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高浜七年祭

※このページは写真・文章ともに過去の祭り情報になります。 今年応援する祭りはこちらから

TV番組情報

制作
:FBC 福井放送
放送
:7/28(日) 14 : 00〜14 : 55

ダイドードリンコスペシャル

神が降り立つ地に生きる 〜高浜七年祭〜

高浜七年祭

数えで7年に一度、多くの奉納が7日間にもわたって町の各所で行われる福井県高浜町の「高浜七年祭」。佐伎治(さきち)神社の式年大祭で、県の指定無形民俗文化財になっています。その歴史は古く440年以上前から続いているといわれています。3基の神輿が巡行し、太刀振や大太鼓などの多彩な芸能が奉納され、昔と変わらず氏子たちによって連綿と受け継がれています。町衆は言います「七年に一度だから、祭人の魂は激しく燃え上がるんです」…と。そんな伝統の祭りをこよなく愛し、生活の一部となっている家族がいました。祭りの歴史を丁寧に取材しながら、祭りが織りなす「家族の絆」を描きます。

祭り紹介

  • 祭り写真館

高浜七年祭

「高浜七年祭」は7日間にわたって繰り広げられる佐伎治(さきち)神社の式年大祭で、その歴史は440年以上前に遡ります。3基の神輿が巡行し、太刀振・お田植・神楽など多彩な芸能が奉納されます。最終日には鳥居浜海岸に巡行し、足洗いでフィナーレを迎えます。

開催日
数えで7年に一度の6月頃
場所・アクセス
福井県大飯郡高浜町

■ 電車
JR小浜線「若狭高浜駅」より徒歩5分
お問い合わせ
高浜町役場 まちづくり課
0770-72-7705

※掲載された情報につきましては、独自に集積したものであり、変更されている場合もあります。
 お出かけの際には各祭りの主催者へのお問い合わせや公式サイトなどで必ずご確認ください。

歴史織豊時代から変わらず受け継がれる御霊会

シシゾウ:祭りの起源について教えてください。

赤坂さん:永禄12年(1569年)に連歌師である里村紹巴(さとむらじょうは)が書いた『天橋立紀行(紹巴道の記)』という紀行文に、「高浜祇園会を見た」という事が書いてあります。そこから辿れば440年以上は経っていますが、それ以前から続いていると考えられています。ルーツは京都の祇園祭であり、同じ御霊会(ごりょうえ)の性格を持っています。
御霊会とは、簡単にいえば疫病、今でいう伝染病を追い払うための儀式です。神輿に乗った御祭神が疫病の元となる怨霊を運んで、最終的には海辺まで持って行って流す。それによって町に無病息災、平穏をもたらすという祭りです。

シシゾウ:7年に1度の式年祭ですが、その理由は何でしょう?

赤坂さん:数えの7年、満で6年に一度ということで、巳の年と亥の年に行われます。その理由は十二支と陰陽道に関係します。陰陽道では子年から巳年を陽、午年から亥年を陰としていて、その陰陽が極まった年に行われるわけです。

シシゾウ:祭りの形式は昔から同じですか?

赤坂さん:曳山もあり神輿の渡御もあり芸能もあるという形は、現在まで変わらず綿々と受け継がれています。ただ、曳山の方は江戸時代と比べると、若干新しくなったかもしれません。そして、戦争などによる中断もありません。こういった無形文化財というのは、変化したりすることがままありますが、この高浜七年祭は変わらず続いています。ただ、人口の減少に伴って状況は変わってきています。神輿を担ぐ人数は、芸能をする人の数が減ってきているのが現状です。
もう一つ変わってきたのは、祭りを見に来てくださるお客様が増えてきました。今まであまりPRしなかった祭りですが、町も観光資源として活かしていこうとしています。つまり、祭り自体は変わっていませんが、周りの環境が若干変わってきました。

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みどころ神輿と曳山、そして多彩な芸能で町中が賑わう7日間

シシゾウ:祭りは7日間にも渡って行われますが、そのスケジュールを教えてください。

赤坂さん:最初の日は「神幸祭」といって、神輿が出る日です。神輿は中ノ山・西山・東山の3基があります。地域の人たちは早朝から御旅所に集まって行列を作り、神社に向かいます。そして「お田植」「太刀振」「神楽」といった芸能の奉納が終わると、午後に神社から神輿が担ぎ出されます。神社を出た神輿は巡行のあと、その日の夕方に各御旅所に到着します。
2日目と3日目、5日目と6日目は「巡行祭」といって、横町・赤尾町・本町・今在家・中町・大西・若宮の曳山が神社や各御旅所、各地区に設けられた本陣で芸能を披露しながら巡行します。特に2日目は「山上がり」といった、7基の曳山が神社に全て集合して芸能を奉納します。
4日目は「中日祭」もしくは「中勇み」といって、御旅所に奉安されていた神輿が担当エリアだけをくまなく回ります。その時、曳山は出ません。最後の7日目は「還幸祭」です。
神輿は朝7時に御旅所を出てから、もう一度町内を巡行して鳥居浜に行きます。この浜で「足洗い」という神事を行って帰ってくるのが、大まかなスケジュールです。
つまり、神輿が出ない日には曳山が曳き出され、曳山が動く日に神輿は出ません。芸能については7日間、いろんなところで奉納されています。それから「俄(にわか)」というものがあって、これはその年の社会で起こった出来事を風刺する寸劇ですが、1日だけ各若連中が夜に本陣で奉納して回ります。いわゆる俄芝居というもので、隠れた人気を持っています。

シシゾウ:そんな7日間の中でも、「特にこの日!」という一日はありますか?

