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新庄まつり

※このページは写真・文章ともに過去の祭り情報になります。 今年応援する祭りはこちらから

TV番組情報

制作
:YBC 山形放送
放送
:9月23日(日) 13:00~13:55

ダイドードリンコスペシャル

絢爛山車にかけた夏 ~若連の新庄まつり~

新庄まつり

山形県新庄市に短い夏の終わりを告げる新庄まつり。250年以上続く伝統の祭りは、市民が総参加し1年分のエネルギーを一気に爆発させる一大イベントです。祭りの主役は歌舞伎や物語の名場面を再現した絢爛豪華な20台の山車(やたい)。“チェレンコヤッサー”の掛け声で子どもたちが山車を引き、優雅で哀調を帯びたお囃子とともに目抜き通りを練り歩きます。山車は町内の若連(わかれん)が4か月以上かけて制作した力作です。
山車に飾られる人形は祭りの華。生きているような繊細な表情が観衆を魅了します。この人形を代々手がけているのが野川家。現在は4代目野川北山氏(35)が一子相伝の技を受け継いでいます。番組では山車作りに情熱を燃やす若連と人形師の6か月に密着。伝統の祭りにかける新庄市民の心意気を描きます。

祭り紹介

  • 祭り写真館

新庄まつり

毎年8月24日~26日に開かれ、3日間で数十万もの観覧客が集う「新庄まつり」。歌舞伎や歴史の物語を再現した絢爛豪華な20台の山車(やたい)が町を練り歩きます。本まつりでは神輿渡御(みこしとぎょ)が行われ、最終日のカモシカを模した「鹿子踊(ししおどり)」と「飾り山車」でまつりは幕を閉じます。

開催日
8月24日~8月26日※毎年同日
場所・アクセス
山形県新庄市駅前広場「アビエス」および市街中心地一円

■車
・東京から東北自動車道、山形自動車道を経由、東北中央自動車道「東根インター」より新庄市内まで国道13号線を通って約1時間10分

■電車
・JR山形新幹線「つばさ」利用、「東京駅」より最短3時間14分「新庄駅」下車すぐ
お問い合わせ
新庄市商工観光課
0233-22-2111

※掲載された情報につきましては、独自に集積したものであり、変更されている場合もあります。
 お出かけの際には各祭りの主催者へのお問い合わせや公式サイトなどで必ずご確認ください。

祭りのご紹介
歴史
みどころ
注目ポイント
ふるさと自慢
メッセージ
人形師 野川 北山(のがわ ほくざん)さん
「新庄の人たちにとって新庄まつりは生活の一部です。新庄まつりでは主役の山車を「やたい」と呼んでいます。山車を出す町内の人たちは、その年の新庄まつりが終わるとすぐ次の年に作る山車のことを考え始めるといわれるくらい、まつりを中心に一年が回っています。」
人形師
野川 北山(のがわ ほくざん)さん
歴史

戸沢藩主が民衆の士気を高めるために始めた祭礼

シシゾウ:新庄まつりは、いつごろ始まった祭りですか?

野川:新庄市は江戸時代、新庄藩の城下町でした。宝暦5年(1755)、新庄藩は大飢饉に見舞われ、数多くの死者を出したため、五代藩主・戸沢正諶(とざわまさのぶ)公が意気消沈する領民の士気を鼓舞し、五穀豊穣を祈願するため、翌宝暦6年(1756)、戸沢氏の氏神である天満宮の祭礼を行うように命じたのが新庄まつりの起源とされています。
「日本一の山車行列」といわれる新庄まつりの山車は、まつりが始まった当初、城下の町衆たちが家にあるものを持ち寄って台に飾り、町を練り歩いたのが原型だといわれています。現在のように着飾った等身大の人形、岩山、滝や波しぶき、館、花、樹木、動物などの大道具小道具で飾られるようになったのは明治になってからで、昭和初期に新庄山車連盟が結成されたのを機に絢爛豪華になっていきました。
山車と並んで新庄まつりを盛り立てるのは、山車に付いてまつり囃子を演奏する囃子方(はやしかた)で、大太鼓、小太鼓、笛、鉦(かね)、三味線で編成されています。山車を作るのは旧城下各町の若連と呼ばれる組織で、囃子方を務めるのは城下町周辺のかつての農村部の住民たちが、地区ごとに作る囃子若連と呼ばれる組織です。どの山車にどの囃子若連がつくかという組み合わせは昔から決まっています。


