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名舟大祭

※このページは写真・文章ともに過去の祭り情報になります。 今年応援する祭りはこちらから

TV番組情報

制作
:MRO 北陸放送
放送
:8月26日(日) 13:00~13:55

ダイドードリンコスペシャル

御陣乗太鼓 ~奥能登・名舟大祭~

名舟大祭

輪島市名舟町は、石川県能登半島の先端にある人口約200人の小さな港町です。400年前から伝わる御陣乗太鼓は、この町に住む男だけに許される一子相伝の太鼓。普段はそれぞれの仕事の傍ら、プロの奏者として活動する打ち手たち。日本で、そして世界でも活躍する彼らが、どんなステージよりも緊張すると語るのが「名舟大祭」での奉納打ちです。何万人が見つめるステージよりも200人の地元の人たちの前での舞台が大切。そこにはふるさとへの愛が…。日本初の世界農業遺産「能登の里山里海」を舞台に、キリコ、神輿、太鼓が響く「名舟大祭」。番組では御陣乗太鼓の響きを守り続けている兄弟、明日を担う子どもの打ち手たちに密着します。能登の小さな港町が一年で最も輝くのが「名舟大祭」の2日間です。

祭り紹介

  • 祭り写真館

名舟大祭

名舟の沖合約50km離れた舳倉島(へぐらじま)に鎮座する奥津比咩神社(おきつひめじんじゃ)の御神霊を迎えて行う例祭です。能登の夏祭りを象徴するキリコと神輿や、子ども組、大人組による御陣乗太鼓(ごじんじょだいこ)の奉納打ちが最大のみどころです。門外不出の御陣乗太鼓は、この地に400年以上受け継がれてきています。

開催日
7月31日~8月1日 ※毎年同日
場所・アクセス
石川県輪島市名舟港周辺
・能登有料道路「能登空港インター」より、車で約40分
※祭り当日は駐車が難しく、「道の駅 輪島ふらっと訪夢」発「輪島漆器会館」経由のシャトルバス(有料)が便利です
お問い合わせ
輪島市観光協会
0768-22-6588

※掲載された情報につきましては、独自に集積したものであり、変更されている場合もあります。
 お出かけの際には各祭りの主催者へのお問い合わせや公式サイトなどで必ずご確認ください。

祭りのご紹介
歴史
みどころ
注目ポイント
ふるさと自慢
メッセージ
名舟町区長 御陣乗太鼓保存会 会長 今寺 研治(いまでら けんじ)さん
「名舟の人間は一年中、名舟大祭のことを考えているといっても過言ではありません。町外に暮らす名舟出身者も同様で、盆正月に帰省しなくても祭りには必ず帰るという人が多く、祭りの夜には各家で親戚友人を交えて宴会が開かれます。」
名舟町区長 御陣乗太鼓保存会 会長
今寺 研治(いまでら けんじ)さん
歴史

上杉謙信を撃退した奇策の陣太鼓を奉納

シシゾウ:名舟大祭は、いつごろ始まった祭りですか?

今寺:奥津比咩神社は平安時代前期の創建で、「延喜式神名帳※1」(えんぎしきじんみょうちょう)にも掲載されている由緒ある神社です。古来、舳倉島は名舟村の領有で、島に鎮座する奥津比咩大神を守護神として先人は漁場にしていました。祭日には渡島(ととう)して祭礼を行っていましたが、荒天になると渡島することは危険を伴うため、海岸に鳥居を建立し白山神社境内に遙拝所(ようはいじょ)を設けて礼拝するようになりました。名舟大祭の神事はこれを引き継いでいます。
名舟大祭を象徴する勇壮な御陣乗太鼓は、名舟町に古くから伝わるもので、起源は戦国時代にさかのぼります。越後の上杉謙信が奥能登地方に攻め入り、名舟の集落に迫ってきたとき、武器を持たない住民たちは、古老の一計により、木の皮で作った面をかぶり、頭には海藻を付けた恐ろしげな姿に扮しました。そして、夜陰(やいん)に乗じて上杉軍に忍び寄り、篝火(かがりび)を焚いて陣太鼓を打ち鳴らしました。上杉軍は時ならぬ陣太鼓の響きと鬼気迫る住民たちの狂騒に驚き、あわてふためいて退散し、二度と攻めてくることはありませんでした。以来、この戦勝は氏神様である奥津比咩の御神徳によるものと伝えられ、名舟大祭では、お迎えした奥津比咩の御神霊に、漁労の隆盛祈願と戦勝御礼を込めて感謝の念を捧げ、御陣乗太鼓を奉納します。

