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檜枝岐歌舞伎 愛宕神祭礼奉納歌舞伎

※このページは写真・文章ともに過去の祭り情報になります。 今年応援する祭りはこちらから

TV番組情報

制作
:TUF テレビユー福島
放送
:6/2(日)16:00~16:54

ダイドードリンコスペシャル

檜枝岐歌舞伎 -風と花と村芝居-

檜枝岐歌舞伎 愛宕神祭礼奉納歌舞伎

尾瀬への玄関口・檜枝岐村。かつては高冷地であるため米が取れず、生活するのが非常に厳しい村でした。檜枝岐歌舞伎は、春と秋の年2回、奉納公演が行われ、270年前の江戸時代から村人を楽しませてきました。役者は全て村民です。仕事を終えた夜に練習しています。
芝居に演出というものはありません。指導をする座長が心を砕くのは、祖先から伝わった通りに演じることです。座員は裏方さんも含め30名ほど。この春に役場を定年退職する人もいれば、震災からの遅すぎる復興に居ても立ってもいられず故郷の相馬に帰る人もいます。
番組は、山里に暮らす座員たちのさまざまな思いがひとつになって舞台ができていく様子を紹介します。

祭り紹介

  • 祭り写真館

檜枝岐歌舞伎 愛宕神祭礼奉納歌舞伎

尾瀬の入口として知られる奥会津の檜枝岐村に江戸時代から伝わる農民芸能で、春と秋の年2回、祭りのときに奉納されます。演じる役者から舞台を作る裏方まで、一座はすべて村の一般の人たちで、稽古を重ね演目を仕上げていきます。歌舞伎が演じられる舞台は鎮守神の境内にあり、国の重要有形民俗文化財となっています。

開催日
【千葉之家花駒座新春歌舞伎公演】4月10日前後
【愛宕神祭礼奉納歌舞伎】5月12日※毎年同日
【鎮守神祭礼奉納歌舞伎】8月18日※毎年同日
【歌舞伎の夕べ】9月第1土曜日
場所・アクセス
福島県南会津郡檜枝岐村字居平

■ 電車・バス
会津鉄道・野岩鉄道「会津高原尾瀬口駅」下車後、会津バスで約70分「尾瀬檜枝岐温泉」下車

■ 車
・東北自動車道「西那須野塩原インター」より約100km、「白河インター」より約120km
・磐越自動車道「会津坂下インター」より約125km、「会津若松インター」より約110km
・関越自動車道「小出インター」より約120km
お問い合わせ
尾瀬檜枝岐温泉観光協会
0241-75-2432

※掲載された情報につきましては、独自に集積したものであり、変更されている場合もあります。
 お出かけの際には各祭りの主催者へのお問い合わせや公式サイトなどで必ずご確認ください。

歴史270年の伝統を持つ、山里が育んだ農村歌舞伎

シシゾウ:檜枝岐歌舞伎は、いつごろ始まったものですか?

星 さん:檜枝岐に歌舞伎が伝わったのは江戸時代です。最も古い資料は、檜枝岐の住民が署名をした浄瑠璃本で、そこに寛保3年(1743年)の年号が記されています。そのころには既に歌舞伎が檜枝岐で行われていたと考えられます。2013年はそのときから数えてちょうど270年の節目の年になります。
江戸時代、庶民の憧れは一生に一度でいいから伊勢神宮へ参詣することでした。しかし、今と違って誰もが気軽に旅に出られる時代ではなかったため、仲間同士でお金を出し合い、代表者にお伊勢参りをしてもらい、御利益を分けてもらう代参が盛んでした。檜枝岐村から伊勢へ行くには江戸を通過します。そのとき代参者は歌舞伎を見物し、素晴らしいものがあると感動したのでしょう。そして檜枝岐に戻ってからみやげ話に芝居の話をして聞かせ、見よう見まねで役者の真似をしているうち、自分たちの村でも歌舞伎を演じようという話になり、浄瑠璃本を買ってきたり、プロの役者の芝居を見て覚えてきたものを口伝えしたりして発展してきたのではないかと考えられます。
娯楽がほとんどなかった昔、檜枝岐村の周辺地域でも農村歌舞伎は演じられていましたが、時代とともに新しい娯楽にとって代わられ廃れていきました。檜枝岐村は、今でこそ尾瀬観光で大勢の人が来村されますが、戦前までは交通事情が悪かったため、人の出入りがほとんどなく、テレビが入ってくるのも周辺地区より遅れていました。そのため、年に2回の歌舞伎公演は貴重な娯楽として住民に支持され、現在まで受け継がれてきたのだと思います。

