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本場鶴崎踊大会

※このページは写真・文章ともに過去の祭り情報になります。 今年応援する祭りはこちらから

TV番組情報

制作
:OBS 大分放送
放送
:9/16(月・祝)13:55~14:49

ダイドードリンコスペシャル

来ませ 見せましょ 鶴崎踊 ~大分市・本場鶴崎踊大会~

本場鶴崎踊大会

江戸時代に熊本藩の飛び地領として栄えた大分市鶴崎地区に伝わる「本場鶴崎踊大会」は、国の選択無形民俗文化財。祭りのみどころは、踊り子たちが身にまとう煌びやかな衣裳です。毎年「本場鶴崎踊大会」では、衣裳審査をおこなっており、鶴崎地区内の各自治体は自分たちの自治体のプライドを懸けて衣裳のクオリティーを競い合っています。衣裳製作は、祭りの本番でおこなわれる1ヶ月以上前からテーマを決め、アイデアを出し合いながら手作業で自治体が総出で進めていきます。近年特に高い評価を受け、衣裳審査において4連覇中の寺司青年会(てらじせいねんかい)に密着。彼らが夢中になってつくる絢爛豪華な衣裳製作の現場と、「本場鶴崎踊大会」に向けて、明るく楽しく取り組む鶴崎地区の人々の祭りへの想いを描きます。

祭り紹介

  • 祭り写真館

本場鶴崎踊大会

450年以上の歴史と伝統のある、国の選択無形民俗文化財、鶴崎踊。「来ませ見せましょ鶴崎踊 何れ劣らぬ花ばかり」大野川を渡るそよ風に乗って流れる囃子の音と口説きに導かれ、大勢の踊り子が七重八重の輪をつくり揺れ動く姿はまさに絢爛豪華な一夜の花絵巻です。当日は踊りと衣装で多くの見物客を魅了します。

開催日
8月旧盆過ぎの土・日曜日
場所・アクセス
大分県大分市鶴崎公園グラウンド

■ 電車
JR日豊本線「鶴崎」駅下車、徒歩約8分

■ バス
大分駅前より鶴崎方面行きに乗車し約30分、「鶴崎」下車、徒歩約3分

■ 車
東九州自動車「大分宮河内インター」より県道614号線を通り約15分
お問い合わせ
大分市鶴崎支所
097-527-2111

※掲載された情報につきましては、独自に集積したものであり、変更されている場合もあります。
 お出かけの際には各祭りの主催者へのお問い合わせや公式サイトなどで必ずご確認ください。

歴史戦国大名・大友宗麟の前で舞った舞子の踊りが起源

シシゾウ:踊りが始まった由来を教えてください。

安部さん:言い伝えによりますと、永禄3年(1560年)ごろに始まったといわれています。その当時、豊後の領主である大友義鎮(よししげ・後の宗麟<そうりん>)が政治を顧みなかったため、重臣がいさめようとしましたが勘気が強く、容易に近づくことが出来ませんでした。そこで、京都から舞子を呼んで踊ってもらったところ、機嫌がよくなったとされています。そのときの踊りが今に受け継がれている「左衛門(さえもん)」です。さらに、江戸時代の宝永年間(1704~1711年)ごろ、「お伊勢参り」が流行った時代があり、鶴崎から伊勢参宮に赴いた方が伊勢踊りを覚えて帰り、それが「猿丸太夫(さるまるだゆう)」になりました。この二つが現在の鶴崎踊です。
鶴崎踊自体はその後、供養踊り、つまり盆踊りとして大分の各地域で踊られていましたが、大正12年に昭和天皇の皇后陛下である良子(ながこ・後の香淳皇后<こうじゅんこうごう>)様が来られた時、鶴崎踊を披露したところ「大変すばらしい。この地域でこんなしっとりした優雅な踊りがあるのですか」とおっしゃり、踊りとして評価をいただきました。翌年の大正13年には良子様からお褒めをいただいたということもあり、伝統に基づいた踊りを伝えていかなければいけないという思いから、「鶴崎保存会」が発足しました。大会が始まったのも、このころといわれています。その後、大分市・大分県の選択を経て、昭和61年に国の選択無形民俗文化財とされました。

シシゾウ:大会の名前に「本場」とつくのは、どういう理由からですか?

