清内路の手づくり花火は、神社の秋祭りに奉納される伝統の花火です。火薬から手づくりする全国でも数少ない花火としても知られ、長野県の無形民俗文化財に指定されています。花火の保存団体「下清内路煙火(えんか)有志会」の会員で、清内路役場振興課の櫻井健さんに清内路の手づくり花火の見どころについてお聞きしました。

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| 山里の絆 ~清内路の手づくり花火~ | ||||
| 信越放送 SBC | ||||
| 2009年11月1日(日)16:00~16:54 | ||||
長野県の南部、下伊那郡阿智村清内路に江戸時代から伝わる、伝統の「手づくり花火」。平成4年に県の無形民俗文化財に指定されました。この花火は、上清内路と下清内路のふたつの保存会によって製造され、神社の秋祭りで奉納されます。保存会の人たちが、火薬取り扱いに関する資格を取得して、原料から製造する全国でもまれな手づくり花火です。奉納されるのは、火花を噴出しながら回転する「花傘」や「大尺車(だいしゃくま)」、会場と小さな谷を隔てた山の間を往復する「仕掛け花火」などで、フィナーレは夜空に火花を高く吹き上げる「大三国(だいさんごく)」。花火づくりにあたった人たちは、注ぐ火花の滝の下で肩を組み輪になって心を一つにします。番組では、この日のために、休日や夜間に火薬を作り調合し、支え合ってきた村人たちの絆を紹介します。
シシゾウ:手づくり花火の奉納はいつから始まったのですか?
櫻井:1731(享保16)年に下清内路の諏訪神社が再建され、そのお祝いとして、花火が奉納されたというのが清内路の手づくり花火の最も古い記録として残っています。以来、戦中戦後を通じて一度も欠かすことなく神社の秋季大祭に奉納をしています。昔は上清内路の諏訪神社、下清内路の建(たけ)神社、諏訪神社の3つの神社でそれぞれ一晩づづ奉納を行っていましたが、現在は、神社が隣同士の下清内路の建神社と諏訪神社に対しては一晩で2神社あわせて花火を奉納しています。
シシゾウ:清内路の手づくり花火は、どのような特徴があるのですか?
櫻井:いわゆる仕掛け花火なのですが、赤、青、黄といったカラフルな花火ではなく、火薬の中に混ぜた鉄の粉で、黄金色の火花を飛ばします。これを私たちは「花を咲かせる」と言っています。また、花火の火薬を一から手づくりしているというのが清内路の手づくり花火の大きな特徴です。
シシゾウ:花火は誰の手によって手づくりされるのですか?
シシゾウ:火薬はどのようにして作るのですか?
櫻井:作り方は基本的に上清内路も下清内路も一緒です。まず、火薬づくりの第一歩として、原料となる炭(はい)を焼きます。いわゆる消し炭で、私が所属する下清内路では、ツツジ、桐、サワラの木を炭焼きします。ツツジの炭は火力が強いなど、炭によって火力が異なるので、炭の配合を変えれば、強く火が噴き出すもの、やわらかく噴き出すものというように花火の仕掛けに合わせて火力が調節できます。炭と硝石と硫黄はただ混ぜ合わせるのではなく、細かい粒になるように、すりあわせる作業を行います。この作業を「すり」と呼んでいます。火薬の性質が均一になるように行うもので、ゴロゴロしていた粒が小麦粉のようにさらさらした粉末になるまですっていきます。
下清内路では、すりを昔ながらの薬研(やげん)という道具を使って手作業で行います。薬研でするのは重労働で、1人で続けてやれるのはせいぜい15分くらいなので、交替しながらひたすらすっていきます。会員は仕事を終えてから製造所に集まって、毎晩2時間、期間にして約1ヵ月間、すりにかかりきりになります。花火づくりで一番時間をかけるのがこの作業です。本当に大変なのですが、その苦労がないと清内路の花火とは言えないのです。
シシゾウ:「すり」が終わると、あとはどのような作業があるのですか?
シシゾウ:祭り当日のスケジュールはどのようになっているのですか?
