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牛の角突き

※このページは写真・文章ともに過去の祭り情報になります。 今年応援する祭りはこちらから

TV番組情報

制作
:新潟総合テレビ NST
放送
:2009年11月7日(土)13:00~13:54

ダイドードリンコスペシャル

牛の角突き ~山古志に伝わる千年の熱きこころ~

牛の角突き

新潟県長岡市・山古志地区。伝統文化として千年の歴史を持つ「牛の角突き」は、山古志の誇りであり、故郷の象徴となっています。神事として行われてきた山古志の牛の角突きは原則的に勝敗をつけず、引き分けにするために「勢子」と呼ばれる男たちが勇姿を見せてくれます。勢子の活躍こそが越後闘牛の最大の華とも言えるでしょう。2004年、新潟県中越地震により山古志の住民は全村避難を余儀なくされました。この地震で、倒壊した牛舎の下敷きになり、家族同様に愛情を注いできた闘牛の約半数が命を落としました。しかし、伝統を守り抜こうと熱い思いを持つ勢子や住民たちが立ち上がり、2008年には山古志闘牛場で牛の角突きが4年ぶりに復活しました。番組では、地域の誇り、伝統を守ろうと牛と生きる男たちの姿に密着します。

祭り紹介

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牛の角突き

新潟県長岡市の山古志(やまこし)地区に伝わる牛の角突きは、本州で唯一行われる闘牛で、国の重要無形民俗文化財に指定されています。牛の角突きを主催する山古志観光開発公社代表取締役の松井治二さんに牛の角突きの見どころについてお聞きしました。

開催日
5月〜11月初旬
場所・アクセス
新潟県長岡市山古志地区
・関越自動車道練馬ICから約3時間
・北陸自動車道 新潟西ICから約1時間15分、小出ICから約30分、長岡ICから約50分
お問い合わせ
山古志闘牛会
0258-59-2343

※掲載された情報につきましては、独自に集積したものであり、変更されている場合もあります。
 お出かけの際には各祭りの主催者へのお問い合わせや公式サイトなどで必ずご確認ください。

山古志観光開発公社代表取締役 松井治二さん 1000年の伝統を守り抜く

シシゾウ:山古志の牛の角突きは、どのくらいの歴史があるのですか?

松井:牛の角突きと呼ばれる山古志の闘牛は、正確には分かりませんが1000年以上の歴史があるのではないかと言われ、神事として今まで行われてきました。長い歴史の中で一度も休むことなく続けられてきましたが、例外は、2004年10月23日に起きた新潟県中越地震のときで、その年の最終場所が中止になりました。結局、地震で休んだのはその1回だけで、翌年には長岡市内に作られた臨時の闘牛場で開催しました。
勝負はつけない、牛に優しい闘牛

シシゾウ:牛の角突きの特徴はなんですか?

松井:勝敗をつけないところが最大の特徴です。勝負がつくところまで牛を戦わせると、必ず怪我をしてしまいます。本来、神事として行われるものですし、家族同然の牛を大切にするという意味から、行司役の勢子(せこ)たちが勝敗のつく前に牛を引き放します。山古志の闘牛は、自分の誇りを牛に託して行うものですが、相手の牛を自分の牛以上に大事にし、相手があるからこそ自分の牛もいい戦いができたとお互いを称え合うという勝負ごとなんです。

シシゾウ:牛の角突きに使われるのは、どういう牛ですか?

松井:日本短角種という南部牛(なんぶうし)の雄で、岩手県から若い牛を連れてきて、山古志で育てます。牛は3歳になったらデビューし、10歳頃にピークを迎え、大体、13~14歳で引退します。

シシゾウ:牛の角突きに出る牛は現在何頭いるのですか?

松井:今、山古志地区で飼われているのは50頭前後です。新潟県中越地震のときには、牛舎の倒壊などが原因で亡くなったり、牛のオーナーが都会に出ていかれたりしたために、牛の数が半分近くまで減ってしまったのですが、地震からの復興ということで皆さんが頑張って飼ってくれて、頭数はかなり回復しました。私も地域の元気をつくりだすために自分がやれることをまずやろうと思って、10頭飼っています。
自分より牛が大事! 勢子を務めるのは命がけ

シシゾウ:取り組みはどのようにして行われるのですか?

松井:長い側の直径が15mくらいの楕円形をしている闘牛場に、牛引き担当の勢子がそれぞれの牛の鼻綱を引いて入ってきて、相撲の仕切りと同じように牛と牛を見合わせます。両方の勢子が同時に牛の鼻綱を抜き取ると牛は戦いを始めます。闘牛場内には、牛を引いてきた勢子のほかにも勢子たちが10数人いて、掛け声をかけたりしながら戦いの行方を見守ります。そして、これ以上続けると勝敗がついてしまうというところで牛を引き離します。取り組みの時間は平均して4~5分、長くても10分程度です。

シシゾウ:どうやって牛を引き離すのですか?

松井:ここらあたりで引き分けにしないとどちらかの牛が怪我をするというところを見極めて、勢子たちのある者は牛に飛びかかってひき離し、ある者は後ろ脚に綱を掛けて後ろに引っ張ります。ひき離す時、牛は勝負をつけようと最高潮にエキサイトしているので非常に危険です。1トンを超す牛が目を血走らせているところに、牛と牛の間に割って入るわけですから勢子に怪我はつきものです。私は勢子をしていたときにそれほど大きな怪我を経験したことはありませんでしたが、去年の最終場所では、残念ながら怪我人が出てしまいました。ただ、勢子をする人間は、怪我をするのが当たり前という気持ちでいます。命がけですが、牛を守ることが勢子の誇りなのです。

シシゾウ:勢子として心がけなければならないことはなんですか?