シシゾウ:野川さんのご本職は能面師ですが、野川さんも含めた野川家の方々は何代にもわたって新庄まつりの山車に飾る人形制作に携わっておられるそうですね。

野川:人形師の家系である野川家は私で四代になります。初代の野川北山は山形県尾花沢市の出身で彫刻家として活躍する傍ら、文楽人形や人形芝居に使う劇人形の制作をしていました。その人形の評判を聞いた新庄の方々が尾花沢に訪ねてこられて、「新庄まつりの人形制作を手がけてほしい」と依頼されたのが、新庄まつりに関わるようになった経緯です。新庄まつりの約250年の歴史の半分以上を野川家が人形師として関わらせていただいています。
初代のころは人形を各町に販売していました。しかし新庄まつりの山車の出し物は毎年内容が変わるため、人形を毎年購入すると各町の負担が大きくなりすぎるということで、途中から人形を貸し出す形になりました。現在、山車を出す町は20町ありますが、すべての町で野川家の人形を使っていただいています。

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みどころ

山車の上で繰り広げられる絢爛豪華な時代絵巻

シシゾウ:新庄まつりの山車の特徴はどのようなところですか?

野川:新庄まつりの山車は幅が約3m50㎝、長さ約7mの山車の上にある舞台に、「風流」と呼ばれる物語の一場面が表現されます。内容は歌舞伎の名場面を忠実に再現する歌舞伎部門と地元の伝説や昔話を題材にする物語部門に分かれ、どちらの部門を作るかは各町の自由です。部門分けされるようになったのは「新庄ふるさと歴史センター」がオープンした昭和58年からで、各部門の最優秀に選ばれた山車は一年間センター内に展示されます。
新庄まつりの山車のもうひとつの特徴は、その年のまつりが終わると人形と衣装、館以外の道具類をすべて解体することです。精根込めて手作りした大道具小道具を惜しげもなく壊し、次の年はまたゼロから作り上げるという繰り返しがこのまつりを魅力的にしている大きな要因になっていると思います。


シシゾウ:山車の制作はどのような工程で行われるのですか?

野川:毎年2月に開かれる新庄山車連盟の新年会で、各町の代表者がその年のまつりに作りたい題材を発表します。題材がかぶらなければそのまま決定ですが、どの題材を作るかはこの日まで各町ともトップシークレットにしているため、人気の題材になると希望が重なることも多々あります。その場合は話し合いや抽選などで決めます。題材が決定すると具体的にどういう場面にするか、構図を考え、下絵を描きます。実際に山車の制作に取り掛かるのはまつりの2ヵ月ほど前からで、各町にある山車小屋に若連のメンバーが夜や休日に集まって共同作業します。


シシゾウ:人形の準備はどう進むのですか?

野川:6月に入ると、各町が当家に人形貸出の申し込みをされます。各町が考えてきた構図に基づいて、どういった表情の人形が何体必要で、それぞれの人形にどういうポーズをさせ、手にはどんな道具を持たせるのかといったことなど具体的に打ち合わせていきます。6月の時点で構図が決まっていない町があるときは、どういう場面を作りたいか、若連の皆さんの希望をお聞きして一緒に考えたり、当家に所蔵している歌舞伎や各地の伝説、物語などの資料を参考にしてアドバイスを差し上げたりします。
正式な申し込みを受けた後、人形の準備に取り掛かります。私は普段、仙台市の工房で能面師として活動していますが、6月に入ると新庄市の工房に移り、夏の間中、新庄まつりに掛かりきりになります。
ひとつの山車に使われる人形は平均4体なので、20町合わせて約80体の人形を準備しなければなりません。当家が所蔵している人形は約200体ありますが、そのまま使うことはほとんどなく、傷んだところを補修したり、顔を化粧直ししたりします。化粧を変えれば雰囲気がガラリと変わるのは人形も人間と同じです。ただ、喜怒哀楽の表情までは変えられないので必要があれば新しい人形を作ります。新しい人形を作るほどではありませんが、化粧直しをするのも同じくらいの工程がかかります。例えば、歌舞伎部門の出し物に使った人形は隈(くま)取りを施すことが多いのですが、隈取りを落すには顔の彩色をすべて落とし、下地の胡粉(ごふん)を一から塗り直して、上塗り胡粉と顔料で眉毛の1本1本まで彩色し直していきます。この彩色の方法は能面作りとまったく同じです。屋内で使用することを前提としている能面と違って新庄まつりの人形は屋外で使われますが、人形としてのリアルさを追求した結果、同じ技法を使っています。

