長崎市脇岬地区で220有余年の歴史を持つ脇岬祇園祭は、神輿行列に大名行列が取り入れられているのが特色で、「けんか祭り」の異名を持っています。脇岬祇園祭保存会会長の達(たち)利昭さんに、脇岬祇園祭の見どころをお聞きしました。

※過去の祭り情報になります。2012年に応援する祭り34
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| 脇の男のけんか祭り~脇岬祇園祭 | ||||
| 長崎放送 NBC | ||||
| 2009年8月29日(土)12:00~12:54 | ||||
長崎県の最南端の漁師町、脇岬(わきみさき)町。この町の『脇岬祇園祭』は、220年余りの伝統がある。祭りは2日間。祇園太鼓はこの間休むことはない。毎年この町で生まれた18歳の男たちが叩く。一生に一度の晴れ舞台だ。初日のお下りは、露払いを先頭に約100人のお供を従え、漁師町を練り歩く。途中、神社や寺院で、挾(はさみ)箱と呼ばれる大名行列などで使われる担ぎ箱を受け渡す儀式が行われる。翌日のお上りでは、翌年の当番町へ『挟み箱』を引き継ぐ“受け渡し”が、地区と地区の境界で行われる。このとき小競り合いが毎年起こる。これが地元で“けんか祭り”と言われる由縁だ。この喧嘩に参加することが脇岬で男になるひとつの儀式なのだ。
シシゾウ: 脇岬祇園祭とはどのような祭りですか?
達:脇岬祇園祭は、長崎半島の先端側に位置する脇岬の祇園山にある八坂神社の祭礼です。天明5(1785)年、今から220年以上前、今でいうコレラか赤痢のような病が流行し相当数の死者が出たため、これは信仰が足りないせいだということになり、厄除けの神様として知られる牛頭天王(ごずてんのう)をまつる八坂神社を建て、悪病退散を祈願するお祭りをしたのが始まりとされています。祭りの1日目に八坂神社の神様は神輿で御旅所の脇岬神社までお下(くだ)りされ、2日目に再び八坂神社にお上(のぼ)りされます。この神輿には、大名行列と呼ばれる江戸時代の参勤交代を模した時代行列とお囃子が付きます。
シシゾウ:脇岬祇園祭は「けんか祭り」の名でも知られていますが、なぜですか?
達:日本全国にけんか祭りと呼ばれる祭りはいくつもありますが、脇岬祇園祭は本来、そういった種類の祭りではありませんでした。ただ、脇岬祇園祭をとり行ってきた脇岬の3つの漁村集落の対抗意識が非常に強く、祭りを行う中で必ずけんかが起きたことからけんか祭りと呼ばれるようになりました。
達:神輿には先払いとして大名行列がつきます。この大名行列が祭りに取り入れられたのは、江戸時代末期の文久2(1862)年に参勤交代の制度が大幅に緩められてからだと言われています。祭りの行列は、3つの町で1年ごとに持ち回りとなります。現在は、集落の人口が減ったため、昔から祭りを行ってきた3つの町に新たに脇岬の2つの町を加え、それを3地区に分けて行っています。行列に出る人間は揃いの帷子(かたびら)を着て、様々なお道具を持ちます。大名行列の後ろには、太鼓と笛のお囃子が続き、神輿を先導します。さらに行列の両側には、白い浴衣を着たほらがいの奏者が付き、行列を盛り立てます。
シシゾウ:大名行列のお道具には、どのようなものがあるのですか?
達:いろいろなお道具がありますが、主なところは、先頭を行く挟箱(はさみばこ)、すぎなり、ばんばです。挟箱は、大名の衣装や身の回り品を入れる担ぎ箱で、行列の道中に決まった所作をするほか、祭りの引き継ぎの儀式のときにも重要な役割を果たします。すぎなりは、長い棒の先に杉の実状の飾りが付いたお道具で、行列を先導する役割をします。現在使われているすぎなりは、脇岬地域を治めていた深堀藩の殿様から拝領したものです。ばんばはいわゆる道化役で、手にした毛槍を振り回すなどの所作で見物客を楽しませます。挾箱、すぎなり、ばんばはそれぞれ2人1組で行列につくのですが、お道具がけっこう重く重労働ですので4人1組で交替しながら役を務めます。
シシゾウ:お囃子は、どういった特徴がありますか。
シシゾウ:「けんか祭り」の由来にもなっているけんかはどのようにして始まるのですか?
達:2日目のお上りで1日目とほぼ同じように神輿行列を行い、御旅所の脇岬神社から八坂神社に戻って神輿をお納めした後、祭りの受け持ちを翌年の当番町へ引き継ぐ「受け渡し」の儀式が行われます。受け渡しの儀式では、挟箱を次の当番町に渡すわけですが、これが一筋縄ではいきません。当番町の人間は、すぐに受け取ってほしいという思いで手を振って次の当番町の人間を招くのですが、次の当番町の人間は、当番町を困らせようという気持ちから、素直に受け取ろうとはせず、知らぬ顔をします。周囲では、当番町側の人間が「早く受け取りに来い」、次の当番町側の人間が「まだ受け取りに行くな」というようなことをワーワー野次ります。次の当番町がいつまでたっても受け取らないからといって、当番町側の人間が短気を起こして挟箱を相手に向かって投げてしまうと、そこでその年の祭りは終了となり、次の年も引き続き、当番をしなければならなくなります。ですので、挟箱を持った人間の側には若者頭(わかものがしら)という祭りの重役がつき、「短気は起こすな」と諌めます。この受け渡しは祭りの中で最も緊張するところです。それでもどうにか受け渡しは済むのですが、その後、町同士のいさかいのクライマックスとして、この祭りで恒例となったけんかが始まります。
シシゾウ:けんかにはどのくらいの人数が参加するのですか?
シシゾウ:けんかはどのくらい続くのですか?
達:時間にして15分ほどです。ただ、けんかをしている人間には、その15分が1時間ほどにも長く感じられます。けんかの終了は、祭りの世話役が、もうそろそろ終わりにしたほうがいいだろうという頃合を見計らって指示します。けんかをしているときは、ご覧になっている女性の方があまりの迫力に悲鳴を上げられるくらい、皆、本気でやりあうので怪我をすることはしょっちゅうですが、けんかが終われば遺恨は一切残しません。たとえ日頃の鬱憤などがあっても、けんかをした後はすべて発散されますね。
シシゾウ:脇岬祇園祭を見るときのポイントはどこですか?
達:お下り、お上りの行列も見どころですが、やはり一番の見どころは、最後の祭りの受け渡しとその後のけんかでしょう。祭りの受け渡しが行われるのは、地元の人間が四つ角と呼んでいる地区のメインストリートで、八坂神社からあまり離れていない場所ですし、受け渡しの時間が近づけば地元の人間が集まって来ますので場所はすぐ分かると思います。よそから来られた方が我々のけんかを見ると、何のためにそこまで激しくやりあうのか理解しづらいかもしれませんが、けんかの前に行われる祭り当番の受け渡しで「早く受け取れ」「受け取りたくない」とやりあう所を見れば、ご理解いただけるのではないかと思います。脇岬祇園祭は観光向けの祭りではないので、特に宣伝はしていないのですが、テレビで紹介されたり、作家の高橋治先生が脇岬を舞台に書かれた『別れてのちの恋歌』という恋愛小説の中で取り上げられたりしたことで、多くの方に知っていただき、全国から見に来られるようになりました。ご覧になった方々はこのような祭りは初めてだと感動されるので、ご自分の目でそれを確かめにいらしてください。





