊の東征にお供した吉備武彦命(きびのたけひこのみこと)、大伴武日連命(おおとものたけひむらじのみこと)、七束脛命(ななつかはぎのみこと)です。神輿渡御の最大の見せ場は、神輿が御旅所に向けて出発する発輿(はつよ)です。朝8時からの神事の後、二基の神輿は神様の御霊が遷され、境内の御白州に置かれます。神輿の担ぎ手は輿舁(こしかけ)と呼ばれ、神輿一基につき12人が選ばれます。しかし、その人たちだけで重い神輿を一日中担ぐことは体力的に困難なため、野次馬と呼ばれる手伝い手(サポーター)が輿舁1人に50~100人付きます。輿舁と手伝い手は真っ白な装束に身を包みます。神様に対して自分は清浄であることを示すためで、白装束を身につけないと神輿に触れることは許されません。
御白州から神輿を下ろすのは輿舁と手伝い手の代表者である手伝い長の役割です。境内を埋め尽くした白装束の男衆が注視する中、神輿は境内の広い場所まで移されます。皆で担いでいいという合図があると、手伝い手たちは神輿に殺到します。焼津の男衆は、神輿を担げるこの日を一年間心待ちにしています。皆、我先に担ぎ棒をつかもうと殺気立つほどの迫力です。焼津の方言でしょろしょろ(=もたもた)していると神輿に近寄ることすらできません。男衆に担がれた神輿は、人波を縫って境内のあちらこちらを動き回ります。誰かが「ヤレキター」と声を上げると、周囲の人間が「ヤレキター」と応え、神輿は上下に激しく揺らされます。焼津ではこれを「神輿をあおる」と呼んでいます。こうして神輿は20分近く血気盛んな男衆に激しく担がれ、ようやく神社を出発します。
夜の11時ごろに神社に還御してきたときも、神輿はすぐには社殿に納まりません。このときは、仕事の都合で発輿に参加できなかった人たちも白装束に着替えて加わり、祭りが終わるのを惜しんで夜中の1時ごろまで境内で激しく神輿をあおります。これでも時間が短くなったほうで、以前は夜中の3時4時ごろまで担ぐのが当たり前だったそうです。
神輿を担ぐ威勢のよさから、荒祭という呼び方は荒っぽさに由来すると思われがちですが、それは間違いです。荒祭の“荒”は“荒々しい”ではなく、純粋かつ素朴な気持ちで神様に向き合うという意味です。神様に感謝の誠を捧げてきた先人が作り上げた心や形を厳格に守り伝えているのが焼津神社の荒祭です。神輿を威勢よくあおるのは神様との対話で、生命力がほとばしる姿を神様に見ていただきたいという思いの表れなのです。

シシゾウ:鈴木宮司も神輿を担いたご経験はありますか?

鈴木さん:大学生まで氏子の一人として担いでいました。氏子地区の子どもは幼いころから大人と同じ白装束を着て祭りに参加します。小さいころは神輿を担げないので、大人たちに水を配るやかん持ちなどのお手伝い役をまかされ、中学生や高校生になると晴れて手伝い手に加われます。しかし、慣れないうちは大人たちが神輿を激しくあおっている迫力に気後れして神輿の周囲をうろうろするのがせいぜいです。すると、大人の誰かが気をきかせて、若者の白装束の襟首をつかんで担ぎ手の輪の中に引き入れてくれます。私が初めて神輿を担いだときは自分が大人になったような誇らしい気持ちになりました。地域の青少年にとって焼津神社大祭荒祭は自身の成長を確かめられる機会であると同時に、普段接しない地域の大人たちとコミュニケーションを図れ、礼儀や社会性を学べる場だと思います。

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注目ポイント粛々と神を迎える御神楽祭と子どもの無事成長を願う神ころがし

鈴木さん:13日の勇壮な神輿渡御と対照的に厳粛な雰囲気の中で行われるのが、12日夜9時からの御神楽祭です。社殿に、神輿渡御の神役や氏子総代、神楽を舞う舞姫など関係者が出席し、お浄めの儀式や神楽の奉納が行われます。最も神事らしい幻想的な雰囲気に包まれるのは神迎えの儀です。社殿の照明はすべて消され、神輿の周囲の提灯の明かりだけがぼんやり灯される中、笛が静かに奏でられ、神様をお迎えします。
また、12日の午前中に行われる「幟(のぼり)かつぎ」と「神ころがし」も、焼津の人たちにとって重要な行事です。焼津では子どもが誕生すると3年間、子どもの名前を書き入れた「奉納焼津神社」の幟旗を担いで神社にお参りし、無事の成長を祈願する御祈祷を受けます。この幟かつぎの御祈祷の後、1年目の赤ちゃんは神ころがしといって神社総代に抱きかかえられ、空中で三回転ほどくるくる回されます。 大抵の赤ちゃんは驚いて泣き出しますが、神様の庭である神社で泣くことによって神様から力強い命をいただけるとされていて、泣き声が大きければ大きいほど元気に育つと喜ばれます。 幟かつぎも神ころがしも本来、焼津神社の氏子地区の風習ですが、現在は市外からも御祈祷を受けに、毎年1200人近い赤ちゃんが拝殿に詰めかけ、元気な泣き声を響かせています。神社の創建1600年にあたる平成21年は、祭り前日の午前中に大きな地震があり、境内の灯籠が転倒するなどの被害を受けました。もし、これが1日ずれれば神ころがしに集まっていた赤ちゃんたちに危険が及んだかもしれないと背筋がヒヤリすると同時に、神様のおかげで無事だったのだと感謝の気持ちでいっぱいになりました。

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ふるさと自慢英雄・日本武尊にあやかり、困難を克服する知恵と勇気を授かる「克守」

シシゾウ:焼津という地名は焼津神社の御祭神の日本武尊にゆかりがあるそうですね。

鈴木さん:日本武尊は東征に向かう途中、この地の国造(こくぞう)に謀られ、野原に火を放たれました。そのとき、草薙剣(くさなぎのつるぎ)で草をはらい、窮地を脱したという伝説が焼津の地名の由来になったと古事記と日本書紀に記されています。古事記や日本書紀に由来が載っている地名は全国にあまりなく、焼津はその数少ないひとつです。
焼津市にお越しの際には、日本武尊をまつる焼津神社にご参拝いただければと思います。境内に植わった四季折々の花がお迎えします。特に3月には本殿横のしだれ桃が紅白の花を美しく咲かせ、参拝の方に喜んでいただいています。
焼津神社の授与品で人気があるのは「克守(かちまもり)」です。必勝祈願の「勝守」と違い、焼津神社の克守は、多くの苦難を乗り越えられた日本武尊のお力をいただき、己に打ち克つ力を得てほしいという思いを込め、“克”という字を当てています。また、克の字にあしらったバツ印のようなマークは、日本武尊が草薙剣をふるった閃光をイメージしています。

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メッセージ氏子の皆さんが神様を崇敬する気持ちを感じ取ってください

鈴木さん:祭りは日本人が受け継いできた大切な伝統文化です。私たちは、先祖が作り上げ、支えてきた祭りを引き継ぐだけでなく、より良いものにして次の世代に確実に引き渡す責任があります。漁業や農業を営んできた焼津の先人たちの自然の恵みに生かされているという感謝の気持ちが、焼津神社の祭りを形作ってきました。焼津神社大祭荒祭を見にいらしたら、焼津の人たちが神様に捧げる崇敬の念を感じ取っていただければ嬉しく思います。

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