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注目ポイント

豪華山車巡行、幻想的なライトアップ、
飾り山車の山車三態が見られる3日間

シシゾウ:3日間にわたる新庄まつり各日のポイントを教えてください。

野川:24日の宵まつりは山車のライトアップです。昼間、各町の子どもたちに引かれて町内を練り歩いた山車は、夕方になると夜の巡行に備えて集合場所に集まります。午後6時、電飾を点灯した山車は隊列を組んで新庄駅前ふれあい広場「アビエス」に向かい、駅前広場のロータリーを1周します。漆黒の闇の中に浮かび上がる山車の幻想的な雰囲気はぜひ一度ご覧いただきたいと思います。
25日の本まつりでは、新庄藩主・戸沢氏の氏神、天満宮の神輿渡御行列です。天満宮の御神体が遷された神輿が新庄城跡を出発し、市内を行列します。そもそも新庄まつりは江戸時代、領民が立ち入りを許されなかった城内にある天満宮の御神体を城外に出すことで広く参拝できるように始められたものなので、神輿渡御行列はこのまつりの原点といえるものです。神輿のお供が大きな傘を回してみせる傘廻(かさまわし)や挟箱(はさみばこ)の見事な足さばきは特にみものです。この日、山車は抽選で決まった順番で神輿渡御行列に続き、市街を練り歩きます。
26日の後まつりで一番注目するポイントは、戸沢神社境内をはじめ市内の各場所で披露される「萩野(はぎの)・仁田山鹿子踊」です。これは鹿子(=カモシカ)に扮した7人の踊り手と2人の地方(じかた)と呼ばれる歌い手によって、先祖の供養と豊作を祈願して奉納される民俗芸能です。踊り手が鹿に扮して踊る鹿子踊は岩手県全域にみられますが、カモシカを模した鹿子踊はここ新庄だけです。また後まつりの日では、飾り山車ということで市のメインストリートに山車を展示します。宵まつりと本まつりでは山車は常に移動していますが、この日は停まっているので細部までじっくりご覧いただけます。山車のそばにはまつりの半被を着た若連の人たちが控えているので、山車の説明を聞いたり一緒に記念写真を撮って楽しんでいただくこともできます。
山車を出す20の町内は、動物を作るのが得意な町、歌舞伎の場面を忠実に再現するのが得意な町などそれぞれ持ち味があります。リピーターになってそれぞれの町の個性が分かってくると、より一層おもしろさが増してくるところが新庄まつりの山車を観賞する醍醐味だと思います。

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ふるさと自慢

新庄のすべてが分かる新庄ふるさと歴史センター

シシゾウ:新庄市でおすすめの特産物や観光スポットを教えてください。

野川:新庄市や新庄まつりについて詳しく知りたい方にお勧めしたいのは、新庄の観光拠点の「新庄ふるさと歴史センター」です。1階の新庄山車会館には、新庄まつりの最優秀山車や野川家の人形数点が展示されているほか、まつり映像の定時上映も行われています。地階の「雪国民俗館」は、昔の生活道具などの展示を通して豪雪地帯である新庄の冬の暮らしぶりを紹介しています。これらの展示をご覧いただくと、長く厳しい冬があるからこその夏の新庄まつりだとご理解いただけると思います。

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メッセージ

2012年のまつりは、
山車の新しいチャレンジにご期待ください

野川:新庄まつりを一度見れば約250年の伝統と文化、新庄の人たちの熱意と熱気、心意気を体感していただけるので、ぜひ足をお運びいただきたいと思います。私は仙台生まれの仙台育ちですが、小学1年生から夏休みに入ると新庄市の工房に行き、夏の間ずっと父の人形作りを手伝いながら人形師修行をしてきました。そのため新庄はもうひとつの故郷のようで、新庄の人と同じようにまつり囃子を聞くと気分が浮き立って体がうずうずし、まつりが終わっても笛に似た音が聞こえるとお囃子の音かと思わずハッとしてしまいます。野川家は新庄まつりと共に歩んできたという思いが強いので、日本一の山車行列と称される新庄まつりの魅力をひとりでも多くの方に知っていただきたいと思いますし、初代の名前を襲名させていただいた身として、新庄まつりの人形師としての伝統をきちんと継承していかなければならないと感じています。新庄まつりの山車は各町の若連の方々、人形を作る野川家、そのどちらが欠けても良いものは作れないと思うので、若連の皆さんのまつりに賭ける情熱に応えられるよう努力し、新しいことにも一緒にチャレンジしていきたいと思います。2012年の新庄まつりでは250余年の歴史に登場したことのない新しい題材や場面が登場するのでご期待ください。

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