シシゾウ:檜枝岐歌舞伎の上演団体である「千葉之家 花駒座(ちばのや はなこまざ)」はいつごろ結成されたのですか?

星 さん:檜枝岐歌舞伎は、明治時代には他所の町村でも公演を行うほど演劇集団として活発に活動していましたが、そのころには定まった劇団名はありませんでした。千葉之家 花駒座を名乗るようになったのは大正時代になってからです。千葉之家の千葉は、檜枝岐村に伝わる平家の落人伝説で源平の戦いに敗れ、檜枝岐に落ちのびてきた一族が千葉平氏だったことに由来しています。また、花駒座の駒は、檜枝岐村にある日本百名山の会津駒ヶ岳にちなんでいます。
現在、千葉之家 花駒座には役者や裏方を含め約30人の座員がいます。皆、檜枝岐村の村民で、子役を務める小学生から70代の方まで幅広い年齢層の人たちが揃っています。芝居の稽古は夜が長く、座員の仕事が比較的暇になる1月から3月にかけて集中的に行っています。

シシゾウ:星さんは千葉之家 花駒座の第十代座長を務めておられますが、キャリアはどのくらいになるのですか?

星 さん:私が千葉之家 花駒座の入ったのは昭和42年です。進学で一時期村を離れ、檜枝岐村役場に就職するために郷里に戻ってきてみると、テレビの普及や高度経済成長期で若者が都会に出ていったことによる後継者難などの要因が重なって、村民の歌舞伎離れが進んでいました。このままでは他所にはない檜枝岐の素晴らしい伝統が失われてしまうと危機感を抱き、歌舞伎の保存継承活動を始めました。当初は自分が役者になることはまったく頭にありませんでしたが、人に勧めておいて若者である自分が何もしないわけにはいかないと考え、一座に加わりました。役者になってみると思っていた以上に奥が深く、やればやるほどおもしろくなってきました。同時に難しさも分かってきて、昔の人たちはこのように難しいものを専門家の手も借りずによく続けてきたものだと改めて郷土の先人たちに尊敬の念が湧いてきました。また、だからこそ長年この地に受け継がれてきた伝統を後世に継承していかなければならないという気持ちが強くなりました。

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みどころレパートリーは11演目。古い様式を純粋に守り伝える

星 さん:檜枝岐歌舞伎は11の演目を継承しています。大半は武将が登場する時代物で、子役の活躍する演目が多いところがひとつの特色になっています。演目の中には歌舞伎座などでもよく上演される人気狂言の「一之谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」三段目や「奥州安達ヶ原(おうしゅうあだちがはら)」三段目がありますが、三段目の説明場面にあたり、他所の舞台ではほとんど演じられることがなくなった二段目もレパートリーにしています。
専門家の方から檜枝岐歌舞伎の特徴としてよく指摘を受けるのは、演技の型の古さです。
例えば、舞台から花道に引っ込むときに行われる六方(ろっぽう)という所作があります。そのときの手の動きは、プロの歌舞伎役者が日本舞踊を思わせる洗練されたやわらかい動きであるのに対し、檜枝岐の型は荒削りでその分、武者の勇ましさが感じられます。檜枝岐の歌舞伎は、江戸の歌舞伎のようにプロの演出家の手が入ることもなく先輩から後輩へ口伝えで受け継がれてきました。素人ですから自分たちで新しい型を考案しようなど考えもせず、270年前に見よう見まねで覚えた歌舞伎の型を忠実に守ってきたのでしょう。そういう意味で、檜枝岐歌舞伎は270年前の歌舞伎の様式を純粋に守り伝えているといえるのではないかと思います。