櫻井:日が暮れた夕方6時半ごろから保存会の会員たちは、花火の仕掛けや役筒を担いで、「オイサ、オイサ」という掛け声をかけながら30分くらい地区内をねり歩いて神社を目指します。神社に着くと境内で神主さんから花火のおはらいを受け、ご神灯の火により点火されると花火の始まりです。例年、最初の点火は7時半前後になります。下清内路の場合は、諏訪神社と建神社の2部仕立てになっていて、最初に諏訪神社に花火を奉納します。それが終わるのが例年8時半から9時ごろで、そこから建神社の奉納が始まり、大体10時頃まで花火の競演が続きます。
シシゾウ:仕掛け花火にはどのようなものがあるのですか?
これらの仕掛けはやぐらに取り付けられ一斉に点火されたり、からくりを使って順番に点火したりします。一部の仕掛けから次の部の仕掛けに移るときなどは、準備に時間を要するのですが、合間合間には業者による打ち上げ花火が上がるので間が空くということはほとんどありません。
シシゾウ:花火のクライマックスはどういったものですか?
大三国は直径10数cm、長さが2m弱の竹筒に数種類の火薬と大きさの異なる鉄の粉を詰めた仕掛けで、火花の噴き上げと咲く花に変化をつけています。これを約10mの三国柱と呼ばれる柱のてっぺんに取り付けます。点火すると鉄粉の火の粉が、奔流のように噴き上がり、滝のように流れ落ちます。時間にして数分ですが、このとき、保存会の会員は、「きおい」といって「オイサ、オイサ」という掛け声をかけながら、火の粉の滝の中に飛び込み、皆で肩を組んで頭から火の粉を浴びます。これは大三国の火の粉を浴びると無病息災になるという昔の言い伝えによるものです。
シシゾウ:火の粉を浴びて、火傷をしないのですか?
櫻井:当然、熱いし、火傷も負いますが、ヘルメットと法被を付けているので大きな火傷をすることはありません。ヘルメットは、三国のためにというわけではなく、不測の事態が起きた場合の安全対策として着用しているものです。よその地方の古式花火の保存団体の人が驚かれるくらい、大きな鉄の粉を使っているので、何もかぶっていない状態だと頭を怪我してしまいます。熱された鉄の粉で法被に焼け焦げができたり、火が熾(おこ)ってしまうことはよくあります。着ている本人が気付かないので、周りの人間がもみ消してあげることもたまにあります。
シシゾウ:花火が失敗することはないのですか?
保存会の会員でもベテランになると、過去の経験から、比較的小さな仕掛け花火の出来をみて「今年の大三国はうまくいかないかもしれない」という勘がビビッと働くときがあります。その予感がけっこう当たるんです。そういうときは点火する前に安全第一ということで観客を遠ざけたりします。
シシゾウ:花火は見学できるのですか?
櫻井:上清内路は危険防止のために入場制限があって、見物は氏子関係者の方に限っています。下清内路は基本的には氏子以外の方もご覧いただけます。ただ、境内が非常に狭くて大勢は入れません。また、見るときは立ち見になります。例年の人出から判断しますと、点火の2時間くらい前に来ればご覧になれると思います。ただし、早く来ても、場所取りをされたり、カメラの三脚を据えられるとほかの方に迷惑になりますので控えていただき、できるだけ多くの方が見られるように係員の指示に従ってご協力いただければありがたいです。
櫻井:保存会の一員として言うと、清内路の花火は見る花火ではなく、やって楽しむ花火だと思います。保存会の会員は、メインの大三国が失敗に終わったら悔し涙を流しますし、いい花が咲いたら咲いたで、感動の涙を流します。いい大人たちが花火に一喜一憂するのは、はたから見れば不思議かもしれませんが、祭り本番のわずかな時間のために何十日も前から大変な思いをして火薬を作り、準備をしてきたからこその一喜一憂です。きらびやかな花火の陰には、花火づくりに携わっている人間たちの様々な思いのあることを知っていただいた上でご覧いただくと、単にきれいというだけではない見え方がしてくるのではないかと思います。







