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長崎くんち

※このページは写真・文章ともに過去の祭り情報になります。 今年応援する祭りはこちらから

TV番組情報

制作
:NBC 長崎放送
放送
:2011年10月30日(日)14:00~14:54

ダイドードリンコスペシャル

天空舞 ~212年目のコッコデショ~

長崎くんち

寛永11年(1634年)以来、380年近い歴史を持つ長崎くんち。数ある演物の中で、樺島町の「コッコデショ」は、老若男女を問わず、断トツの一番人気を誇ります。豪壮華麗・繊細優美、五色の大布団を重ねた重さ1トンの太鼓山が「コッコデショ!」の掛け声と共に秋空高く舞いあがり、36人の担ぎ手の手の平でピタリと止まると歓声が地鳴りのように起こります。 くんちの出番は7年に一度。町の人々は、7年かけて準備をし、7年間の思いを秋10月の祭り本番3日間に燃焼させ、涙と共に燃え尽きます。「コッコデショ」がくんちに登場した寛政11年(1799年)から数えて今年は212年目。今年の合言葉は「天空舞」。太鼓山がまるで、天空で舞っているように見える「コッコデショ」を目指します。

祭り紹介

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長崎くんち

「長崎くんち」は諏訪神社の秋季大祭で、寛永11年(1634)に当時の太夫町(後に丸山町、寄合町に移る)の2人の遊女が、諏訪神社神前に謡曲「小舞」を奉納したことが始まりといわれています。長崎市内の59の踊町(おどりちょう)が7組に分かれ、7年に一度回ってくる当番の踊町が「演し物(だしもの)」を奉納します。

開催日
10月7日~10月9日 ※毎年同日
場所・アクセス
長崎県長崎市諏訪神社、長崎市公会堂前広場
・諏訪神社/路面電車「蛍茶屋」行き 諏訪神社前 下車
・お旅所/路面電車「赤迫」行き、または「正覚寺下」 行き大波止 下車 夢彩都横
・公会堂前広場/路面電車「蛍茶屋」行き 公会堂前 下車
・八坂神社/路面電車「正覚寺下」行き 正覚寺下 下車
お問い合わせ
長崎商工会議所
095-822-0111

※掲載された情報につきましては、独自に集積したものであり、変更されている場合もあります。
 お出かけの際には各祭りの主催者へのお問い合わせや公式サイトなどで必ずご確認ください。

樺島町(かばしままち)自治会総務部長 太鼓山(コッコデショ)長采(ながざい)指揮者 山崎 猛(やまさき たけし)さん「国指定重要無形民俗文化財の長崎くんちは、地元の人間にとっては、『お正月には帰省しなくてもくんちには帰る』というくらい大切にしている行事です。諏訪神社(すわじんじゃ)に奉納される奉納踊(ほうのうおどり)はとても神聖なもので、その年に担当する町は小屋入りの6月1日から本番まで、みっちり演し物(だしもの)の稽古をします。」

【歴史】江戸時代初期に、お諏訪さんに踊りを奉納したのが始まり

シシゾウ:長崎くんちは、いつごろ始まった祭りですか?

山崎:寛永11年(1634)、高尾(たかお)と音羽(おとわ)という2人の女性が神前で謡曲の小舞(こまい)を奉納したことが長崎くんちの始まりと伝えられています。当時の長崎はキリシタンが多かったため、長崎奉行はキリシタンを牽制するために、くんちを盛り上げていきました。
長崎くんちは長崎の氏神で"お諏訪さん"と親しみを込めて呼ばれる諏訪神社の秋季大祭です。諏訪神社に祀(まつ)られている三社(諏訪・住吉・森崎)の神輿がくんち期間に鎮座される御旅所(おたびしょ)までいらっしゃる「お下り」や、お帰りになる「お上り」を行う3日間、その年の当番町(踊町)が町内にいわれのある演し物(だしもの)を奉納踊として奉納します。
くんちの語源には諸説ありますが、元々、祭りが行われていた重陽(ちょうよう)の節句(旧暦9月9日)の「くにち」が長崎の方言でいう「くんち」となったとする説が広くいわれています。

シシゾウ:演し物を奉納する町はどのくらいあるのですか?

山崎:演し物の奉納は当番制で、その年、演し物を奉納する町を踊町(おどりちょう)と呼びます。祭りが始まった当初、踊りを奉納する町は63ヵ町あり、すべての町が奉納するには数が多過ぎるということで、踊町になるのを3年ごと21ヵ町ずつと決めました。なお、初めて諏訪神社に踊りを奉納した2人の女性の出身町である丸山町(まるやままち)と寄合町(よりあいまち)だけは特別に毎年演し物を奉納することとしました。その後、踊町が回ってくるのは6年ごとになり、寛文12年(1672)には町数が77ヵ町に増えたことから11ヵ町ずつ7年ごとの奉納となり、その形式が現在まで続いています。現在、踊町59町のうち、奉納をする町は42ヵ町で、毎年平均して6~7町が踊町になります。2011年は、私たち樺島町が踊町の年です。

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【みどころ】演し物は龍踊から太鼓山までバラエティ豊か

シシゾウ:奉納される演し物はどのような内容ですか?