※1 延喜式神名帳:927年(延長5年)に著された「延喜式」の巻九・十を指し、当時「官社」とされていた全国の神社一覧

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みどころ

鬼面の打ち手が躍動する、
迫力満点の御陣乗太鼓奉納打ち

シシゾウ:名舟大祭の2日間のスケジュールを教えてください。

今寺:7月31日が宵祭、8月1日が本祭になります。宵祭は夜9時に五基のキリコ※2が、各キリコ組の宿元(やどもと)といわれる民家を出発し、午後9時30分に白山(はくさん)神社の境内に集合します。それから神輿に白山神社の御神霊を移す神事が行われます。午後10時、神輿の前後にキリコがつき従い、道を明かりで照らしながら渡御(とぎょ)に出発します。10分後、名舟港に到着した神輿は、御座船(ござぶね)に乗り移り、港から5~6m沖合の海中に立つ鳥居のそばまで海上を渡御します。そこで神職が祝詞(のりと)を上げ、奥津比咩の御神霊をお迎えします。その後、神輿が港に戻ってきて陸に上がると、名舟漁港そばの広場に設けられた祭り専用の舞台で御陣乗太鼓の奉納打ちが始まり、午後11時まで続けられます。そして、先導と供揃いにキリコを従えた神輿は、深夜まで集落を盛大に練り回し、神社から約1km離れた御仮屋(おかりや)を目指します。
8月1日の本祭は、神輿が御仮屋から白山神社に還御(かんぎょ)されます。午後2時、御仮屋を出発した神輿は、山車の上で打ち鳴らされる御陣乗太鼓に先導されて集落を渡御します。その後、奥津比咩の御神霊を舳倉島にお送りする神事が執り行われます。神事が終わる夕刻、御神霊はだしの風※3にのって舳倉島にお帰りになるといわれています。

※2 キリコ:切子灯籠。能登地方の祭りでよく見られる高さ数mの巨大な灯籠。
※3 だしの風:陸地から沖へ吹く強い風。船を出すのによい風。


シシゾウ:観光客にも人気の高い御陣乗太鼓の奉納打ちは、どういうところがみどころですか?

今寺:名舟大祭のクライマックスといえば、石川県指定無形文化財にも指定されている御陣乗太鼓の奉納打ちです。今では「名舟大祭といえば御陣乗太鼓」といわれるくらい有名になりましたが、昭和の中ごろまでは町外の方にご覧いただく機会はほとんどありませんでした。昭和35年(1960)に保存会が結成されたのを機に、御陣乗太鼓をもっと外の人に知っていただこうと、積極的にイベント等の舞台で披露するようになり、国内外の和太鼓ファンにご覧いただけるようになりました。しかし、名舟大祭の奉納打ちだけは門外不出で、祭りのときに名舟に来なければ見ることができません。そのため普段は世帯数70戸、約200人の小さな集落に、御陣乗太鼓を目当てに2000人以上の人々が詰めかけて大賑わいになります。
宵祭の奉納打ちは、子どもが打ち手を務める「子ども御陣乗太鼓」と、大人の打ち手による「御陣乗太鼓本番打ち」の2部制になっています。本祭のときは狭い山車の上で打つので太鼓の打ち手は2人ですが、舞台で披露する宵祭の奉納打ちは、打ち手が6人います。この6人は上杉謙信の兵を脅かして退散させたという故事に基づき、それぞれ夜叉(やしゃ)、幽霊、爺、達磨など見るからに恐ろしげな面をつけて演奏します。6人の打ち手たちは多彩なフォーメーションでひとつの太鼓を打ち鳴らし、打つ合間合間に、独特の所作で恐ろしげな雰囲気を醸し出します。約20分の演奏は「序・破・急(じょ・は・きゅう)」の三部構成で、「序」から「急」へと進んで行くにつれてどんどんテンポが速くなっていきます。最初に登場するのは夜叉で、1人で演奏を披露してから『地(じ)』と呼ばれるベースになるリズムを打ち始めます。それを合図に舞台の上手側と下手側から男幽霊と爺が出てきて3人で打ちます。これが「序」のパートです。次の「破」では、達磨が『地』を打って、他の5人が入れ替わり立ち替わりステージに現れて太鼓を打ちます。クライマックスの「急」では6人が全員ステージに登場し、『地』を打つ幽霊以外の5人がグルグル回りながら激しく打ち鳴らします。


シシゾウ:御陣乗太鼓は門外不出なので名舟の人間以外は打てないそうですね。

今寺:名舟の人間しか打つことが許されていないのではなく、名舟で生まれ育った人間でないと打てない太鼓です。昔から祭りが近付くと毎晩、若い衆が白山神社の境内に集まって太鼓の練習をします。名舟の子どもたちはそれを子守唄がわりに聞いて育つので、特別に習わなくても基本的なリズムが身体の中に入っていて、練習を始めるとすぐに打てるようになります。しかし、大人になってからこの太鼓を聞いた人は、打ちたいと思っても上手に打つことができません。結果的に名舟の人間以外打てないといわれるようになった次第です。

