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六郷のカマクラ

※このページは写真・文章ともに過去の祭り情報になります。 今年応援する祭りはこちらから

TV番組情報

制作
:AKT 秋田テレビ
放送
:3月23日(土)15:00~15:55

ダイドードリンコスペシャル

冬空に響く、竹の音 ~六郷のカマクラ・竹うち~

六郷のカマクラ

秋田県美郷町六郷。小さなこの町で毎年2月11日から15日の5日間、豊作や安全繁栄を祈る「年ごい」、凶作や不幸を除去する「悪魔祓い」、その年の吉凶を占う「年占い」が行われる。国の重要無形民俗文化財にも指定されている「六郷のカマクラ」である。
子どもたちの書初めを青竹に吊るして軒先に飾る「天筆(てんぴつ)」からはじまり、最終日の夜には「天筆焼き」「竹うち」が行われる。
一連の行事を締めくくる「竹うち」は町を南軍・北軍の二手に分け、男たちが長さ5mほどの青竹を振り下ろして打ち合い、北軍が勝てば豊作、南軍が勝てば米の値が上がると言われている。小正月行事に込められた人々の願い、危険を伴う荒々しい行事を守り、伝えていくための苦悩…。雪国秋田の冬の風物詩「六郷のカマクラ」。静と動が織り成す、祭りの魅力に迫る。

祭り紹介

  • 祭り写真館

六郷のカマクラ

鎌倉幕府政所の「吉書初(きっしょはじめ)」の遺風を今に残す一連のこの行事は、国の重要無形民俗文化財に指定された、豊作祈願の火祭です。天筆(てんぴつ)飾り、鳥追小屋作り、竹うちと続くのですが、2月15日の竹うちは5~6mの青竹を持った男衆が南北に分かれて激しく打ち合い、一番のハイライトとして楽しまれています。

開催日
2月11日~2月15日※毎年同日
場所・アクセス
秋田県美郷町諏訪神社前かまくら畑

■ 空路
羽田空港~秋田空港 55分/名古屋空港~秋田空港 70分/関西国際空港~秋田空港 105分/千歳空港~秋田空港 55分
・国道13号~美郷町 約1時間30分
・日本海東北自動車道「秋田空港インター」~「大曲インター」~国道13号~美郷町 約1時間15分

■ 電車
JR秋田新幹線「東京駅」から「仙台駅」~「盛岡駅」経由~「大曲駅」 約3時間30分、JR「大曲駅」より車で20分

■ 車
・秋田自動車道「横手インター」~国道13号~美郷町 約35分
・秋田自動車道「大曲インター」~国道13号
お問い合わせ
美郷町観光情報センター[清水の館」
0187-84-0110

※掲載された情報につきましては、独自に集積したものであり、変更されている場合もあります。
 お出かけの際には各祭りの主催者へのお問い合わせや公式サイトなどで必ずご確認ください。

歴史豊作祈願に宮廷行事が合わさったカマクラ行事

シシゾウ:六郷のカマクラは、いつごろ始まった祭りですか?

岩屋さん:詳細は明らかではありませんが、六郷のカマクラのメイン行事である天筆焼きは、鎌倉時代初期、地頭によって六郷に伝えられた左義長がルーツだとされています。左義長とは、宮廷で新年に天皇や身分の高い貴族たちが書いた書き初め(=吉書)を焼き、その年の無事を祈願する行事です。六郷では短冊状の色付き半紙を緑・黄・赤・白・青の順番に長く継ぎ合わせたものに願い事を書き初めしたものを天筆と呼び、長い青竹の先端に結び付けて戸外に掲げます。祭り最終日の15日の夜に行われる天筆焼きは、正月飾りを焼くドンド焼きの火で天筆を焼く行事で、書いた願い事が神様に届くといわれています。

シシゾウ:祭りの名称になっているカマクラは何を指しているのですか?

岩屋さん:弥生時代から行われてきた豊作祈願の行事に、宮廷で行っていた「左義長」と「吉書焼き」の行事が合わさったものが、カマクラです。「蔵開き」「天筆書き」「天筆建立」「鳥追い小屋」「松にお焼き」「竹打ち」「鳥追い」「天筆焼き」などの一連の行事を総称して、「カマクラ」といいます。強いて言えば松におの火で天筆を焼く最終日の行事をカマクラと言うのかも知れません。一般にカマクラというと、雪で作った室(横手のカマクラ)が有名ですが、横手のカマクラも本来は六郷のカマクラと同じでした。カマクラの中の鳥小屋行事だけを残して観光利用したものが横手のカマクラです。そちらの方が観光行事として全国的に有名になりました。ちなみに、カマクラという名称は、全国でも、秋田県の六郷を中心とした狭い地域だけでした。横手の観光カマクラが有名になってから全国に知られたものです。

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みどころ青竹を武器に男たちが激しくバトル

岩屋さん:六郷のカマクラでは天筆焼きを筆頭に複数の行事が行われます。その中で一番動きが派手で観光客に人気が高いのが15日の夜に行われる「竹うち」です。竹うちは、六郷地区の男たちが北軍と南軍の二手に分かれ、それぞれが長さ5~6mの青竹を持ち、敵軍と打ち合いし、勝敗を決します。北軍南軍どちらが勝ったかによってその年の米のでき具合が占われ、北軍が勝つと豊作、南軍が勝つと米価が上がるといわれています。
天筆焼きの発祥は鎌倉時代にさかのぼりますが、竹うちはそれよりもずっと遅く、江戸時代に始まったと考えられています。竹うちが行われるようになった経緯は分かっていません。ここからは想像ですが、天筆焼きでは、天筆は長い青竹の先につけたまま、ドンド焼きをする場所まで運ばれます。何百人という人たちが長い竹を持って集まると竹同士がカラカラぶつかりあうこともあったでしょう。そこから偶発的に始まり、進化したのが現在の竹うちではないかと思います。

シシゾウ:竹うちの勝負はどのように行われるのですか?