山崎:長崎くんちの演し物は、踊り、曳物(ひきもの)、担ぎ物(かつぎもの)、通り物の4つに分類できます。踊りは、本踊(ほんおどり)と呼ばれる日本舞踊や阿蘭陀万歳(おらんだまんざい)、長崎くんちの代名詞的存在の龍踊(じゃおどり)、などが主だったものです。曳物は車輪のついた船形の山車(だし)で、川船(かわぶね)、唐人船(とうじんぶね)、南蛮船(なんばんせん)等、いろいろな種類があります。担ぎ物はその名の通り、大勢の担ぎ手が神輿や山車のようなものを担いで演じるものです。私たち樺島町の演し物「太鼓山(たいこやま)~コッコデショ」は担ぎ物になります。通り物は、大名行列のように行列が練り歩く演し物(現在奉納している所はありません)です。
各町の演し物は、その町の地理と歴史に深い関係があります。例えば、近くに中国人居住地区の唐人屋敷があった町は龍踊を出したり、川の近くの町は曳物の川船を出すといった具合です。各町の演し物の歴史をたどっていくと奥が深いですよ。
演し物の奉納は7年ごとですが、龍踊や川船など複数の町が行う演し物はほぼ毎年見ることができます。しかし、樺島町のコッコデショや万屋町(よろずやまち)の「鯨の潮吹き」という曳物など、ほかに出す町がない演し物は7年に一度しか見ることができません。今年は、7年ぶりにコッコデショが見られるということで、長崎は今から盛り上がっています。

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【注目ポイント】約1tの太鼓山を放り上げて片手でキャッチ

シシゾウ:樺島町のコッコデショはどのような演し物ですか?

山崎:コッコデショは太鼓台(太鼓を載せた山車)の一種で、太鼓山が正式名です。山車で車が付いた曳き物を「台」担ぎ物を「山」と言います。ちなみに、私たちがするのは、太鼓の載った山車を担ぐので「太鼓山」と言い、コッコデショというのは山車を放り上げる時の掛け声です。ですから正式名は太鼓山ですが皆さん親しみをもって「コッコデショ」と呼ぶようですね。
樺島町のコッコデショが初めて奉納されたのは寛政11年(1799)です。当寺、樺島町には天草屋(あまくさや)という船問屋があり、主に上方(関西)と交易をしていました。天草屋に滞在していた上方の船乗りたちが自分たちも何かくんちに奉納しようと関西の山車を軸として各地の祭りを取り入れた独自の演し物を作り上げ、それを樺島町の若い衆が教わって奉納したのが始まりといわれています。その後、試行錯誤され今の演技になっていますが、まだまだ完成されていません。太鼓山に100点は無いというのが先輩方からの教えだからです。かつては他の町で奉納した町もありましたが、現在、太鼓山を奉納するのは樺島町だけです。

シシゾウ:コッコデショのみどころはどこですか?

山崎:コッコデショの奉納は、長采(ながざい)と呼ばれる指揮者以下、総勢65人で行います。コッコデショの一番のみどころは、1t以上ある太鼓山を36人の担ぎ手の男たちが天空高く放り上げて、片手で受け止めるところです。それも、太鼓を叩く小学生4人を乗せたままです。全国には約300種類の太鼓台があるといわれていますが、そんな離れ業を披露するのは長崎くんちのコッコデショだけです。

シシゾウ:放り上げるのにはどういう意味があるのですか?

山崎:コッコデショの奉納踊は、貿易船が航海する様子を表現したものです。演技の最初は、港に船が入ってくる様子を表して、「ホーラーエ」の掛け声とともに太鼓山を左右に揺らしながら登場します。「ホーラーエ」は"宝来"と書き、"繁栄する宝がきたよ"という意味です。四方の担ぎ棒には采振(さいふり)と呼ばれる中学生の男子4人が立って、天を仰ぐように背中を反らせ、采(さい)と呼ばれる五色の布を振ります。これは風をはらんだ勢いのある船の帆を表しています。入場すると、「アートニセ」の掛け声で方向転換し、「トバセ」の掛け声で短距離ダッシュします。これは凪いでいる海を船が勢いよく進んでいる様子を表しています。船が日向灘(ひゅうがなだ)を通過するときに大波に上下する様子を表したのが放り上げるパフォーマンスです。「コッコデショ」の掛け声で、担ぎ手たちは太鼓台を2~3m上に投げ上げ、太鼓山が宙に浮いている間に柏手(かしわで)を打ち、片方の手は肘をまっすぐ伸ばし、もう一方の手は腰に当てて、落ちてきた担ぎ棒をキャッチし、ピタリと静止します。コッコデショ最大の見せ場です。
続いて「マワレ」で太鼓山をグルグル回転させて、鳴門のうず潮に船が巻き込まれた様子を表します。マワレのとき、采振は担ぎ棒の先に付けられた縄を持ち、もう一方の手で采を回しながら太鼓山の回転に合わせて回るのですが、回転スピードがかなり速い上、一番外周を走るので全速力で疾走します。速さについていけないと遠心力で飛ばされてしまうこともあります。それから再び「コッコデショ」で太鼓山を放り上げます。ここまでの一連の動きを3回繰り返すと、担ぎ手たちは法被を威勢よく脱ぎすてます。ここから先はアンコール演技になります。長崎くんちの奉納踊は、観客がアンコールするのが習わしで、曳物や担ぎ物の場合は「モッテコイ」、踊りの場合は「ショモー(所望)ヤレ」という声をかけます。観客から「モッテコイ、モッテコイ」の声援がかかると、コッコデショはもう一度、一連の動きを披露します。

