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川渡り神幸祭

※このページは写真・文章ともに過去の祭り情報になります。 今年応援する祭りはこちらから

TV番組情報

制作
:RKB毎日放送
放送
:6月30日(土) 14:00~14:54

ダイドードリンコスペシャル

炭鉱(やま)は消えても~筑豊・田川の川渡り神幸祭~

川渡り神幸祭

川渡り神幸祭が行われる福岡県田川市。かつて炭鉱で栄えた町です。最近では画家の山本作兵衛さんが描いた炭坑記録画がユネスコの世界記憶遺産に登録されたことで、注目を集めました。もちろん、川渡り神幸祭も炭鉱の影響を大きく受けました。400年以上続く祭りは田川の歴史そのものです。
日本最大級の大きさを誇る神輿。およそ60人の男たちが支えます。先導役を務める指揮者は今年初挑戦する若手2人。先輩たちの指導に耳を傾けながら、大役に挑みます。一方、絢爛豪華な11の山笠。目にも鮮やかな山笠の裏側には川筋気質の熱い男たちがいます。
番組では祭りを通して、田川の人々に受け継がれてきた伝統や思い、歴史を紹介していきます。一年で田川が最も熱くなる日を迫力のある映像とともにお届けします。

祭り紹介

  • 祭り写真館

川渡り神幸祭

約450年の歴史を持ち、伊田村に悪疫が流行ったとき、風治(ふうじ)八幡宮に祈願成就山笠(きがんじょうじゅやま)を立て、ご神幸祭を奉納したのが始まりといわれています。荒ぶる神「須佐之男尊(すさのおのみこと)」が宿る御幣(ごへい)を山笠(やま)の棒の先にくくり、山笠が川で暴れることで悪霊が水に流されます。

開催日
5月第3土・日曜日
場所・アクセス
福岡県田川市彦山河川敷、新橋~伊田大橋付近
・JR田川伊田駅から徒歩5分
お問い合わせ
風治八幡宮
0947-42-1135

※掲載された情報につきましては、独自に集積したものであり、変更されている場合もあります。
 お出かけの際には各祭りの主催者へのお問い合わせや公式サイトなどで必ずご確認ください。

祭りのご紹介
歴史
みどころ
注目ポイント
ふるさと自慢
メッセージ
風治八幡宮 宮司 宇都宮 誠(うつのみや まこと)さん
「川渡り神幸祭は地元の人間にとって一年で最大のイベントです。東京や大阪など遠方に住んでいる地元出身者の多くも、この祭りに参加するために帰ってきます。祭りの1週間前くらいから田川市の人口はかなり増えるのではないかと思うくらいです(笑)。」
風治八幡宮 宮司
宇都宮 誠(うつのみや まこと)さん
歴史

病魔の退散を感謝する御礼の祭り

シシゾウ:川渡り神幸祭は、いつごろ始まった祭りですか?

宇都宮:川渡り神幸祭が始まったのは永禄年間(1558~1570)といわれています。その頃、風治八幡宮のある伊田地区に疫病が流行りました。そこで疫病退散の御利益がある須佐之男尊(すさのおのみこと)を祭神とする祇園社(ぎおんしゃ)を風治八幡宮の境内に祀って疫病退散の祈願をしたところ、疫病の流行が治まったので、そのお礼に神輿を出したのがこの祭りの始まりです。その後、年に一度、神様が神輿に乗ってお旅所に行き、1泊して神社に再び戻ってくる神幸行列に、氏子地区の山笠がお供するという現在の形となりました。地元の人間は普通、山笠を「ヤマ」と呼んでいます。
全国各地にある祇園社の祭りは、疫病が流行する夏の7月に行われるのが一般的ですが、風治八幡宮の場合は、例大祭に合わせて5月に行われます。


シシゾウ:川渡り神幸祭と呼ばれるのはなぜですか?

