東京を代表する祭りのひとつ、三社祭は、浅草の街を神輿が勇壮に練り、びんざさら舞など古典芸能の奉納も行われる、江戸情緒が色濃く感じられる祭りです。浅草神社奉賛会事務局長の内田宗孝さんに、三社祭の見どころをお聞きしました。

※過去の祭り情報になります。2010年に応援する日本の祭り29
2009年・2008年・2007年・2006年に応援した日本の祭りが検索できます。
| ダイドードリンコスペシャル | ![]() |
![]() |
![]() |
|
| 下町揺らす江戸の粋! ~東京・三社祭~ | ||||
| 東京メトロポリタンテレビジョン TOKYO MX | ||||
| 2009年6月6日(土)20:00~20:55 | ||||
今から1350年ほど前、兄弟の漁師の網に掛かった一寸八分の黄金の観音様。これを郷土の文化人が僧になり奉安し供養護持した・・・これが浅草寺の起こり。明治維新の神仏分離令により寺から別れ、この3人を神として祀ったのが浅草神社・・・通称、三社さまです。三社祭は、毎年5月の第3金、土、日の3日間に行われ、正式名称は「浅草神社例大祭」。44町内の神輿およそ100基が繰り出し、150万人の人手で賑わう日本一の規模を誇る江戸東京の下町の祭りです。昨年、メインイベントの本社神輿の担ぎ出しが中止になりました。今年こそはと願う各町会の面々、祭りを愛する粋でいなせな人たちの一年をかけた熱い思いが三社祭を盛り上げます。
シシゾウ:三社祭は、どのような祭りですか?
シシゾウ:浅草神社の例大祭なのに、なぜ三社祭と呼ばれるのですか?
シシゾウ:3日間のスケジュールはどのようになっているのですか?
シシゾウ:神輿の渡御が始まったのはいつ頃ですか?
内田:三社祭では、祭神の土師真中知命を一之宮、檜前浜成命を二之宮、檜前武成命を三之宮とする3体の本社神輿が渡御します。戦前まで、この3体のお神輿は3代将軍徳川家光公御寄進で国宝指定されていたものを使っていましたが、国宝を担ぎまわるのはいかがなものかということで昭和初期にレプリカが作られ、祭りにはそちらを担いでいました。このほか、田町(たまち)という町会から奉納された神輿が四之宮としてあり、併せて7体の本社神輿があったのですが、東京大空襲で焼夷弾の直撃を受け、全て焼失してしまいました。今ある3体の本社神輿は戦後すぐ、氏子の方々の寄付により新たに作られたものです。私は昭和23年生まれで、母親から当時は飲ませるミルクも十分になく大変だったとよく聞かされましたが、ろくに自分たちの食べるものもない時代に、三社祭を愛している浅草の皆さんは苦労してお金を奉納し、その浄財により昭和25年に一之宮、二之宮、昭和28年に三之宮が新調されました。新たに作られた神輿は、戦前のものをできる限り模したということですが、古老の方に言わせると、戦前のものよりも胴体がきゅっと細く、屋根が大きく張り出し、躍動感のある神輿になっている印象があるとのことです。
シシゾウ:本社神輿を担ぐのに何人の担ぎ手が必要ですか?
内田:本社神輿は約1トンあり、一度に120人程度で担ぎます。10分程度であれば交替要員を含めて200人ほどいれば担げるはずですが、本社神輿が氏子各町を渡御するとき、各町会の担ぐ時間として45分前後の時間が割り振られるので、それだけの時間を担ぐとなれば200人ではとても手が足りません。正確な人数を申し上げることは難しいですが、相当数の人手がいることだけは確かです。
シシゾウ:本社神輿を神社境内から出すとき、担ぎ手が大勢集まるそうですね。
シシゾウ:2009年2月から浅草寺本堂の修営が行われるそうですが、三社祭に影響はありませんか?
内田:今年から来年にかけて行われる浅草寺本堂の大修繕により、三社祭で使わせていただく浅草寺の境内が非常に狭くなる関係で、本社神輿の宮出し、宮入り、連合渡御の齋行方法は大きく変わります。宮出しに関しては、いわゆる一般宮出しの担ぎ手について参加規制があります。詳細はまだ決まっていませんが、氏子44ヵ町に参加証を配布し、町会を通して参加証を入手された方のみ宮出しにご参加いただけます。ここは例年と非常に大きく変わります。また、連合渡御も例年であれば浅草寺さんの本堂裏広場に各町の神輿が集結しますが、今年と来年は時間差をつけて集合、出発するという形になる予定です。そのため、観客の皆さんには誠に申し訳ないのですが、本社神輿の宮出しと宮入り、連合渡御を浅草神社、浅草寺周辺でご覧いただくことはできないかと思います。神輿をご覧になりたいという方は、日曜の午前11時から午後6時まで雷門通りから馬道通りにかけてお祭り広場として歩行者天国になり、そちらに各町のお神輿が繰り出してきますので、そこでご覧いただければと思います。
内田:浅草の人間にとって三社祭は特別な存在で、お正月より三社祭というように感じていらっしゃる方は多いと思います。ただ、祭りは時代とともに変遷を重ねるものです。三社祭にしても、いい意味でも悪い意味でも変化してきています。2012年には、三社祭の始まりとされる船渡御が始まって700年目を迎えるということで700年祭が行われます。そこに向けて、氏子44ヵ町の祭りとして良い形で伝承されてきた本来の姿を取り戻し、参加される方がルールを守り、整然と例大祭が齋行できるよう、氏子44ヶ町の皆さんと力を合わせていきたいと思っています。