岩屋さん:戦いが始まる前、北軍と南軍はそれぞれの陣地に分かれ、青竹を手に対峙します。
その時点で男たちの戦意は高揚しています。味方同士の竹と竹が触れ合って立てるカラカラという音も闘争心をかきたてます。スタートの合図とともに、男たちは一斉に相手陣営に向かって竹で激しく打ちかかっていきます。法螺貝に似た木貝(きがい)が吹き鳴らされ、味方の戦意を鼓舞します。戦いが始まると全員無我夢中です。私が現役だったときは、神事だということをさっぱり忘れて竹を振り回していました(笑)。長い竹で互いに激しく打ち合いをしていると、じきに竹同士がからまりあい、さらに時間が経つと竹と竹が何十本も重なり合った状態になり、持ち上げられなくなります。そこからは力勝負の押し合いになり、最終的に相手陣営に押し込んだほうが勝ちになります。
竹うちに参加できるのは基本的に六郷地区の男性ですが、聞いた話では女性が参加していることも稀にあるようです。過疎化で以前に比べると参加者は少なくなりましたが、現在も両軍合わせて400人近くが参加します。

シシゾウ:竹うちで怪我はしないのですか?

岩屋さん:冬なので厚着をしていますし、頭は綿入りの頭巾やヘルメットなどを着用して備えるので、大きな怪我をすることはまずありません。すりむいたり、打ち身になったりすることはありますが、参加者にとっては福が授かる印として、かえってありがたがられるくらいです。

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注目ポイント冬の夜空に、思いを込めた天筆が舞い上がる

岩屋さん:六郷のカマクラでインパクトが強いのは竹うちですが、祭りの成り立ちからいうと、あくまでも天筆焼きがメインイベントです。最近は主従が逆になり、竹うちの2回戦と3回戦の合間に天筆焼きが行われるという言い方をする人が多いのですが、正しくは天筆焼きの前後に竹うちが行われるというべきでしょう。
天筆は昔から11日に書くならわしです。長さが4m前後ある天筆用の色紙に自分の願い事を書くのですが、冒頭に「奉納 鎌倉大明神 天筆和合楽 地福円満楽」などの縁起の良い定型文を書き、その後に続けて「天下泰平楽」「家内安全楽」というふうに自分の願い事を書きます。最近は願い事の内容も現代風で「交通安全楽」「高校合格楽」「サッカー優勝楽」という願い事を見かけます。翌12日には、この天筆を長い青竹の先端に結びつけて戸外に掲揚します。
天筆焼きの主役は子どもたちです。本来、神様へ願い事をするものなので昔は年齢に関係なく書かれていましたが、最近は大人で書く人は少なくなりました。私は毎年欠かさず天筆を書いています。筆を握って天筆の紙に向かうと、新しい年は良い年であってほしいと願う気持ちが自然に湧いてきます。
天筆焼きの最大のみどころは、ドンド焼きに投じられた天筆が、炎の勢いにあおられ、燃えながら空高く舞い上がるところです。高く上がれば上がるほど願いがかなうとされ、字が上手になる、学校の成績が上がる、火の粉を浴びると一年間病気にかからないなどの御利益も得られるといわれています。

シシゾウ:天筆の代書サービスがあるそうですね。

岩屋さん:2010年に六郷のカマクラを盛り立てるために結成された住民グループが取り組んでいる「日本の願いをかなえる天筆プロジェクト」です。願い事を町内外から受け付け、天筆の代書から天筆焼きまでを行うもので、東日本大震災の復興に取り組む人たちの願いを天筆にしたらどうかという地元高校生のアイデアが発端となりスタートした企画です。若い世代からこのような素晴らしいアイデアが出てきたことが非常に頼もしいですし、これが起爆剤となって天筆焼きの知名度が上がり、六郷のカマクラが盛り上がっていくことを期待しています。願い事がある方は、天筆に願いを託してみてはいかがでしょうか。

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ふるさと自慢城下町の歴史を伝える町並みと寺院群

シシゾウ:美郷町六郷でおすすめの観光地や特産物を教えてください。

岩屋さん:江戸時代に宿場町として栄えた旧六郷町は、中世に城下町として特別に設計された町で、敵からの攻撃に備え、防御を固めるために町の周囲を寺院と神社で取り囲むという特殊な造りをしています。町の規模は小さいのに、26もの寺院と2つの大きな神社が現存しています。城下町時代の道路もそのまま残っています。町の東側にある寺町通りは、約400mにわたって寺院が並び、風情のある雰囲気を残しています。観光地としての整備はほとんどされていませんが、六郷にお越しになった際には、町の成り立ちを念頭において散策していただければ城下町の名残をあちらこちらに発見していただけると思います。

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メッセージ六郷のカマクラを訪れて、大いに盛り上げてください

岩屋さん:六郷のカマクラは国の重要無形民俗文化財に指定されています。そんな重要な祭りを小さな町で支え、継承していくのは容易ではありません。他の地域の皆さんが関心を持ってくだされば、継承に向けて住民の意欲が高まりますので、大勢の方に見に来ていただきたいです。よろしくお願いいたします。

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