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注目ポイント

ろうそくの火が揺らめく幻想的なキリコの練り歩き

今寺:御陣乗太鼓ばかり注目されがちですが、宵祭のキリコも必見です。特に高台にある白山神社に通じる勾配のきつい坂道を、キリコが上がり下りする様子はみものです。20人近い若衆が歯をくいしばり、喘ぎながらキリコを担ぐ姿を間近で目にすると迫力満点です。また、少し離れたところから五基のキリコがろうそくの明かりを揺らめかせながら一列に並んで進んでいくところも幻想的でよいものです。能登地方にはキリコの祭りが数多くありますが、高低差の激しい場所を練り歩くキリコが見られるのは名舟だけだと思います。
御陣乗太鼓の奉納打ちが終わると、大半の観光客の方はお帰りになります。私たち地元の人間にとってはそこからが祭り本番で、自分たちの祭りという感覚で、だれに気兼ねすることなく思う存分キリコを振って町を練り歩きます。近年、近隣地区では人口が減って担ぎ手が少なくなったため、本来担ぐキリコや神輿を台車に載せて動かすことが増えているのですが、名舟では昔ながらに人が担ぐキリコをご覧いただけます。
さらに、もうひとつのみどころは神輿の海上渡御で、重量のある神輿を波で揺れる御座船に乗せたり降ろしたりする場面は非常にスリリングです。

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ふるさと自慢

日本初の世界農業遺産「能登の里山里海」

シシゾウ:輪島市でおすすめの特産物や観光スポットを教えてください。

今寺:輪島の名産といえば輪島塗です。輪島塗は堅牢さに定評があり、日本を代表する伝統工芸です。輪島市街には輪島塗の販売店はもとよりオリジナルの輪島塗を作ることができる体験工房もあります。
輪島のもうひとつの名物は、日本三大朝市のひとつに数えられる朝市です。神社の祭日に立った物々交換の市が始まりとされ、一千年以上の歴史があります。長い歳月を通じて伝統を育んできた輪島の朝市は、売る者と買う者との間に心の触れ合いが感じられるところが最大の魅力です。
輪島市で最近一番大きな話題は平成23年6月に「能登の里山里海」が日本初の「世界農業遺産(GIAHS)」に指定されたことです。その中で優れた里山景観とされた「白米の千枚田(しろよねのせんまいだ)」は、名舟町から国道249号線を約2㎞西にあります。1000枚を超す小さな田が、急斜面に幾何学模様を描いて海岸まで続く景色はまさに絶景です。特に田植えの時期、田に豊かに湛(たた)えられた水に夕日が映える情景は幻想的なまでの美しさです。
また、「能登の里山里海」でもうひとつおすすめのスポットは、国道249号線を東へ約10km行ったところにある仁江(にえ)海岸の「奥能登塩田村」です。「奥能登塩田村」は仁江海岸で江戸時代から行われてきた「揚げ浜式製塩」を伝える全国唯一の施設で、砂と海水を使う昔ながらの塩田で浜士たちが手間暇をかけて浜塩作りをしています。夏の炎天下で行われる重労働の塩田作業で作り出された希少な奥能登揚げ浜塩を味わっていただきたいと思います。自分だけの塩を海水から手作りできる塩作り体験もおすすめです。

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メッセージ

一度見ればファンになること請け合いです

今寺:名舟町のような小さい集落で名舟大祭のような大がかりな祭りを毎年運営するのは並大抵の苦労ではありませんが、それでも名舟の人間は、祭りをやめようなどとは決して言いません。それはこの祭りが名舟にとって、とても大切なものだからです。就職や進学等で名舟を出ていった人たちも祭りには必ず戻ってきて、家族親戚や友人知人と親交を温めます。時代は移り変わっても年に一度、名舟の人間が一堂に会することができるこの祭りをできるだけ昔の形のまま残していくことが、名舟で暮らす人間の役目だと思っています。
名舟町は奥能登にあり、交通の便は決して良いとはいえませんが、私たちの祭りを見に来ていただければ大変幸せです。御陣乗太鼓の奉納打ちは年に一回、この祭りのときしか見ることはできません。一度ご覧になるとやみつきになることまちがいなしです。実際、リピーターの方が非常に多く、毎年祭りに通っているうちに太鼓の打ち手と親しくなり、その家の宴会に招待されるファンの方もおられます。そんな人と人との出会いや触れ合いがあることもこの祭りの魅力です。大勢の皆様のお越しをお待ちしています。

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