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尾張津島天王祭

※このページは写真・文章ともに過去の祭り情報になります。 今年応援する祭りはこちらから

TV番組情報

制作
:中部日本放送 CBC
放送
:2009年8月16日(日)16:00~16:54

ダイドードリンコスペシャル

信長感動!水に映る浪漫の祭 ~尾張津島天王祭~

尾張津島天王祭

津島天王祭は、津島神社と天王川公園で行われる大祭で、日本の三大川祭りの一つと言われています。歴史は500有余年に及び、織田信長や豊臣秀吉が愛でたという記録も残っています。呼び物は、5艘の巻藁船(まきわらぶね)。高さ16mの船1艘につき、365個(1年の日数を表す)の提灯をつけ、日の暮れた水面を滑ってゆきます。その幽玄の世界が、いにしえより人々を魅了してきたのです。そして夜が明けると、屋台の上に能人形を飾った、華やかな車楽船が水上に登場します。その船からは若者が水中に飛び込み、津島神社に通じる岸まで泳ぎます。 水に浮かぶ大祭。「幽玄」という表現が相応しいその光景は、屏風絵として、大英博物館にも所蔵されているほど、浪漫に満ちているのです。

祭り紹介

  • 祭り写真館

尾張津島天王祭

室町時代に始まった尾張津島天王祭は、夜には提灯、翌朝には能人形を飾った風流な船が古式ゆかしい楽を奏でながら水上を漕ぎ進む日本有数の川祭りです。津島神社禰宜(ねぎ)の堀田正裕さんに尾張津島天王祭の見どころをお聞きしました。

開催日
7月第4土・日曜日
場所・アクセス
愛知県津島市天王川公園
・東名阪自動車道「弥富IC」より 国道155号線で約15分
・東海北陸道「一宮西IC」より 国道155号線で約30分
・名鉄電車 「名鉄名古屋駅」から 快速急行で約25分「津島駅」下車
・JR/近鉄「弥富駅」乗り換え 名鉄電車で約11分「津島駅」下車
お問い合わせ
津島市観光協会
0567-28-8051

※掲載された情報につきましては、独自に集積したものであり、変更されている場合もあります。
 お出かけの際には各祭りの主催者へのお問い合わせや公式サイトなどで必ずご確認ください。

津島神社 禰宜 堀田正裕さん 川にダンジリが出る全国唯一の祭り

シシゾウ:尾張津島天王祭にはどのような由来があるのですか?

堀田:天王祭は、津島神社の例祭で室町時代頃に始まったと言われていますが、起源には諸説があり、詳しいことは分かっていません。天王祭は旧暦の6月1日から3ヵ月にわたって行われる神事と2日間の祭事を指し、一般に天王祭として知られているのは旧暦の6月14、15日、現在は新暦の7月第4土日に行われるお祭りのほうです。この祭りには、旧津島の中心米之座(こめのざ)、堤下(とうげ)、筏場(いかだば)、今市場(いまいちば)、下構(しもがまえ)の津島五ヵ村(ごかそん)から、車楽船(だんじりぶね)と呼ばれる船が出て、現在は池になっている天王川を巡行します。普通、川祭りといえば神輿を船に載せて渡御するものですが、天王祭の車楽船には神輿は乗りません。川にだんじり、いわゆる山車(だし)が出るのは、日本ではここ津島神社の祭りしかありません。なぜ、このような形の祭りが始められたのか、理由は定かではないのですが、霊験あらたかな津島神社の天王の大神さまをお慰めすることで、疫病除けを祈願したものではなかったかと思われます。
豊臣秀吉が惚れ込み、京都に持っていこうとした!? 堀田:尾張津島天王祭は、時の権力者たちから非常に愛されたようで、織田信長や豊臣秀吉もこの祭りを見物したと記録に残っています。特に、津島神社の神様への信心が厚かった秀吉はこの祭りをことさら愛し、京都の伏見に伏見桃山城を建立する時、津島神社を伏見に移し天王祭を淀川でやりたいとの旨を神社側に申し入れたといいます。神社と氏子衆は、秀吉からの申し出をむげに断るわけにいかなかったので、ご神託を仰いだらご神意に添わなかったと言って断ったということです。
神様にご覧いただくため、車楽船が宵と朝に巡行

シシゾウ:尾張津島天王祭はどのようなスケジュールで行われるのですか?

