新潟県長岡市の山古志(やまこし)地区に伝わる牛の角突きは、本州で唯一行われる闘牛で、国の重要無形民俗文化財に指定されています。牛の角突きを主催する山古志観光開発公社代表取締役の松井治二さんに牛の角突きの見どころについてお聞きしました。

※過去の祭り情報になります。2012年に応援する祭り34
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| 牛の角突き~山古志に伝わる千年の熱きこころ~ | ||||
| 新潟総合テレビ NST | ||||
| 2009年11月7日(土)13:00~13:54 | ||||
新潟県長岡市・山古志地区。伝統文化として千年の歴史を持つ「牛の角突き」は、山古志の誇りであり、故郷の象徴となっています。神事として行われてきた山古志の牛の角突きは原則的に勝敗をつけず、引き分けにするために「勢子」と呼ばれる男たちが勇姿を見せてくれます。勢子の活躍こそが越後闘牛の最大の華とも言えるでしょう。2004年、新潟県中越地震により山古志の住民は全村避難を余儀なくされました。この地震で、倒壊した牛舎の下敷きになり、家族同様に愛情を注いできた闘牛の約半数が命を落としました。しかし、伝統を守り抜こうと熱い思いを持つ勢子や住民たちが立ち上がり、2008年には山古志闘牛場で牛の角突きが4年ぶりに復活しました。番組では、地域の誇り、伝統を守ろうと牛と生きる男たちの姿に密着します。
シシゾウ:山古志の牛の角突きは、どのくらいの歴史があるのですか?
松井:牛の角突きと呼ばれる山古志の闘牛は、正確には分かりませんが1000年以上の歴史があるのではないかと言われ、神事として今まで行われてきました。長い歴史の中で一度も休むことなく続けられてきましたが、例外は、2004年10月23日に起きた新潟県中越地震のときで、その年の最終場所が中止になりました。結局、地震で休んだのはその1回だけで、翌年には長岡市内に作られた臨時の闘牛場で開催しました。
シシゾウ:牛の角突きの特徴はなんですか?
シシゾウ:牛の角突きに使われるのは、どういう牛ですか?
松井:日本短角種という南部牛(なんぶうし)の雄で、岩手県から若い牛を連れてきて、山古志で育てます。牛は3歳になったらデビューし、10歳頃にピークを迎え、大体、13~14歳で引退します。シシゾウ:牛の角突きに出る牛は現在何頭いるのですか?
松井:今、山古志地区で飼われているのは50頭前後です。新潟県中越地震のときには、牛舎の倒壊などが原因で亡くなったり、牛のオーナーが都会に出ていかれたりしたために、牛の数が半分近くまで減ってしまったのですが、地震からの復興ということで皆さんが頑張って飼ってくれて、頭数はかなり回復しました。私も地域の元気をつくりだすために自分がやれることをまずやろうと思って、10頭飼っています。
シシゾウ:取り組みはどのようにして行われるのですか?
シシゾウ:どうやって牛を引き離すのですか?
シシゾウ:勢子として心がけなければならないことはなんですか?
松井:勢子と牛は一心同体です。ですから、勢子は、自分の牛が今どのような心境でいるのかを感じとってあげなければいけません。例えば、戦っている牛が守りに入ったとき、攻める機会を窺って敢えてそうしているのか、それとも単に弱腰になっているのかを見極める必要があります。もしも自分の牛がひるんでいるようだったら、牛の背や尻をはたいて気合いを入れたりもします。
シシゾウ:山古志の牛の角突きの見どころはどういうところですか?
松井:牛の角突きは山古志闘牛場で開催しています。地震前は山古志地区に4ヵ所闘牛場があったのですが、現在はここ1ヵ所だけです。シーズンは、雪の多い地域ですので、冬に積もった雪が溶ける5月に初場所、初雪が降り始める11月に最終場所を行います。ただし、その年のスケジュールを決定すると、どれだけ残雪があろうと、雪が降ろうと闘牛場や道路を除雪して実施します。過去には1mも雪が積もっているときに開催したことがあります。大会の開催は月に1回ペースです。以前はもっと間隔が短かったのですが、牛も休養できるので、それくらいの間隔がちょうどいいのではないかと思います。
シシゾウ:1日の取り組み数は何番くらいですか?
櫻井:地震前は多いときに50番くらい取り組みをやっていましたが、今は20番程度です。牛は、最高の力が出せるように1日に1番しか取り組みません。取り組みの顔合わせは、以前は牛の強さのランクを考慮しながら大会当日に組み合わせていましたが、今は大会の5日前くらいに牛を出場させるオーナーたちが集まって、話し合いの中で取り組みを決めています。
シシゾウ:牛の角突きは、どうすれば見ることができますか?
松井:私たち山古志の人間にとって、牛の角突きはかけがえのない宝です。その牛の角突きができるということが山古志復興のひとつのシンボルなんです。地震で家を失い、先のことも分からないという人たちが、苦しい中でも頑張って牛を飼うのは、そういう思いがあるからです。牛の角突きは私たちに生きることを教えてくれたのだと思います。私たちが伝統を守るのではなく、伝統が私たちを救ってくれたんです。私たちは、多くの皆さんから応援していただいたお蔭で、山古志で再び牛の角突きができるまでになりました。牛の角突きをご覧いただき、私たちが頑張っている姿を知っていただくことが皆さんへの一番の恩返しではないかと思っています。