宇都宮:神輿とお供の山笠が、風治八幡宮から見て彦山川(ひこさんがわ)の対岸にあるお旅所へ行くのに、川の中を渡っていくことからそう呼ばれます。お旅所が現在の場所になったのは明治時代以降で、それまでは風治八幡宮側の河川敷に置かれていました。風治八幡宮とは川向かいになる上伊田(かみいた)地区と下伊田(しもいた)地区の山笠は、当時は山笠が渡れる橋がなかったため、川の中を渡ってきました。それを神社側の中伊田地区の山笠が川の中ほどまで入って出迎え、神輿も1年のけがれを洗い清めるみそぎの意味で川の中に入ったということです。かつてのお旅所が洪水で流され現在地に移ってからは、神幸行列の前に全地区の山笠が風治八幡宮に一度集まってから神輿と一緒に川を渡り、対岸のお旅所に向かうという行程になりました。


シシゾウ:神輿のお供をする山笠にはどういう特徴がありますか?

宇都宮:山笠は山車(だし)の一種で、本体に車輪がつき、曳いて動かす曳山(ひきやま)です。山笠の真ん中には高さ約10mの真棒(しんぼう)が立ちます。この真棒には五色のバレン(=房飾り)や御幣などの飾りがついています。さらに20本近くの紅と白の幟旗(のぼりばた)も立てられ、見た目が非常に華やかです。

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シシゾウ:山笠は何台出るのですか?

宇都宮:現在、11の地区から11台の山笠が出ます。山笠の数は時代によって変遷があります。昔は上伊田、中伊田、下伊田の3地区から1台ずつ出されていたようです。それが明治時代の終わりから大正時代にかけて炭鉱が開発され、田川は炭鉱景気に湧き、伊田地区にもどんどん人が入り込み、あちらこちらに集落ができました。人口の増加にともない、山笠の数も増えていき、昭和初期には氏子地区以外からも山笠が出されたため、最も多いときで14台の山笠が祭りに登場しました。ところが昭和40年代になると石炭産業は斜陽になり、炭鉱が次々と閉山され、住民もどんどん流出していきました。そのため山笠を出せない地区が多くなり、山笠が2、3台しか出ないという年もありました。
住民の減少は神輿にも打撃を与えました。風治八幡宮の神輿は好景気真っただ中の大正9年(1920)に京都から購入したもので、西日本最大級の大きさといわれ、担ぐのに50人の男手を必要としました。ところが若者が減り、神輿が担げなくなったため、苦肉の策として昭和40年代後半に神輿を乗せて運ぶ台車が作られ、それから数年間は神輿を台車に乗せて川を渡り、お旅所を往来しました。そうすると、祭りをしても一向に盛り上がらず、地域の皆もすっかり意気消沈してしまいました。それを見兼ねた田川青年会議所の若いメンバーが「やはり神輿は担がないとみっともない」と言い出し、昭和49年に「みこしをかつぐ会」を結成し、再び神輿を担ぎ始めました。そうなると地域の人間も若者が頑張ってくれるのだからと盛り上がってきて、山笠が1台増え、2台増えという形で11台まで復活しました。昔は費用や人手の問題で地区によっては山笠を出さない年もありましたが、最近は山笠を出さないとなると祭りを心待ちにしている若者たちが黙っていません。ですから、ここ最近は11台の山笠が勢ぞろいして、大いに神幸行列を盛り立てています。