安部さん:保存会の発足理由には、「鶴崎踊をここ鶴崎の地できちんと伝えていかなければならない」という想いがあります。 大分各地の盆踊りや運動会などの行事で踊られているほとんどが総称して鶴崎踊と呼ばれています。また、由布院では「由布院鶴崎踊」とも呼ばれています。このように、どこも鶴崎踊ではありますが、発祥の地、本拠地の鶴崎で踊るという強い意味を込めて、大会の名前を「本場鶴崎踊大会」としたのが、その理由だそうです。

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みどころ地域の人たちによる、工夫を凝らした手作りの衣装

シシゾウ:踊りを見る際、特に注目してほしいところはどこですか?

安部さん:鶴崎踊は、本当にゆっくりした踊りです。顔の位置や手先に注意を払って、きれいに揃って踊る様子は優雅ですね。また、参加者の方々による手づくりの衣装を、しっかり見ていただきたいと思います。

シシゾウ:非常に工夫を凝らした衣装が印象的ですね。

安部さん:現在のように凝った衣装になったのは、大正時代だと伝えられています。当時、着物の販売を専門とする方々が、工夫した衣装に景品を出すという事になり、町内の方が一等を争って衣装を凝らしたと記録に残っています。ただ、今のように派手になったのは、戦後、景気が良くなってからだと思います。しかし、市の無形民俗文化財に指定された時の記録を見ますと、指定に際する条件には「踊りは仮装行列ではない」、「お囃子は三味線と太鼓と胡弓」などの項目が入っていました。以前は、運動会の仮装行列のように競っていたのかもしれませんが、無形民俗文化財に指定されてからは、衣装として体系立ち、各団体で工夫されています。

シシゾウ:1日目と2日目で衣装を変えるのですか?

安部さん:はい。1日目は大会の特徴でもある凝った衣装で踊ります。衣装は各地区で2ヶ月以上かけ、「今年はこういうテーマにしよう」「今年は大河をドラマに合わせたものはどうか」など、意見を出し合って作ります。2日目は、基本的には浴衣か着物での出場です。
衣装の違いで、同じ踊りでも印象が変わりますので、そこも楽しんでいただきたく思います。

シシゾウ:当日、大会が行われる夜まで、皆さんはどのように過ごされるのですか?

安部さん:大会の日は朝10時くらいから、大人も子どもも、髪を結ったり化粧したりなどの準備を行います。気合を入れて朝一番に美容院でセットしてもらう、という方もいるくらいです。その後、午後3時に開催されるか中止になるかの合図になる、花火を打ち上げます。この午後3時の花火が上がらなければ、その日は中止という事になります。

シシゾウ:天候の関係で中止になることもあるのですね。

安部さん:はい。私の胃が痛くなるのは、この3時ですね。昨年も一昨年も大分の気象台に1分おきに雲の流れの状況を確認し、開催を判断しています。午後3時に花火が鳴ると、各地区の方が「よし!」と気持ちを引き締め、改めて衣装を整えたりしますので、この判断が私にとって責任のある仕事の一つです。花火は上がったのに大会直前になって雨が降り出すと大変なことになりますから、鶴崎踊の会長として一番気を遣うところです。いつか屋根があるところで開催できれば、というのが、私の夢です。

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注目ポイント優雅な「猿丸太夫」と軽快な「左衛門」を交互に披露

シシゾウ:約1400人が参加されるとは、盛大ですね。

安部さん:はい。去年の参加者は1419人で、近年徐々に増えてきました。私が小さい頃には周辺地域の方も、鶴崎の会場に来て踊っていたという記憶があります。しかし最近では、他地区の方は見るだけになってしまっていました。そこで、各地区の公民館を回って参加を呼びかけると、「そういえば昔は踊っていたな、また出てみようか」と参加してくれるようになり、踊り子の数も増えます。すると、それを見る家族・友人の方もいらして、観客数も増えてきました。
1400人というのは2日間のトータルですから1日あたり700名程度です。時間になるとそれだけの人数が一斉にグラウンドで櫓(やぐら)を囲んで8列のレーンを作ります。七重八重という表現がぴったりの光景です。

シシゾウ:踊りにはいくつかの種類があるのですか?

