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大鹿歌舞伎 春の定期公演

※このページは写真・文章ともに過去の祭り情報になります。 今年応援する祭りはこちらから

TV番組情報

制作
:SBC 信越放送
放送
:2011年5月22日(日)16:00~16:54

ダイドードリンコスペシャル

村に生きる証 ~大鹿歌舞伎の里~

大鹿歌舞伎 春の定期公演

信州の南端、南アルプスの麓に位置する大鹿村。この人口わずか1200人あまりの山村に、江戸の昔から歌舞伎が伝えられてきました。村の平穏を祈るために、集落の氏神様に奉納したのがはじまりとされています。平成8年には、国選択無形民俗文化財に指定されました。村に点在する神社には芝居専用の舞台があり、春と秋に定期公演が行われます。主な演目は20幕ほどありますが、この中には大鹿村にのみ伝わるものもあります。役者、着付け、化粧、大道具、小道具、そして浄瑠璃の弾き語り。一人何役もこなしながら、村民の力だけで歌舞伎を行うのも特徴です。舞台と客席が一体になれる歌舞伎は、村人にとっての心の拠り所。演じ、支える人々の日常の暮らし、真摯に歌舞伎と向き合う姿、そして晴れの舞台を、美しい自然と共に伝えます。

祭り紹介

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大鹿歌舞伎 春の定期公演

300年余伝承される地芝居で定期公演は神社の回り舞台で演じられます。春と秋の1年2回の定期公演が行われ、上演外題(げだい)は30演目以上。その中で『六千両後日文章重忠館の段(ろくせんりょうごじつのぶんしょうしげただやかたのだん)』は大鹿村にのみ伝わる外題で、六千両は6人の千両役者の意であるとされ、できるだけ多くの村人が主役になれるよう工夫されています。

開催日
5月3日※毎年同日
場所・アクセス
長野県下伊那郡大鹿村
・JR飯田線 伊那大島駅下車 路線バス「大鹿線」で50分。またはタクシーで35分
・中央自動車道 松川インターから車で40分(県道59号線)
・高速バス 松川バス停下車 タクシーで40分 ※バスは非常に本数が少ないのでご注意下さい。
お問い合わせ
大鹿村教育委員会
0265-39-2100

※掲載された情報につきましては、独自に集積したものであり、変更されている場合もあります。
 お出かけの際には各祭りの主催者へのお問い合わせや公式サイトなどで必ずご確認ください。

大鹿歌舞伎愛好会 会長 下澤 敏さん「昨年、イタリアで公演があり、お芝居だけでなく隈(くま)取り(くまどり)など化粧の様子や衣装の着付け風景などもステージで披露しました。終演後、観客の皆さんが写真を撮らせてほしいと次から次へと来られるなど大変好評でしたね。」

【歴史】お賽銭(さいせん)代わりに神様に歌舞伎を奉納

シシゾウ:大鹿歌舞伎は、いつごろ始まったのですか?

下澤:大鹿で歌舞伎が上演されるようになったのは、250年前とも280年前ともいわれています。山村である大鹿村は江戸時代、田んぼが作れないので米の代わりに榑木(くれき)といって山から切り出した材木を年貢(ねんぐ)として幕府に納めていました。当時、村の外へ通じる道は人がようやく歩けるほどの道幅しかなかったので、材木でいかだを作り、川に流して運んでいました。ところが、雨が降って大水になると、いかだが海まで流されたり、岩にぶつかって破損したりすることがありました。そこで、無事に年貢が届けられて、村が無事でいられるように神様にお願いするのに、お賽銭(さいせん)代わりに奉納したのが歌舞伎だったのではないかといわれています。
現在、大鹿歌舞伎は、大鹿村の有志の皆さんが会員である大鹿歌舞伎愛好会によって保存継承されています。大鹿歌舞伎の特徴のひとつは、役者だけでなく、浄瑠璃(じょうるり)を弾き語りする太夫(たゆう)、伴奏をする下座(げざ)、舞台上で役者の手助けをする黒衣(くろご)、化粧、着付け、髪を結う床山(とこやま)などすべて愛好会のメンバーで行うことです。しかし、最初から今のように大鹿の皆さんだけで歌舞伎を上演していたわけではなかったと思います。大鹿村は山深い地で、特に昔は交通が不便でした。そこで、各地を芝居してまわる、どさ回りの一座が公演に来るときも、やって来るのは主役級の役者だけだったのではないかと思います。そこで、端役や舞台の裏方などを地元の皆さんが手伝っているうちに、歌舞伎の上演に必要な事を段々と覚えていったのではないかという説もあります。

シシゾウ:大鹿歌舞伎は年に何回上演されているのですか?

下澤:定期公演が春と秋の2回あります。春は下市場地区にある大磧神社(たいせきじんじゃ)、秋は塩河地区にある市場神社(いちばじんじゃ)で行われます。また7年に一度、諏訪大社の御柱祭のある年には、大鹿村内の東部地区でも歌舞伎公演が行われます。このときは大鹿歌舞伎愛好会の皆さんが上演のお手伝いをします。

シシゾウ:神社に歌舞伎を上演できる舞台があるのですか?