堀田:1日目は、津島神社の神様が車楽船をご覧になるため、午前中に神輿が津島神社から天王川公園の御旅所(おたびしょ)にお渡りされます。そして夕刻に宵祭として、提灯を昔から伝わる様式で飾り付けた、巻藁船(まきわらぶね)の名で親しまれている船5艘が御旅所を目指して天王川を漕ぎ渡ります。一夜明けると、宵祭とは飾り付けをがらりと変えた車楽船に、旧市江(いちえ)村(現在の愛西市佐屋町)からの車楽船も加わって朝祭が行われ、その後、6艘の船に乗る稚児を従えて神輿が津島神社へ還られます。
川面に煌めく提灯、その数なんと数千個!

シシゾウ:巻藁船の提灯は、どのように飾り付けられるのですか?

堀田:巻藁船は、平底の船を2艘並べ、横板をわたして連結した車楽船に、提灯を飾る屋台を載せたものです。提灯の飾り付けは5地区ともほぼ共通で、1年の日数分を意味する365個の提灯をお椀を伏せた形になるように飾り付けます。このとき、形を仕立てるために提灯を付けた竹を突き刺すのが、麦藁を俵状にした巻藁で、巻藁船という名の由来にもなっています。椀型の提灯群の中心には高さ20mほどの孟宗竹で作った真柱(まばしら)が立てられ、そこに如意提灯(にょいぢょうちん)と呼ばれる提灯が1年の月数にあたる12個飾り付けられます。さらに、椀型の提灯の下正面には、なべづると呼ばれる赤い小さな提灯を1ヵ月の日数分の30個飾り付けます。旧のうるう年には、如意提灯が1個増やされます。提灯の数は、なぜそう決められているのかはっきりした理由はわかっていませんが、現在、椀型に仕立てる提灯は、きれいな形に見えるようにするため400個余り付けています。

シシゾウ:巻藁船はどこから出発するのですか?

堀田:天王祭の舞台となる天王川は、昔は川でしたが、江戸末期に上流からの砂が堆積したために現在は池になっています。その池の東南に、入り江状になっている車河戸(くるまこうど)と呼ばれる車楽船の係留場所があります。そこがスタート地点で、巻藁船の提灯全てに灯が入ると、船に乗り込んだ囃子方の子どもたちが奏でる津島楽とともに出発し、約1㎞離れた御旅所まで30~45分ほどかけて、ゆるゆると漕ぎ渡ります。巻藁船が車河戸から出発する時と池に入ってくる時は花火を上げて、巡行を盛り上げます。
数千の提灯の灯入れに注目!

シシゾウ:宵祭の一番の見どころはどこですか?

堀田:巻藁船の無数の提灯の明かりが水面に煌めく光景は見事なものですが、出発前に、巻藁船の提灯に灯が入っていくところも見ものです。一艘の巻藁船に約500個の提灯がありますから、全部の提灯に灯が入るまでに4、5人がかりで約1時間かかります。当番車といって、その年の祭りで5艘の船の先頭を行く地区の巻藁船が、最初に如意提灯に灯を入れるのを合図に、他の船も提灯に灯を入れ始めます。特に見ものなのは、提灯で椀型を作り上げていく時で、祭りの世話役の祝司(しゅくじ)たちの経験と勘によって下から順番に形が作られていくのですが、次第にきれいな椀型が出来上がっていくのを見ていると、すごい技術だと感心します。

シシゾウ:宵祭を見るのにお勧めの場所はどこですか?

