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三社祭

※このページは写真・文章ともに過去の祭り情報になります。 今年応援する祭りはこちらから

TV番組情報

制作
:東京メトロポリタンテレビジョン TOKYO MX
放送
:2009年6月6日(土)20:00~20:55

ダイドードリンコスペシャル

下町揺らす江戸の粋! ~東京・三社祭~

三社祭

今から1350年ほど前、兄弟の漁師の網に掛かった一寸八分の黄金の観音様。これを郷土の文化人が僧になり奉安し供養護持した・・・これが浅草寺の起こり。明治維新の神仏分離令により寺から別れ、この3人を神として祀ったのが浅草神社・・・通称、三社さまです。三社祭は、毎年5月の第3金、土、日の3日間に行われ、正式名称は「浅草神社例大祭」。44町内の神輿およそ100基が繰り出し、150万人の人手で賑わう日本一の規模を誇る江戸東京の下町の祭りです。昨年、メインイベントの本社神輿の担ぎ出しが中止になりました。今年こそはと願う各町会の面々、祭りを愛する粋でいなせな人たちの一年をかけた熱い思いが三社祭を盛り上げます。

祭り紹介

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三社祭

東京を代表する祭りのひとつ、三社祭は、浅草の街を神輿が勇壮に練り、びんざさら舞など古典芸能の奉納も行われる、江戸情緒が色濃く感じられる祭りです。浅草神社奉賛会事務局長の内田宗孝さんに、三社祭の見どころをお聞きしました。

開催日
5月第3金~日曜日
場所・アクセス
東京都台東区浅草神社ほか
・東京メトロ:浅草駅から徒歩約7分
・首都高速:駒形出入口から15分
お問い合わせ
浅草神社
03-3844-1575

※掲載された情報につきましては、独自に集積したものであり、変更されている場合もあります。
 お出かけの際には各祭りの主催者へのお問い合わせや公式サイトなどで必ずご確認ください。

三社祭は浅草神社の祭礼

シシゾウ:三社祭は、どのような祭りですか?

内田:三社祭というのは通称で、正式には浅草神社例大祭と言い、5月第3週の金・土・日曜に開催されます。本社神輿が氏子44ヵ町を勇壮に練り歩く渡御でご存じの方も多いかと思います。浅草で行われているので浅草寺さんのお祭りとよく勘違いされるのですが、浅草寺さんの東隣にある浅草の氏神様を祀った浅草神社の祭礼です。とは言っても浅草神社と浅草寺は歴史的な成り立ちから言って、切っても切れない関係にあり、ほぼ一体としてなされる行事です。

シシゾウ:浅草神社の例大祭なのに、なぜ三社祭と呼ばれるのですか?

内田:これは浅草神社の縁起につながる浅草寺の御本尊のご示現と非常に深く関わっています。浅草寺の縁起によると、西暦628年に今の隅田川(当時は江戸浦と呼ばれていたようです)で檜前浜成(ひのくまはまなり)・檜前武成(ひのくまたけなり)という漁師の兄弟が投網で漁をしていたとき、魚の代わりに人型の像が上がり、それを持ち帰って土地の文化人、土師真中知(はじのまつち)に見せたところ、ありがたい観音様だということで、像を槐(えんじゅ)の木の切り株に安置し、お祀りしたのが浅草寺の始まりとされています。時代は下り、平安末期から鎌倉初期の頃、浅草寺の御本尊がこの世に姿を現すのに功績のあった土師真中知・檜前浜成・檜前武成を、浅草の地に繁栄をもたらした恩人だということで神として祀ったのが浅草神社で、3体の神様を祀ることから三社権現と呼ばれるようになりました。三社祭は、そのときの社名から来ています。なお、明治時代に神仏分離令が出され、権現は神様と仏様が入り混じった概念でふさわしくないということから浅草神社と社名が変わりました。それでも、浅草神社は今でも浅草の土地の人間には三社様との愛称で親しまれています。
3日間にわたり繰り広げられる神輿の祭典

シシゾウ:3日間のスケジュールはどのようになっているのですか?

内田:浅草神社例大祭は金、土、日に行われるわけですが、祭りに先立って、木曜の夜に「本社神輿神霊(みたま)入れの儀」といって、本社神輿へ浅草神社の御神霊(おみたま)をお移しする行事があります。そして、金曜は午後1時から大行列があります。これは、三社祭の氏子44ヵ町の代表の方々に、浅草神社の神事びんざさら舞の奉仕者や浅草芸妓連といった方々が加わって、浅草三業会館、いわゆる浅草見番の前から出発して、浅草の街を賑やかに行列します。その後、東京都の無形民俗文化財で田楽舞の様式を今に伝えるびんざさら舞が拝殿や神楽殿で奉納され、続いて、氏子44ヵ町の神輿に御神霊(おみたま)を授ける「各町神輿神霊入れの儀」があります。各町とも大人神輿、子供神輿、その中間の神輿を含め、2体ないしは3体のお神輿を持っておられ、それぞれ御神霊が授与されます。土曜は朝10時から例大祭の中で一番重要な祭儀である浅草神社例大祭式典が行われ、その後、町内神輿の連合渡御が行われて、100体を超える神輿が集まります。最終日の日曜には、本社神輿が氏子各町を渡御します。本社神輿は3体あるので、氏子各町を南部、東部、西部に分け、各方面に1体の本社神輿が渡御します。
江戸時代には船で渡御

シシゾウ:神輿の渡御が始まったのはいつ頃ですか?