安部さん:踊りは大きく2種類あります。猿丸太夫は、伊勢踊りを左衛門や鶴崎の風土に照らし合わせて出来上がったもので、ゆっくりした踊りです。左衛門は戦国時代という激しい時代の踊りですから、少しテンポが軽快です。踊る順番は猿丸太夫が先で、その後、左衛門と続きます。ゆっくりとした猿丸太夫から、軽快なテンポの左衛門に切り替わるという形で、うまく組み合わさっています。そして休憩の後2回目の猿丸太夫、そして左衛門となり、1日目の踊りが終わります。踊りの後には10分間、近くの大野川で花火を打ち上げ、完全に終了するのが9時40分。2日目もスケジュールは同様です。

シシゾウ:二つの踊りや独特のお囃子は、どのような形で受け継がれているのでしょうか?

安部さん:保存会には研修部があり、毎月5日・15日・25日の月3回、練習をします。練習で上達した方が各地区や団体に行って、踊りの指導をします。研修部の中にはお囃子と口説き担当の方もいて、踊りと一緒に練習します。
今年は小学生、特に低学年の子どもたちが毎週4時~5時まで踊りの練習をしています。早い子は幼稚園から踊るのですが、その小さな子どもたちも大会での出番があれば「きちんと踊りましょう」と指導しています。出てくれるだけでも嬉しいのですが、単純に踊りの衣装を着て「カワイイ、カワイイ」だけではなく、小さな子どもでも、正確な型を守って鶴崎踊を踊ることが出来るようになってほしい。今年はそれをテーマにしています。

シシゾウ:踊りに参加されるのは、どのような方ですか?

安部さん:自治会や学校のPTA、趣味の会や企業など様々です。昨年から1団体15名以上から10名以上に変更し、それが功を奏したのでしょうか、一昨年59だった登録団体が去年は67に増えました。
そして、衣装や踊りには審査があって、市長の「大会会長賞」や地元放送局の「OBS(大分放送)賞」、「大分合同新聞社賞」などが設けられています。このような審査制度が各団体の励みになっているようです。
また、一般の方の飛び入り参加も受け付けています。これまで飛び入りは2日目の後半のみにしていましたが、昨年から初日の休憩の後にもできるようになりました。飛び入りの申し込み受け付けが始まる旨の場内放送を行い、参加したい方を募ります。会場の受付で登録していただき、担当の方が持つ幟(のぼり)を筆頭にしてレーンに入り、後半のお囃子が始まったら、皆さんと一緒に踊るという手順になります。

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ふるさと自慢かつての繁栄を示す歴史の名残と三つの祭り

シシゾウ:鶴崎地区の観光スポットを教えてください。

安部さん:大友宗麟没後、鶴崎の周辺には小さい藩が多く存在しておりました。九州の主な藩は参勤交代で江戸に行く途中まで船で行くため、優れた港のあった鶴崎には、周辺諸藩より人が集まり、大変栄えていました。そのようなこともあって鶴崎には様々な歴史的遺産があり、街をぐるっと一回りすれば、当時の歴史を辿ることができます。江戸時代初期だけではなく、幕末に勝海舟が坂本龍馬を連れて長崎へ向かったルートもあります。
またこの地区には、本場鶴崎踊大会を含め3つの祭りがあります。4月の第1日曜日には、鶴崎の氏神様である劔八幡宮(けんはちまんぐう)で春祭りを行います。これはけんか祭りといもいわれ、山車同士がぶつかり合う激しい祭りです。それから7月23日、鶴崎の重要性を認めて開発した初代肥後藩主である加藤清正公の命日を偲ぶ「二十三夜祭」もあります。鶴崎の3つの祭りを、是非ご覧いただければと思います。

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メッセージ優雅さと軽快さ、対称的な
二つの踊りをお楽しみください

安部さん:本場鶴崎踊大会にお越しいただく際は、会場の鶴崎公園グランドには駐車場がありませんのでご注意ください。駐車場は大分市行政センターが窓口になっていますので、お問い合わせいただければご案内しています。
鶴崎踊は歴史もあり、しっとりとした踊りと軽快なテンポの2種類の踊りが特長です。優雅な猿丸太夫と軽快な左衛門。この2つの違いを、皆さん是非見にいらしてください。

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