富士山の裾野、富士吉田市の小室浅間神社(おむろせんげんじんじゃ)で9月19日の秋祭りに行なわれるやぶさめは、神事として奉納され、走った馬の蹄の跡で吉凶を占うという全国でも珍しい様式を伝えるものです。やぶさめの保存継承に尽力されている小室浅間神社宮司の佐藤勉(つとむ)さんに、やぶさめ祭りの見どころをお聞きしました。

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| ひびけ、 |
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| 山梨放送 YBS | ||||
| 2009年10月18日(日)15:00~15:55 | ||||
霊峰富士に抱かれた富士吉田市。毎年9月19日に、小室浅間神社で行われる「やぶさめ祭り」は800年以上も続く祭りです。白装束に身を包んだ男性が馬を駆り、矢を放つ。勇壮なやぶさめですが、富士吉田のやぶさめは、馬が駆けた蹄の跡を見て、地域の吉凶を占うという、全国でも大変珍しいもの。武士のための祭りではなく、地域の人々による、地域のためのお祭りです。この800年以上続いた祭りを絶やすことなく、継承していこうと、力を尽くす方々がいます。 祭りの奉仕者は、祭りの1週間前から、潔斎と呼ばれる男だけの共同生活を営み、準備を進めます。
祭りへの熱い思いを抱き、地域の絆のために奮闘する人々の姿を追います。
シシゾウ:小室浅間神社のやぶさめはどのような歴史があるのですか?
佐藤:小室浅間神社のやぶさめは鎌倉時代頃から、この地に連綿と守り続けられてきました。安元2(1176)年にこのやぶさめが始まった頃は富士山2合目にある山宮(やまみや)近くの騮ヶ馬場(りゅうがばば)で、私たち下吉田地区と勝山地区(現冨士河口湖町勝山)とで一緒に行っていました。しかし、祭りのたびに村同士が激しく争い、流血騒ぎにまでなったので、享禄3(1530)年、武田信玄公の時代に武田家家臣の板垣信賢(いたがきのぶかつ)が両村で分かれて行うように命じました。以後、それぞれの村で別々にやぶさめが行われるようになり、下吉田地区では1度も途切れることなく現在まで続いています。
シシゾウ:小室浅間神社のやぶさめの特徴を教えて下さい。
シシゾウ:装束以外で、神事としてのやぶさめが、武芸としてのやぶさめと違うのはどういった点ですか?
佐藤:やぶさめですから馬に乗って矢を射るのですが、武士のやぶさめと違い、的は立てるもののそこは狙わず、天に向かって矢を射ます。これは、春、富士山におられる神様が里に下り、田の神様となって田畑を潤し、豊かな実りを見届け富士山にお帰りになられる秋に行うということで、神様が山にお帰りになられた後、災いが里に来ないようにという願いを込める意味があります。そして、これがこのやぶさめを行う重要な目的なのですが、馬場を走った馬のひずめの跡を見て、氏子地域の吉凶を占う「馬蹄占(ばていうらない)」を行います。占うのは占人(うらびと)という世襲の役で、現在3家あります。占い方は門外不出で、口伝で代々継承されています。
シシゾウ:やぶさめを奉納するのはどういう人たちですか?
シシゾウ:奉仕者が祭りまでに準備をしなければならないことはありますか?
佐藤:奉仕者の方は全員、祭りの1週間前から厳しい精進潔斎をしていただきます。昔は各家でやっていたのですが、今は神社の境内にある潔斎館(けっさいかん)で過ごしていただいています。潔斎期間は外に出ずお籠(こも)りしていたのですが、今はお勤めや学校がありますので、男性が作ったお弁当と水を持って通勤通学され、館ではお祓いを受けられたり、馬の調練をして過ごされます。この期間に身内に不幸があれば、やぶさめに出ることはできません。
シシゾウ:やぶさめはどのようにして行われるのですか?
佐藤:奉仕者の方は約20人いますが、役馬に乗る機会は8回しかありませんから、1週間厳しい潔斎をしても乗れない方のほうが多いです。役馬に乗る人を決めるのは、前日に行われる宵宮祭で神籤(みくじ)を引き、朝馬一番、夕馬一番の籤を引いた馬主さんです。奉仕者の方は役馬に乗りたいですから潔斎の間、一生懸命に馬の調練をされますが、馬主さんのおめがねにかなわなければ乗ることはできません。役馬に乗れなかった奉仕者の方は、朝馬、夕馬の神事が始まる前や空き時間に、馬場(ばんば)見せということで1週間調練した技を披露します。ただ、この時は弓矢に触れることは許されていません。
シシゾウ:やぶさめの一番の見どころはどこですか?
佐藤:日本のいくつかの地域にやぶさめ行事はありますが、存続の危機に瀕しているところが多いようです。実際、同じ源流を持つ勝山地区のやぶさめは明治時代に一度途絶えていて、今現在行われているのは武芸としてのやぶさめです。実は、私たちのやぶさめももう少しで廃れるというところまで行きました。私が平成4年にここの神社の宮司代務者になった時、やぶさめの奉仕者の方の高齢化を目の当たりにしました。このままでは勝山地区のようにあと5年で途絶えるのではないかと危機感をおぼえ、やぶさめ祭りの後継者を育てるために地元の有志を集めて馬の調練を始めるとともに、神社でやぶさめ用の馬を飼い始めました。これまで一度も欠かすことなく900年近く続いてきたやぶさめですから、地域の大切な文化と伝統として地域の皆さんに再認識していただきたいと思いますし、こういう世相だからこそ、この祭りの持つ価値を知っていただきたいと思います。







