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平敷屋エイサー

※このページは写真・文章ともに過去の祭り情報になります。 今年応援する祭りはこちらから

TV番組情報

制作
:RBC 琉球放送
放送
:2011年9月4日(日)13:00~13:55

ダイドードリンコスペシャル

平敷屋魂 ~伝統を受け継ぐ 平敷屋エイサー~

平敷屋エイサー

旧暦の7月「お盆」になると、昔から沖縄の各地域で見られるエイサー(念仏踊り)。年月がたち、今では創作された派手なエイサーが多いなか、沖縄本島中部の平敷屋エイサーは、100年以上の歴史を持つ演舞を大事に守りつづけている。そのシンプルな衣裳と踊りは一見地味だが、パーランクー(片張り太鼓)の打ち方と返し方、腰の降ろし具合、足の運び方など隊列の美しさが見事に調和し、内から湧き出る迫力が伝統の重みを感じさせる。 番組では、平敷屋の伝統を背負いながら旧盆のエイサー演舞に向けて、厳しい練習に励む平敷屋青年会に密着。 平敷屋という地域に誇りを持ち、県下でも評判の高い平敷屋エイサーを受け継ぐ若者たちの姿を描く。

祭り紹介

  • 祭り写真館

平敷屋エイサー

平敷屋(へしきや)のエイサーは、エイサーの起源が「念仏踊り」であったことがわかる、昔ながらの踊りです。裸足の太鼓持ちをはじめ、黒と白のシンプルな衣装に身を包んだ伝統の担い手たちが受け継がれた踊りを見せてくれます。地域内でも東と西で踊りの特徴が異なり、東は力強く男性的で、西はやわらかく女性的といった特徴を持ちます。

開催日
旧暦7月15日
場所・アクセス
沖縄県うるま市勝連平屋敷一帯
・路線バス 那覇バスターミナルより乗車 平敷屋下車
・那覇市から車で約50分~1時間
お問い合わせ
平敷屋公民館
098-978-2231

※掲載された情報につきましては、独自に集積したものであり、変更されている場合もあります。
 お出かけの際には各祭りの主催者へのお問い合わせや公式サイトなどで必ずご確認ください。

平敷屋エイサー保存会 名誉会長 宮城 松生さん「平敷屋エイサーは、エイサーの古い型を伝えていて芸術性が高いと専門家の方からお褒めの言葉をいただいています。これまでに民俗芸能の様々な祭りや大会に沖縄県代表として出場していて、平成8年(1996)には環境庁の『残したい日本の音風景100選』に選ばれています。」

【歴史】お盆の夜、集落の繁栄を祈って青年たちが舞う

シシゾウ:平敷屋エイサーは、いつごろ始まったのですか?

宮城:エイサーは沖縄本島各地に伝わる民俗芸能で、旧暦七月のお盆の夜に青年たちが集落の繁栄と平穏無事を祈って家々を踊り歩いた、念仏踊りにはじまるといわれています。平敷屋エイサーは、沖縄本島中部の東海岸に突き出た勝連(かつれん)半島東端のうるま市勝連平敷屋地区に伝わるエイサーで、25歳までの青年が所属する平敷屋青年会の行事として行われます。よその土地で働いている若者もエイサーには地元に戻ってきます。
平敷屋エイサーの歴史は200年以上あるといわれています。最初のころの踊りがどのようなものだったかは定かではありませんが、明治の終わりごろまではごく素朴な踊りだったようです。現在、平敷屋に伝わるエイサーは、明治37年(1904)にエイサーの振興に熱心だった当時の平敷屋青年会の会長らが、沖縄一と評判の高かった名護市世富慶(ようけ)地区のエイサーを見学に行き、それを参考に研究を重ねて振付けたものと伝えられています。

シシゾウ:エイサーは地域によって踊りが違うのですか?

宮城:歌や三線(さんしん)の旋律に合わせて踊るのは共通ですが、太鼓を中心とする踊りと太鼓を使わず手踊りを中心とする踊りに分かれます。また、太鼓を使う場合もパーランクーと呼ばれる小太鼓を使うところ、締太鼓(しめだいこ)を使うところ、大太鼓を使うところといった具合で一通りではありません。
平敷屋のエイサーは、パーランクーを扱う太鼓打ちを中心に、2人1組で大きな甕(かめ)を担ぐハントー(酒甕)担ぎや、手踊り、道化役のナカワチ、歌・三線を担当する地方(じかた)という総勢70名前後のメンバーで演じられます。ハントー担ぎは、エイサーの一団を先導して入場します。甕を担いでいるのは戦前、集落の家々を回って踊ったときにお布施としてお酒をもらっていた時の名残りです。ナカワチは顔を白く塗り、踊りの合間に滑稽な余興を演じ、メンバーに水を配ったり、うちわであおいだりして仲間の世話をします。
平敷屋の場合、太鼓打ち、ハントー担ぎ、ナカワチ、地方をするのは男性ですが、戦後からは手踊りに女性が参加しています。

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【みどころ】静から動へ、動から静へ、奥ゆかしさの中に秘められた情熱

シシゾウ:平敷屋エイサーはどこに注目して見るといいですか?