松井:勢子と牛は一心同体です。ですから、勢子は、自分の牛が今どのような心境でいるのかを感じとってあげなければいけません。例えば、戦っている牛が守りに入ったとき、攻める機会を窺って敢えてそうしているのか、それとも単に弱腰になっているのかを見極める必要があります。もしも自分の牛がひるんでいるようだったら、牛の背や尻をはたいて気合いを入れたりもします。
繰り出す多彩な技は圧巻!

シシゾウ:山古志の牛の角突きの見どころはどういうところですか?

松井:勝負の勝敗がつかないのではおもしろくないと思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、牛の戦う姿そのものが最大の見どころです。1トンを超す牛同士が、ガツンと音が聞こえてくるほど頭と頭、角と角でぶつかりあうところはすごい迫力ですし、繰り出す技も素晴らしいです。自分の勝機を作るために相手にわざと攻めさせて油断を誘っておいてから隙を突いたり、角で1トンもある相手の巨体を持ち上げたり、持ち上げられた牛のほうも着地する前に反撃したりと、牛でないとできないような技があって、本当に見ごたえがあります。勢子たちが牛と一体となって取り組みを盛り上げるところも見ものです。勝負を盛り立てながら、勝敗がつくかつかないかというぎりぎりのところで怪我を恐れず牛を引き分けるところなど、牛にかける勢子たちの思いがあふれていると思います。
臨場感あふれる戦いは必見! 松井:牛の角突きは山古志闘牛場で開催しています。地震前は山古志地区に4ヵ所闘牛場があったのですが、現在はここ1ヵ所だけです。シーズンは、雪の多い地域ですので、冬に積もった雪が溶ける5月に初場所、初雪が降り始める11月に最終場所を行います。ただし、その年のスケジュールを決定すると、どれだけ残雪があろうと、雪が降ろうと闘牛場や道路を除雪して実施します。過去には1mも雪が積もっているときに開催したことがあります。大会の開催は月に1回ペースです。以前はもっと間隔が短かったのですが、牛も休養できるので、それくらいの間隔がちょうどいいのではないかと思います。

シシゾウ:1日の取り組み数は何番くらいですか?

櫻井:地震前は多いときに50番くらい取り組みをやっていましたが、今は20番程度です。牛は、最高の力が出せるように1日に1番しか取り組みません。取り組みの顔合わせは、以前は牛の強さのランクを考慮しながら大会当日に組み合わせていましたが、今は大会の5日前くらいに牛を出場させるオーナーたちが集まって、話し合いの中で取り組みを決めています。

シシゾウ:牛の角突きは、どうすれば見ることができますか?

松井:当日券が闘牛場入り口で販売されます。取り組みは午後1時から始まりますが、取り組み前には、若い牛のトレーニングを兼ねた取り組みなどいろいろな催しがあるので、早めに来場されてそういうアトラクションをご覧になったり、闘牛場の周囲で出番を待つ牛を眺めたりするのも楽しいのではないでしょうか。見に来られるときの心得ですが、運動靴など動きやすい格好でいらしてください。牛の戦うところと観客席は柵で隔てられているので、牛が観客席に入ってくることはありませんが、戦っているはずみで柵に激しくぶつかったりして、間近に迫ってくることがあるので、なにかあればすぐ反応できるように、自分も戦いに参加しているような気持ちでご覧いただければと思います。
震災で、決死の牛救出作戦 松井:新潟県中越地震で、私たちの山古志地区は大きな被害を受け、地震後、地区住民は長岡市内の仮設住宅、牛たちは仮設の牛舎に避難していました。仮設住宅から山古志に私たちが戻ってこられたのは一昨年の暮れで、牛が戻ってきたのは、さらにその半年後でした。地震後に飼い始めた牛もいますが、地震を経験し4年ぶりに山古志に戻ってきた牛もいます。その中には私自身で救出した牛もいます。2004年10月24日、山古志地区は地震による土砂崩れがおきて危険なため避難指示が出て、私たちは救出され長岡市内に行きました。でも、私は牛のことが気になって25日に1人で歩いて家に戻り、牛たちをどうすれば助けだせるかを必死に考えました。そして1週間後、特別に許可をもらい、仲間たちに応援してもらって9頭の牛を救出しました。山古志へ通じる道路はすべて寸断されていたので、土砂崩れを起こしている山を、道を切り開きながら3日間かけて牛たちと一緒に越えました。本当にあのときは苦労しましたが、何十年も牛の角突きに関わってきて牛は自分の家族同然だったので、牛に背を向けることはできませんでした。
牛の角突きが、山古志の復興シンボル松井:私たち山古志の人間にとって、牛の角突きはかけがえのない宝です。その牛の角突きができるということが山古志復興のひとつのシンボルなんです。地震で家を失い、先のことも分からないという人たちが、苦しい中でも頑張って牛を飼うのは、そういう思いがあるからです。牛の角突きは私たちに生きることを教えてくれたのだと思います。私たちが伝統を守るのではなく、伝統が私たちを救ってくれたんです。私たちは、多くの皆さんから応援していただいたお蔭で、山古志で再び牛の角突きができるまでになりました。牛の角突きをご覧いただき、私たちが頑張っている姿を知っていただくことが皆さんへの一番の恩返しではないかと思っています。
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