内田:文献によると祭りが始まった当初は船渡御という形で行われ、神輿は浅草神社から浅草寺に移り、本堂外陣(げじん)におこもりして一晩お過ごしになった後、浅草御門(現在の浅草橋付近)まで行き、そこから船に乗り、観音様の上陸地点とされている駒形橋すぐそばの駒形堂(地元の人間は「こまんどう」と呼んでいる)というお堂のところから上陸して、再び浅草神社に戻ってこられていたようです。それが明治の神仏分離令により、神輿が浅草寺におこもりするということがなくなり、氏子各町を本社神輿が練り歩くという現在の姿に変わっていったということです。
大戦で焼失した神輿を戦後すぐに再興 内田:三社祭では、祭神の土師真中知命を一之宮、檜前浜成命を二之宮、檜前武成命を三之宮とする3体の本社神輿が渡御します。戦前まで、この3体のお神輿は3代将軍徳川家光公御寄進で国宝指定されていたものを使っていましたが、国宝を担ぎまわるのはいかがなものかということで昭和初期にレプリカが作られ、祭りにはそちらを担いでいました。このほか、田町(たまち)という町会から奉納された神輿が四之宮としてあり、併せて7体の本社神輿があったのですが、東京大空襲で焼夷弾の直撃を受け、全て焼失してしまいました。今ある3体の本社神輿は戦後すぐ、氏子の方々の寄付により新たに作られたものです。私は昭和23年生まれで、母親から当時は飲ませるミルクも十分になく大変だったとよく聞かされましたが、ろくに自分たちの食べるものもない時代に、三社祭を愛している浅草の皆さんは苦労してお金を奉納し、その浄財により昭和25年に一之宮、二之宮、昭和28年に三之宮が新調されました。新たに作られた神輿は、戦前のものをできる限り模したということですが、古老の方に言わせると、戦前のものよりも胴体がきゅっと細く、屋根が大きく張り出し、躍動感のある神輿になっている印象があるとのことです。
神輿渡御は神事です。過熱しては困ります。 内田:本社神輿・町内神輿を問わず神輿には浅草神社の御祭神がお祀りされており、神輿を担ぐということは神事です。従って、人が神輿に乗ったりすることは許されません。観客の皆さんも含めて、この点には充分留意していただきたいと思います。

シシゾウ:本社神輿を担ぐのに何人の担ぎ手が必要ですか?

内田:本社神輿は約1トンあり、一度に120人程度で担ぎます。10分程度であれば交替要員を含めて200人ほどいれば担げるはずですが、本社神輿が氏子各町を渡御するとき、各町会の担ぐ時間として45分前後の時間が割り振られるので、それだけの時間を担ぐとなれば200人ではとても手が足りません。正確な人数を申し上げることは難しいですが、相当数の人手がいることだけは確かです。

シシゾウ:本社神輿を神社境内から出すとき、担ぎ手が大勢集まるそうですね。

内田:三社祭はあくまで浅草神社の祭礼であり、浅草神社氏子44ヶ町の氏子による祭です。従って、浅草神社境内から本社神輿を担ぎ出す神輿の宮出しも、氏子なら誰でも担げるということが原則です。しかし、現状としては氏子町内だけでなく、外部からも大勢の方が神輿を担ごうとお越しになる風潮が強くなり、困惑しています。これは三社祭を愛してくださるということでは誠にありがたいのですが、本来の趣旨からは逸脱しています。実際問題として、あまりにも外部の参加者が多くなって地元の方が担げなくなって しまったため、8年ほど前から、氏子44ヵ町の各町会の氏子の方たちによる宮出しとそれ以外の方による宮出しと2回に分けて行われています。
浅草寺大修営で今年の祭りは齋行方法に変更あり

シシゾウ:2009年2月から浅草寺本堂の修営が行われるそうですが、三社祭に影響はありませんか?

内田:今年から来年にかけて行われる浅草寺本堂の大修繕により、三社祭で使わせていただく浅草寺の境内が非常に狭くなる関係で、本社神輿の宮出し、宮入り、連合渡御の齋行方法は大きく変わります。宮出しに関しては、いわゆる一般宮出しの担ぎ手について参加規制があります。詳細はまだ決まっていませんが、氏子44ヵ町に参加証を配布し、町会を通して参加証を入手された方のみ宮出しにご参加いただけます。ここは例年と非常に大きく変わります。また、連合渡御も例年であれば浅草寺さんの本堂裏広場に各町の神輿が集結しますが、今年と来年は時間差をつけて集合、出発するという形になる予定です。そのため、観客の皆さんには誠に申し訳ないのですが、本社神輿の宮出しと宮入り、連合渡御を浅草神社、浅草寺周辺でご覧いただくことはできないかと思います。神輿をご覧になりたいという方は、日曜の午前11時から午後6時まで雷門通りから馬道通りにかけてお祭り広場として歩行者天国になり、そちらに各町のお神輿が繰り出してきますので、そこでご覧いただければと思います。
2012年の700年祭に向けて、思いも新たに 内田:浅草の人間にとって三社祭は特別な存在で、お正月より三社祭というように感じていらっしゃる方は多いと思います。ただ、祭りは時代とともに変遷を重ねるものです。三社祭にしても、いい意味でも悪い意味でも変化してきています。2012年には、三社祭の始まりとされる船渡御が始まって700年目を迎えるということで700年祭が行われます。そこに向けて、氏子44ヵ町の祭りとして良い形で伝承されてきた本来の姿を取り戻し、参加される方がルールを守り、整然と例大祭が齋行できるよう、氏子44ヶ町の皆さんと力を合わせていきたいと思っています。
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