シシゾウ:コッコデショの担ぎ手は公募されるそうですね。

山崎:樺島町は戸数が約280戸しかない上、担ぎ物ですから身長を揃えないといけません。体力も必要ですし、誰でもいいというわけにいかないため、町外から広く担ぎ手を募集しています。おかげさまで、コッコデショは担ぎたいという人が多く、平成9年のときは約270人の応募者からオーディションをして40人を選びました。選ばれる人は走れて、力があって、根性があり、集団行動ができるということでラグビー経験者が多いです。そんな体力自慢の猛者たちが、祭りが終わったときには「こがんきつかことは(こんなにきついことは)生まれてはじめて経験した」と言いますから、コッコデショを担ぐのがいかに大変か、ご想像いただけるのではないかと思います(笑)。なにしろ祭りの3日間で放り上げる回数は750回を優に超えます。一番驚くのは、重たいものを持って大きな掛け声を出すため、あばら骨に負荷がかかって、骨折やひびの入る人が2~3人は出てきます。それだけ過酷なわけですが、その分、皆でやり遂げたときの達成感は格別で、戦友のような仲間意識が生まれますし、7年後にもまた担ぎたくなるんです。

シシゾウ:奉納踊を見るのにおすすめの場所はどこですか?

山崎:奉納踊が披露されるのは桟敷席のある踊り場です。踊り場は、諏訪神社、八坂神社、公会堂前広場、神輿が鎮座する仮宮のある御旅所の4ヵ所です。今年は開催日が週末になる上、人気の演し物のコッコデショが出るということで、桟敷券を確保するのは地元の人でも難しい状況です。しかし、桟敷席が取れなくても見るチャンスは十分あります。踊町は祭り期間中、庭先回りといって御花(おはな)(御祝儀)をいただくために、町のあちらこちらで演技を披露します。コッコデショの場合、庭先回りでも一回一回放り上げますが、今年は開催日が休日で人出が例年以上多いことが予想されるため、庭先回りでもできるだけ多くの方にご覧いただけるように公園など広い場所で演技を披露する事が出来ないか計画しています。庭先回りをしている踊町の現在地は、携帯電話の『おくんちナビ』で調べられます。長崎の町を散策しながら庭先回りを見物していただければ、祭りをより楽しんでいただけるのではないかと思います。

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【ふるさと自慢】オリジナルの長崎くんちグッズに注目

シシゾウ:長崎市でおすすめの特産物や観光スポットを教えてください。

山崎:長崎は観光の町ですから、グラバー園をはじめ有名観光名所が数多くあります。観光みやげもいろいろありますが、祭りにちなんで、長崎くんちの踊町のオリジナルグッズをおみやげにいかがでしょうか。樺島町も太鼓山応援グッズを販売します。

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【メッセージ】長崎っ子の心意気をじかに感じに来てください

山崎:7年に一度しか見られないコッコデショを見に、ぜひ長崎にいらしてください。コッコデショ見物の際には、特に人に注目してください。大人も子どもも何ヵ月間もたくさん怒られながら練習を積み、7年に一度3日間の奉納踊に賭けているところをご覧いただけば、きっと感動して頂けると思います。感動のあまり、涙を流される方も大勢いらっしゃいます。以前、目の不自由なあるご夫婦が長崎を観光中、たまたまコッコデショを見る機会があり、担ぎ手の掛け声を聴いただけで感動の涙を流され、「これは素晴らしい演し物に違いない」と御花を持ってきてくださったこともありました。そんなふうに見て下さった人の心に私たちの思いを伝えることができれば、コッコデショに携わる者にとってそれ以上の喜びはありません。地方の例に漏れず、長崎の町も不況にあえいでいますが、数千万円の費用をかけて、損得ではなくただ伝統を守るために何ヵ月も練習してコッコデショを奉納する長崎っ子の心意気を感じていただければ幸いです。

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