堀田:宵祭は池の周りの土手からご覧になることができ、市や観光協会が用意している有料の観光桟敷・パイプ椅子席もあります。また、観光用の屋形舟等も出ていて、巻藁船の側まで近付いて見ることができます。巻藁船の提灯に灯を入れるところを見ようとするのであれば、船が停められている車河戸が桟敷席からは見えないため移動していただく必要がありますが、歩いて5分ほどの距離ですので、提灯全てに灯が入るところから巻藁船が出発して池に入ってくるところまで、一緒に移動しながら見ていただくのも宵祭のひとつの見方ではないかと思います。
車楽船が一晩で大変身!? 堀田:宵祭が終わって夜の10時半頃に巻藁船が車河戸に戻ってくると、提灯を飾っていた屋台上部が全て取り払われ、翌朝の朝祭の飾り付けが始まります。これは大掛かりな作業で昔は夜を徹して行われていましたが、今は夜中の1時頃までと早朝とに分けて作業を行っているようです。5地区が競い合うように車楽船に飾り付けを変えていくところは見ごたえがあり、お好きな方は宵祭と一緒にこの作業も見物されるようです。

シシゾウ:朝祭では、どのような飾り付けがされるのですか?

堀田:車楽船の屋台に能の演目の衣装をつけた人形や小袖などが飾られ、宵祭にも飾られていた幕が一段と豪華絢爛なものになります。また、宵祭との大きな違いとして、巻藁船にはいなかった稚児が船に乗り込みます。ですから、朝祭と宵祭とでは、全く異なる雰囲気になります。

シシゾウ:能人形を飾るのはなぜですか?

堀田:詳しい理由はわかりませんが、尾張地方で伝統芸能が盛んだったことと関係しているのではないかと思います。朝祭で飾られる能人形は56演目分用意されていますが、当番車は江戸時代に天王祭を援助していた尾張徳川家の指示で、『高砂』の人形を飾ることが決められています。当番車以外の車楽船に飾る能人形は1月に津島神社で行われる籤(くじ)引きで決められます。
締め込み姿の若者が池にダイビング!

シシゾウ:朝祭の見どころはどこですか?

堀田:朝祭には津島五ヵ村の5艘に加えて、津島の南にある旧市江村の車楽船も出てきます。朝祭で、五ヵ村の船の先頭に立つことが決まっている市江の車楽船は、市江車(いちえぐるま)と呼ばれ、他の5艘と同じように能人形を飾り、稚児を乗せていますが、大きな違いとして布で鉾型を作った布鉾(ぬのほこ)を持った鉾持(ほこもち)と呼ばれる10人の締め込み姿の青年が乗り込んでいます。鉾持は、市江車が池の中央にさしかかると、次々に水中に飛び込みます。そして、布鉾を持って岸に泳ぎ着くと、津島神社まで駆けていって布鉾を拝殿に奉納します。これが朝祭のクライマックスです。鉾持は御旅所にいるお神輿が神社に戻る時の清めの役を果たす意味があるとされ、拝殿に奉納された布鉾から滴る水で体の悪いところをさすれば治るという昔からの言い伝えもあります。
神葭(みよし)を流して1年の汚(けが)れをはらう 堀田:朝祭が終わり、神輿が御旅所から神社に戻ると、一般の方がご覧になる祭事は全て終わりますが、同日の深夜、「神葭(みよし)放流神事」という神社にとって大切な神事が行われます。これは、神社本殿奥にまつられ、人々の祈願を受けて、汚れを吸い取った神葭を新しい神葭に替え、古い神葭を天王川に流すという神送りの神事です。昔、天王川が海に通じていた時は、流した神葭が伊勢湾や伊良湖岬の方まで流れ着き、その土地の人たちは「津島の神様がおみえになった」と賑やかにお祭りをしたそうです。
宵祭と朝祭、全く異なる雰囲気をご覧ください 堀田:尾張津島天王祭は水上で行われる日本で唯一の山車行事ですので、是非ご覧いただきたいと思います。お出でになられるのなら、宵祭と朝祭との両方を見比べていただき、全く違う雰囲気を堪能してください。絶対、感動されると思います。
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