赤坂さん:最初に神輿が出る神幸祭は、活気があってとても内容の濃い日です。2日目も「山上がり」があり、勇壮で華麗な日です。最後の還幸祭の「足洗い」では3基の神輿が砂浜に集合してもみあいますからね。何が起こるか分からないということで、1万人を超える人が見に来ます。この三日が、特にみどころの多い日といえます。もちろん、それ以外の日でもどこかで何かが行われているので、どの日が一番ということはありません。毎日がバラエティ豊富なので、見物に来られる人が便利なように、それらを組んだスケジュール表やパンフレットも出ています。

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注目ポイント「かざる・まつる・まもる」を支える高浜の人たち

シシゾウ:曳山と神輿のみどころを教えてください。

赤坂さん:曳山は1階部分に囃子方の若連中が乗り、2階は踊りなどを演じる舞台になっています。囃子以外は子供が演じるので、可愛くて和やかです。また、曳山の後ろには「見送り幕」が吊り下げられています。凝った刺繍が施されていて、これもみどころといえます。かなり高価なもので、何百万もかかるともいわれています。
一番勇壮なのは、やはり足洗いですね。三基の神輿がパワフルに砂浜を練るのですが、その時にちょっとしたアクシデントというか、神輿と神輿が接触し、もみ合いになることがあります。そして最後に神輿は順番に静かに海に入っていきます。
足洗いには、集めてきた怨霊たちを最終的に海に流すという意味があります。神輿の巡行には疫病たちを集めて回るという意味があります。

シシゾウ:お囃子や芸能の練習は、どうされているんですか?

赤坂さん:曳山の屋台囃子は「まつり年」の1月から練習が始まります。師匠がきちっといまして、各区に伝承されたものが全く同じ形で受け継がれています。どの区も十数曲のレパートリーを持っています。囃子練習もそうですが、太刀振の練習もお田植の稽古も神社で祈祷をしてから始まります。祈祷が終わってからは週に何回かの練習が必要です。太刀振は居合の動きが早くて、練習しないと危ないんですよ。本物は使いませんが刀や槍を用いますから。それでも激しい動きで、見物する人は感心します。祈祷は本番だけでなく、練習や稽古にも事故がないことを祈る意味もあるんです。

シシゾウ:祭りの間、仕事や学校はどうなるんですか?

赤坂さん:一週間も続く祭りですから、町の人は仕事を休みます。「町の財産なので、頼むから休ませて」と(笑)。「仕事を取るか、祭りを取るか」と聞かれると、祭りを取るという人も多いと思います。学校は、小学校は子どもたちも祭りに参加しますから、一週間全部ではありませんが、様子を見て休んだり午前中だけの授業にしたり。学校と協議を行って、休みを決めます。
若い人の多くは祭りのときに帰ってきます。逆に祭りがあるから地域を出たくない人、他所に行けば仕事もたくさんあるかもしれないけれど、この祭りがあるからずっとここに住むという人も、もちろんいます。地域の人にとって祭りは、生きる目標であり、誇りです。

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ふるさと自慢8ヵ所の海水浴場と発祥の地でブランド化された
「若狭たかはま鮨」

シシゾウ:高浜町の名産品や観光スポットを教えてください。

赤坂さん:観光スポットといえば、やはり海水浴場でしょう。町内には「若狭和田海水浴場」「白浜海水浴場」「鳥居浜海水浴場」「城山海水浴場」「若宮海水浴場」「はまなすパーク海水浴場」「えびす浜海水浴場」「難波江海水浴場」と8ヵ所があり、それぞれ特長もあって賑わっています。「七年祭」ももともとは旧暦の6月(新暦7月)に行われていたんですが、海水浴シーズンを避けて、新暦の6月に行われるようになりました。
名産品は数多くありますが、特に「鮨(すし)」が有名です。高浜は「すし発祥の地」といわれ、奈良の平城京から出た「荷札木簡」に高浜から鮨を献上したことが記されています。
「若狭たかはま鮨」としてブランド化され、味はもちろんバリエーションも豊富です。

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メッセージ活気のある祭りを、見にいらしてください

赤坂さん:非常に賑やかで活気のある祭りなので、是非お越しください。ただ注意点として、神輿を家の2階から見てはいけないという決まりごとがあります。神社は高いところにありますから、そこから見てもいいのですが、民家の2階からはご遠慮いただきたいと思います。この町に来て、ルールを守りながら見て、祭りの活気を体感してください。

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