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みどころ

神輿と山笠が水の中にザブリ 勇壮豪快に川を渡る

宇都宮:ご神幸の神輿は「みこしをかつぐ会」の会員が担ぎます。現在、約150人の会員が登録していますが、その8割近くは氏子地区以外の人たちです。というのも、氏子地区の若者たちは山笠の運行に携わるので、神輿まで手が回らないからです。「みこしをかつぐ会」のメンバーの中には、神輿にすっかり魅了されたという外国人の方もいらっしゃいます。なお、風治八幡宮の神輿と一緒に、同じ田川市内にある白鳥(しらとり)神社の神輿もご神幸します。
神輿をお供する山笠はなんといっても元気の良さがみどころで、各地区で動きをそれぞれ工夫しているようです。山笠の動きの中で特に目を引くのは「ガブリ」で、2~4tほどある山笠を地面にガツンとぶつけるくらい激しい勢いで前後を上下させます。これを山笠同士で競い合ってするのですが、見ていて山笠が壊れないか心配になるくらい迫力があります。
この祭りのハイライトはやはり神輿と山笠が対岸のお旅所へ行き帰りする際、彦山川を勇壮に渡るところでしょう。風治八幡宮と彦山川はさほど離れていないので、神幸行列が神社を出発してからすぐ川渡りがあります。最初に神輿が川に入っていき、一番山笠と呼ばれる先頭の山笠から1台ずつ決められた順番通り、川に入っていきます。すべての山笠が川の中に揃うまで40分以上かかります。そこから神輿が再び陸に上がるまでが山笠最大の見せ場です。お囃子が威勢よく演奏される中、山笠が川の中を縦横無尽に動き回ります。山笠同士が競争しながら、川の中を疾走することもあります。昔は川底が石ころなどでガタガタでしたが、今は川渡り会場になる彦山川の番田橋と新橋の間の川底には厚さ20㎝ほどのコンクリートが敷かれ安全に動き回れるようになっています。5月の川の水温は低く、寒い年にはけいれんを起こして陸に引き上げられる人が出ることもありますが、山笠を曳き廻す若者たちの熱気は川水の冷たさを感じさせない勢いです。

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注目ポイント

山笠の真棒立て、夜の華やかな電飾もみごたえ満点

シシゾウ:川渡り以外のみどころを教えてください。

宇都宮:祭り初日の昼1時、神幸行列に先立って、各地区からやってきた山笠11台が神社下に勢ぞろいし、神輿が出てくるのを待ちます。このとき、11台の山笠は市街地を移動するときには電線に引っかかるため立てられなかった真棒を立てます。そのために神社下の山笠が集まる場所は電線が取り払われています。真棒を立てるときは、山笠の屋根の上に登る者、さすまたのような道具で真棒を下から支える者、真棒を起こすために下からロープを引く者などそれぞれの役の若者たちが力を合わせ、指揮者の笛に従って立てていきます。これが11台同時に行われるところは非常に壮観で、ぜひご覧いただきたいと思います。
もうひとつのみどころは夜の山笠です。神輿が安置されて一夜を過ごすお旅所の周りに山笠がずらりと停められ、提灯や電飾などの飾り付けがされ、暗くなると点灯されます。これが非常に見事な眺めです。写真を撮ってもきれいなので記念写真を撮られてはいかがでしょうか。お旅所のすぐそばには特設ステージが設けられ太鼓演奏や歌謡ショーなどが催されるほか、露店も出店するので祭り気分が満喫できます。

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ふるさと自慢

ユネスコ世界記憶遺産の炭坑記録画は炭都の誇り

シシゾウ:田川市でおすすめの特産物や観光スポットを教えてください。

宇都宮:田川市で最近注目の観光スポットといえば「田川市石炭・歴史博物館」です。ここには平成23年に国内で初めてユネスコ世界記憶遺産に認定された炭坑記録画家・山本作兵衛(やまもとさくべえ)氏の炭坑記録画が展示されています。JR田川伊田駅を降りると風治八幡宮があって、そこから歩いて15分ほどです。最近は風治八幡宮にお参りしてから博物館に行くというのがひとつの観光コースになっています。
おみやげには田川銘菓の「黒ダイヤ」がおすすめです。炭鉱の町として栄えた田川にちなみ、黒ダイヤといわれた石炭をモチーフにした黒糖の羊羹です。白小豆を使った「白ダイヤ」もあって、こちらは市内の香春岳(かわらだけ)が石灰岩の産地で、石炭の黒いダイヤに対して白いダイヤといわれたことにちなんでいます。色や形が非常にユニークなので、手みやげにするととても喜ばれます。

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メッセージ

人情味あふれる田川にお越しください

宇都宮:田川市の人口は5万人ほどですが、川渡り神幸祭には延べ15万人ほどの人が県内外からいらっしゃって、とても活気づきます。この機会にぜひ田川にお越しください。田川の人間はとても人情味に厚く、お越しになった方々は皆、喜んでお帰りになります。田川市だけでなく周辺の田川郡には温泉、焼き物の里など観光スポットがたくさんあります。観光も兼ねて人間味豊かな田川の人たちとふれあいに来てください。

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