下澤:あります。昔は大鹿村の集落ごとに歌舞伎奉納が行われていたので、多いときで13の舞台がありました。決して豊かとは言えない山村で、それだけの数の舞台を過去に持っていたのは、すごいことだと思います。今現在、残っている舞台は4つですが、実際に使用しているのは大磧神社と市場神社の2つです。回り舞台もある本格的な舞台です。

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【みどころ】ゴザに座って、役者に声援を送るのが醍醐味

下澤:大鹿歌舞伎の最大の魅力は、地元の皆さんが地元の舞台で歌舞伎を演じるのを、地元の皆さんで見るところにあると思います。山深い秘境の景色の中で演じられる村芝居は、歌舞伎座では決して見ることのできないものです。それを、観客は昔ながらに野外の地面にゴザを敷いた上に座って見物するわけです。奉納なので観覧はもちろん無料です。舞台が進むにつれて役者も観客も心がひとつになっていき、見せ場になると、客席から花(御祝儀のこと)と掛け声が飛び交います。こうした舞台と客席の心あたたまる一体感は大鹿歌舞伎ならではのものだと思います。

シシゾウ:大鹿にしか残っていない演目があるそうですね。

下澤:『六千両後日文章重忠館の段(ろくせんりょうごじつのぶんしょうしげただやかたのだん)』という作品は、歌舞伎座にも台本のない、大鹿村だけに伝わる演目です。この演目があるから大鹿村の歌舞伎は国の選択文化財になったといっても過言ではありません。この演目について思い出されるのは、平成10年の地域伝統芸能フェスティバルに大鹿歌舞伎が出演したときのことです。故高円宮殿下が御臨席されておられたのですが、私たちへのインタビューで大鹿歌舞伎にだけ伝わる演目があるということをお聞きになられて、非常に強い関心をお示しになられました。伝統芸能の振興に尽くされ、御造詣も深くあらせられた殿下に興味を持っていただいたことを非常に光栄に思ったものです。

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【注目ポイント】プロ役者も一目置く、大鹿伝統の型と演出

下澤:大鹿歌舞伎には、プロの歌舞伎俳優の方々がご存じないような独特の型が伝わっています。お亡くなりになられましたが13代片岡仁左衛門さんは大鹿歌舞伎に強い関心を持ってくださって大鹿村に二度来てくださいました。そのときに、『安達ヶ原三段目袖萩祭文の段(あだちがはらさんだんめそではぎさいもんのだん)』という演目で私の先輩が袖萩(そではぎ)という女形(おやま)を演じた舞台をご覧いただいたことがあります。その芝居には、雪の降る中、三味線を弾く袖萩に、娘のお君が冷たかろうとバチに雪よけの手ぬぐいをかぶせるシーンがあります。仁左衛門さんは、その場面について「哀れみ(あわれみ)を一層強く感じてとてもよかった」とおっしゃっておられました。また、「大鹿の皆さんは、自分たちの芸を崩さないようにしていったほうがいいですよ」とアドバイスもいただきました。
私は、よその歌舞伎を見るたびに「なるほど大鹿と違うことをやるなあ。こういうふうにやれば、もっと良くなるのではないか」と一瞬思う時もありますが、「いや、やはり昔から大鹿歌舞伎はこういうふうにやってきているのだから、今のままでいい」とすぐに思い直して、伝統の型を守ってずっとやっています。

シシゾウ:これまでで思い出に残る公演はありますか?

下澤:昭和47年に踏んだ初舞台ですね。当時、私は30代後半で役者としては遅いスタートでした。奉納歌舞伎に出てこいと地元の先輩方に言われて、「じゃあやってみるか」と軽い気持ちで練習に行ったら、いきなり先輩方から「おめえさんはこの役だぞ」と『一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)』の平敦盛(たいらのあつもり)の役を振り当てられました。その頃は台本がなくて、先輩が「これを覚えろ」と言って便せんに台詞を書いてくれました。自宅の廊下で一生懸命立ち回りの練習をしたことを昨日の事のように覚えています。
昭和59年にウィーンで上演した舞台も思い出深いです。長野県から派遣された第1回文化使節団の一員として、現地で歌舞伎二幕を上演したのですが、芝居が終わると観客がアンコールを言い始めたんです。私たちはアンコールなどまったく予定していなかったので困ってしまって、急場しのぎで、歌舞伎の扮装のまま、舞台から客席に降りていって観客の皆さんと握手をしました。これが予想以上に好評で、とても喜んでいただけました。後から聞いた話では、ウィーンの観客の皆さんは、日本人は普段から歌舞伎の格好で生活していると信じていたそうです(笑)。

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【ふるさと自慢】地中から湧き出る塩水から作る

シシゾウ:大鹿村でおすすめの特産物や観光スポットを教えてください。

下澤:大鹿村は漬物がおいしいですよ。特に野沢菜漬はお勧めです。地元でとれる野沢菜を漬けているのですが、標高1,400~1,500mの高原で栽培されているので、野菜そのものの味がいいです。
山塩も大鹿が誇る特産品です。塩河地区に湧き出る塩水をじっくり煮詰めて手作りされるのですが、なぜ山の中から塩水が湧き出るのか、現在まで解明されていないことから"神秘の塩"とも呼ばれています。くみ上げた塩水をなめてみたことがありますが、海水のようにしょっぱかったです。良い味がするということで最近は注文が増え、生産が追い付かないくらいだそうです。この塩を用いたせんべいや、最中(もなか)もありますよ。

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【メッセージ】役者に声援を送りに来てください

下澤:大鹿村は山の中の交通の便の決してよくないところですが、見に来てくださるだけのことはありますので、村に来て応援していただければ嬉しく思います。いずれにしても、遠くから来てくださったお客様、皆様方が大鹿歌舞伎の主役です。役者の名前ひとりひとりを大きな声で呼んでください。楽しさが倍増することうけあいです。

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