宮城:沖縄のエイサーの多くが戦後、見せることに力を入れて振付けや衣装が派手になっていく中、平敷屋のエイサーは伝統を重んじ、古くからの型を守り続けています。衣装も白の襦袢(じゅばん)に黒染の絣(かすり)、黒帯、蝶結びの白鉢巻、袖丈を上げる白タオルと簡素で、足元は裸足です。これは僧侶あるいは野良仕事の農民の姿を表したものだと伝えられています。
平敷屋エイサーの最大の特徴は、踊りが整然としているところです。太鼓打ちの一糸乱れぬバチさばき、太鼓の返し、胴体のひねり、腰のおろし具合、交差させる足の運びなど群舞で美しく見せます。また、一列縦隊の行列を組んで入場し、一列から二列、二列から四列へと隊形を変えながらの演技は、静から動へ、動から静へと変化に富んでいて、古典的かつ躍動感に満ちています。こうした特色のすべてが昔ながらのエイサーを継承しているといわれるゆえんです。実際にご覧いただいたら一連の演技の中から湧き出る強弱の調和のとれた迫力、内に秘められた奥ゆかしい情熱、魂を揺さぶるエネルギーを感じとっていただけると思います。
平敷屋エイサーのもうひとつの特徴は、同じ集落内に東西2つのエイサーがあることです。ひとつの地区にエイサーが2つあるのは平敷屋だけで、西が女性的で優雅な踊り、東は男性的で活発な踊りと、それぞれ個性がはっきりしています。同じ集落であっても、ことエイサーに関しては東西で対抗意識があり、昔は技が盗まれるといって練習しているところを絶対に見せませんでした。私が青年団だったとき、最初は西で踊り、途中から引越で東へ移ったのですが、先輩方に「踊りが違うから西へ戻れ」と言われたほどです。現在、平敷屋のエイサーが芸術性などで高く評価していただけているのは、2つのエイサーがずっと技を競い合ってきたことも理由のひとつだと思います。

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【注目ポイント】深夜まで集落の家々を踊って回る

シシゾウ:平敷屋エイサーは2日間行われますが、どのようなスケジュールですか?

宮城:エイサーが行われる旧7月15日はウークイといって、お盆の最終日でご先祖の霊を送る日にあたり、集落の繁栄や無病息災を祈って踊られます。踊る場所は、神様を拝む神聖な場所である拝所(はいしょ)前広場で、例年夕方6時半ごろからスタートし、東と西の青年団がそれぞれ約1時間ずつ踊ります。
翌日の旧16日は夕方6時から集落内の浦ヶ浜公園で、平敷屋青年会の主催により『平敷屋青年エイサーの夕べ』が開催されます。このときは東西の青年会だけでなく平敷屋子ども会もエイサーを披露します。

シシゾウ:2日間それぞれの見せ場はどういったところですか?

宮城:旧15日のエイサーは、踊る広場が人家や石垣に囲まれた狭いところなので、踊りを間近で見ることができます。旧16日の平敷屋青年エイサーの夕べが行われるのは広いグラウンドで、地元だけでなく沖縄県内外からも大勢の方が観覧に来られるので会場は大賑わいです。周辺にも出店がたくさん出るので最高に盛り上がります。
さらに2日間とも会場での行事終了後もエイサーが見られます。昔からのならわしで、青年団がいくつかのグループに分かれて集落に何十ヵ所もある個人の拝所や招待を受けた家、新築した家を訪ねて回り、一家の繁栄と無病息災を祈ってエイサーを踊ります。エイサーを踊ってもらった家ではお礼に食事や飲み物を用意し、青年団の活動資金を寄付します。集落巡りは深夜2時、3時くらいまでかかりますが、大勢の見物人の方が一緒について回ります。お好きな方はこちらもご覧になってみてはいかがでしょうか。

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【ふるさと自慢】平敷屋育ちのもずくは国内トップの生産量

シシゾウ:平敷屋でおすすめの特産物や観光スポットを教えてください。

宮城:平敷屋地区は、勝連半島東端の高台に位置する歴史ある集落で、東は太平洋、南北に中城(なかぐすく)湾を見下ろす、三方を海に囲まれた風光明媚な土地です。戦前から「村の高さや平敷屋」と謳われ、国会議事堂や皇居にも建材として使われたトラバーチンという高級石材の産地で知られ、近海漁業を中心とする水産業も盛んです。近年はもずくの養殖も盛んで生産量は国内トップです。勝連漁業協同組合では毎年4月19日を『もずくの日』と定め、様々なイベントを行って平敷屋のもずくをPRしています。

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【メッセージ】伝統のエイサーを次代に伝えたい

宮城:平敷屋のエイサーは古風な型をずっと受け継いでいることが誇りです。しかし、時代の変化の波を受け、昔からの良さが失われつつあるのではないかと危惧する声が上がりました。そこで私たちは素晴らしいエイサーを残してくれた郷土の先輩方への感謝の気持ちを忘れず、郷土文化の担い手としての自覚と誇りを持って伝統文化を継承発展していくために、昭和58年(1983)に平敷屋エイサー保存会を結成しました。
保存会が特に力を入れているのが次世代への技の継承で、地元の小学校や中学校でエイサーを指導しています。平敷屋小学校では運動会で5年生と6年生がエイサーを踊るのが恒例になっています。私は80歳近くになりますが、子どもたちを指導するときには今でも太鼓打ちを務めます。
平敷屋エイサーの魅力を知るには実際に見ていただくのが一番です。平敷屋にぜひお越しください。

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