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注目ポイント闇に浮かび上がる舞台が、芝居に興趣を添える

星 さん:檜枝岐歌舞伎は鎮守神へ感謝の念を込めて奉納されるため、歌舞伎を上演する舞殿(まいでん)と呼ばれる茅葺きの舞台は、小高い山の上にある鎮守社に正対するように建てられています。江戸時代に建てられた舞殿は明治26年(1893年)の大火で焼失したため、現在の舞殿は明治30年(1897年)に再建されたもので、昭和51年に国の重要有形民俗文化財に指定されています。観客は昔も今も野天の境内に座って見物するのですが、近年、他所から観劇に来られる方が増え、座る場所が足りなくなったため、座れない人たちが鎮守社のある山に登り、斜面に座って見物するようになりました。それは危険だということで、現在は山の斜面を工事して客席として座れるような石段が設けられています。
檜枝岐歌舞伎の公演は夕方にスタートします。日没前でまだ空が明るいころ、舞台を清める意味のある「寿式三番叟(ことぶきしきさんばそう)」が演じられ、続いて公演のメインの演目が上演されます。そのころになると境内に夕闇が立ち込め、芝居がクライマックスを迎えるころには、辺りはすっかり漆黒に包まれ、照明で煌々と照らしだされた舞台が闇の中に浮かび上がります。昔の農村芝居の雰囲気を伝える舞台のロケーションは非常に趣があり、ご覧になった方は皆、感動されます。

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ふるさと自慢檜枝岐歌舞伎の歴史が分かる
檜枝岐歌舞伎伝承館「千葉之家」

シシゾウ:檜枝岐村でおすすめの特産物や観光スポットを教えてください。

星 さん:檜枝岐村の新しい観光スポットとして2012年9月1日に檜枝岐歌舞伎の歴史や概要を紹介する檜枝岐歌舞伎伝承館「千葉之家」がオープンしました。館内には舞台写真やポスター、歴代の座長が使っていた三味線や舞台の小道具など檜枝岐歌舞伎に関する資料が展示されています。また、吹き抜けには昭和20年代に地域の人たちに寄贈され、舞台で実際に使われていた鶴と松が描かれた豪華な引幕が張り巡らされています。檜枝岐歌舞伎伝承館は舞殿に隣接していますので、公演がないときも舞殿と合わせて見学していただくと、この舞台でこういうふうに歌舞伎が上演されるのだなとイメージしていただけるのではないかと思います。

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メッセージ声援と拍手が何よりのご褒美です

星 さん:檜枝岐歌舞伎は270年の歴史と伝統を持っているということで、平成11年に福島県の重要無形民俗文化財に指定されました。全国にも存在を知られるようになり、その分、継承する私たちの使命は重大だと感じています。少子化で若者が減っている中、後世に継承していけるのかという不安はありますが、次代にきちんと引き継いでいけるように若い世代の理解を求めると同時に次代のリーダーを育成することが座長である私の使命だと思っています。
継承に取り組む私たちの励みになりますので、多くの方に私たちの歌舞伎を見に来ていただきたいです。ご覧になるときは前もって演目を調べ、どういうストーリーなのかを頭に入れておかれると、より楽しくご覧いただけると思います。私たち座員にとって一番のご褒美は拍手や声援です。プロの役者のような演技はできないかもしれませんが、少しでもいい演技だなと思われたときには、拍手や「がんばれ」「いいぞ」といった掛け声をいただければ、おおいに力づけられて演技に一層熱が入ります。ご声援をよろしくお願いいたします。

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